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2006年11月に作成された記事

2006年11月28日 (火)

白山文化圏を世界遺産に?

昨日、教育長発のFAXが届きました。

見ると、「白山文化圏の世界遺産への取り組み」の内容です。



ふむふむ・・・・・・



話の経過はおおむね次のとおりです。


石川県の白山市では、白山文化圏を世界遺産にしようという動きがかねてよりありました。

元々、石川県内には
 ①兼六園を世界遺産にというグループ
 ②白山文化圏を世界遺産にというグループ
の2種が存在します。前者は、金沢経済同友会や金沢商工会議所などが中心となり前田家18代当主の前田利祐氏を旗印に活動を推し進めています。後者は、白山市が中心となって活動しています。
これら2つの運動は元々スタートラインは同じであったものが、活動が進むにしたがって明確に分岐しているように見受けられます。

さて、この「白山文化圏を世界遺産に」という活動ですが、白山市単体で動くにはチトつらいものがあるわけです。


そこで、白山を囲む加賀・越前・美濃の三禅定道で運動を展開しようという方向性にシフトしてきたのでしょう。具体的には、「白山市・郡上市そして勝山市の三市でやりましょう」という声がけがあったのです。


具体的な説明は、明日の市議会全員協議会でなされるとのこと。

どのような説明がされるのか。楽しみなところです。

2006年11月25日 (土)

風邪

最近、タチの悪い風邪が流行っている様子。

私もやられました。喉の痛みと咳が・・・・・


何やら、今年の風邪はお腹にテキメンに来るそうなので、皆さんもお気をつけて。





2006年11月22日 (水)

勝山市営温水プール

昨日、臨時議会が開催され、現在のそうごスイミングプールを勝山市が取得することを可決しました。


ご存知のように、相互不動産が所有していたこのプールは税金の未納により抵当物件になっています。ちなみに、第1抵当権者は福井県。勝山市は第2抵当権者です。

この抵当権付物件ですが、勝山市が相互不動産から当該物件を買いうけて、その売買代金を県に支払うことにより、県は第1抵当権をはずすという形で処理することになります。



さて、その内訳を見てみましょう。

土地・建物の取得費は3186万2000円です。
 (1)土地  2007万円
 (2)建物  1179万2000円

改修工事費は2950万円です。
 (1)建築関係    1420万円
 (2)プール設備関係 220万円
 (3)内装関係     320万円
 (4)電気・空調関係  990万円




さて、気になる利用料ですが、市営プールに限らず全ての市営施設では料金上限を条例により定めなければなりません。

これまで民間経営されていたときの料金は大人800円でしたが、昨日の設置条例にて料金上限は大人600円に設定されました。







問題は、果たしてこの料金設定で指定管理者が運営できるかどうかです。



ただし・・・・・こういう言い方をすると身も蓋もないのですが・・・・こればかりは神のみぞ知るというしかありません。

温泉センター『水芭蕉』の指定管理者問題については、私が委員長を務める産業福祉委員会で検討しましたが、その際に「指定管理者選定は両手両足を縛られた状態で審議する議案だ」ということを痛切に感じました。

「民間業者に委託して経営がうまくいかなかったらどうするのだ」「果たして本当に利益をあげられるのか」等々の議論が、そのときの委員会審議でも渦巻きました。しかし、わからないのですね。こればっかりは。やってみてうまくいくかもしれないし、うまくいかないかもしれない。やってみないとわからないという側面があるのです。
 もちろん、指定管理者に手を挙げた民間業者からは事業計画書などの書類が出てきますからそれを調査・検討します。「この事業計画書のとおりにうまく行くといいですね」という期待感、そして「おいおい、本当にこのとおりにいくのかよ」という不安感。その二つの間で揺れ動くことになるのです。


そして、指定管理者選定制度自体が悩ましいものです。指定管理者選定は次のようなステップを踏んで行われます。
 ①指定管理者の公募をする。
 ②市長が指定管理者の候補を決定する。
 ③議会がこの候補を承認する。
つまり、議会が取る態度は市長が選んだ候補者を「認める」「認めない」の2つしかないのです。こういう立場に置かれると、議会としては、市長部局が様々な観点から選定したものを尊重するより他にありません。すなわち、「明らかにおかしな業者」以外は通さざるを得ない状況になってきます。

ましてや、業者から出された事業計画書を鵜呑みにするならば、反対する理由はなにもなくなるのです。

先ほど「両手両足を縛られた状態で審議する」と申したのは、この状態のことですね。
ある意味、アノミーな状態です(苦笑)。




さて、その市営温水プールの指定管理者選定議案は12月議会に出されることでしょう。
福祉部管轄の市営温水プールは、市議会では産業福祉常任委員会にかかる案件です

・・・・・・・・(;´∀`)・・・マタカ・・・

2006年11月21日 (火)

裁判官

さて、裁判員制度がぼちぼちと話題になり始めていますが、まずはこの一冊。





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裁判官・・・思想的に偏向している人たちが特に地裁レベルで大勢いることは、これまでの判例から私もよく理解していたつもりですが・・・・・さすがにこの本に出てくる裁判官たちには怒りがとまりません。









父親と母親を殺された事件の裁判の傍聴席にいる遺族たちを、怒鳴りつけて従わせようとする裁判長、退官後に銀行の顧問弁護士への道を嘱望するあまりに銀行に対して不利な判決を出さない裁判官など様々な裁判官たちが出てきます。




『極悪非道の強姦殺人魔を無罪とし、悲惨な再犯を招いた支離滅裂の判決。
鑑定の虚偽を見抜けぬ思考停止した裁判官。
元役員の正義の内部告発を罰した裁判官。
悲惨な集団リンチによる殺人事件の、事件自体の存在をも否定した裁判官・・・・・。

各個の事情を顧みぬ判例主義、相場主義、無罪病、欠落した市民感覚、正義感の欠落、傲岸不遜。厳密な取材で、司法を斬る渾身の告発ノンフィクション』

  (本書紹介文より)



2001年に世間を震撼させた16歳障害者リンチ殺人事件(記憶が薄れた方はググってみてください)で、実行犯の少年に「内省力もあり感受性も豊か」として中等少年院に送り2年で社会復帰させる温情処分を出した裁判官。

事件のあまりの惨たらしさに人々は怒りを覚え、少年を検察に装置して厳罰に処すよう要求する膨大な署名簿が集まりましたが、この署名簿と血を吐くような母親の嘆願書に対して「署名の数が何十万あろうと、審判には何の意味もありません。裁判官は判例で裁きますから」と木を鼻で括ったような対応しかしない書記官。


なぜ、彼らのような人々が出てくるのでしょうか。












私は学生の頃に、とある教授にこんなことを言われました。
「裁判官は、非民主的な存在だ」
これはどういう趣旨かと言いますと、三権分立体系の中で、立法・行政と異なりひとり司法のみが国民の審判を受けない存在なのです。

建前として、最高裁判所裁判官国民審査が憲法上定められていますが・・・・・・そもそも最高裁判所にいる判事の名前を知っています?というか、それ以前に最高裁判所にいる判事の数をご存知ですか?

国民の意識がその程度である最大の理由は、裁判所に対する絶大な信頼感があってこそ。


その信頼の上に傲岸と居座り、恥じぬ裁判官たちがこの書には溢れています。







ぜひ、皆さんも一読ください。

2006年11月15日 (水)

おぃでねんせ 勝山のイイトコ教えます

ただいま、勝山教育会館にて絵画コンクール『おいでねんせ 勝山のイイトコ教えます』が行われています。

これは、日本建築学会120周年記念事業として、日本建築学会が主催、勝山市・勝山市教育委員会・福井新聞が共催で行われるもので、市内小中学生が勝山のイイトコを捜して絵にしたものです。

1
「ほ~っ、この子は勝山のここが気に入っているのか」
といった絵がずらりと並んでいますので、ぜひ皆さんもご覧ください。




ちなみに、11月17日(金)までですので、お急ぎください。

教育基本法談義

教育基本法改正案が強行採決されるか否かが耳目を集めています。

ですが、多くの法案がかつてそうであったように、強行採決云々の対象となる改正案の内容がほとんど知られていません。

というわけで、まずは改正案を。



第一条(教育の目的) 
教育は、人格の完成を目指し、心身共に健康な国民の育成を目的とする。

第二条(教育の目標)
教育は以下を目標として行われる。
▽真理の探究、豊かな情操と道徳心のかん養、健全な身体の育成

▽1人1人の能力の伸長、創造性、自主性と自律性のかん養

▽正義と責任、自他・男女の敬愛と協力、公共の精神を重視し、主体的に社会の形成に参画する態度のかん養

▽勤労を重んじる

▽生命を尊び、自然に親しみ、環境を保全し、良き習慣を身につける

▽伝統文化を尊重し、郷土と国を愛し、国際社会の平和と発展に寄与する態度のかん養。

第三条(教育の機会均等) 
国民は、能力に応じた教育を受ける機会を与えられ、人種、信条、性別等によって差別されない。

第四条(生涯学習社会への寄与)
教育は、学問の自由を尊重し、生涯学習社会の実現を期す。

第五条(家庭・学校・地域の連携協力) 
教育は、家庭、学校、地域等の連携協力のもとに行われる。


第六条(家庭教育) 
家庭は子育てに第一義的な責任を有するものであり、親は子の健全な育成に努める。国・地方公共団体は家庭教育の支援に努める。

第七条(幼児教育) 
幼児教育の重要性にかんがみ、国・地方公共団体はその振興に努める。


第八条(学校教育) 
学校は、国・地方公共団体及び法律に定める法人が設置できる。規律を守り、真摯(しんし)に学習する態度を重視する。

第九条(義務教育)
国民は子に、別に法律に定める期間、教育を受けさせる義務を負う。国公立の義務教育諸学校の授業料は無償とする。

第一〇条(大学教育)
大学は高等教育・学術研究の中心として、教養の修得、専門の学芸の教授研究、専門的職業に必要な学識と能力を培うよう努める。

第一一条(私立学校教育の振興) 
私立学校は、建学の精神に基づいて教育を行い、国・地方公共団体はその振興に努める。

第一二条(教員) 
教員は、自己の崇高な使命を自覚し、研究と修養に励む。教員の身分は尊重され、待遇の適正と養成・研修の充実が図られる。

第一三条(社会教育) 
国・地方公共団体は、学習機会の提供等により振興に努める。

第一四条(政治教育) 
政治に関する知識など良識ある公民としての教養は、教育上尊重される。学校は、党派的政治教育、政治的活動をしてはならない。

第一五条(宗教教育) 
宗教に関する寛容の態度と一般的な教養ならびに宗教の社会生活における地位は、教育上尊重される。国公立の学校は、特定の宗教のための宗教教育、宗教的活動をしてはならない。

第一六条(教育行政) 
国は、教育の機会均等と水準の維持向上のための施策の策定と、実施の責務を有する。地方公共団体は、適当な機関を組織し、区域内の教育に関する施策の策定と実施の責務を有する。

第一七条(教育振興基本計画) 
政府は、教育の振興に関する基本的計画を定める。

第一八条(補則) 
この法律に掲げる諸事項を実施するため、適当な法令が制定される。



改正案に対する反対意見は「愛国心をいたずらに煽る」というものが多いのですが・・・・この内容で、愛国心が煽られると見るのはいかがなものでしょうか。





共産党・社民党などは「なぜ、教育基本法を変えねばならないのか」という話をするわけです。

これは、もっともな話で政府-与党はここを明確にすべきなのですね。それをしないばかりに教育基本法改正の話題が強行採決するか否かという政局論に行ってしまう。もっと有体に言えば、国民の間で改正論議が盛り上がらないのです。

今の子供たちはこれでいいのか?今の教育システムはどこかおかしいのではないか?という素朴な疑問を感じたことの無い大人はいないはず。それと教育基本法改正がリンクされない理由がここにあります。






(1)今の子供たちはこれでいいのか?
        ↓
(2)学校教育は今のシステムでいいのか?
        ↓
(3)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
        ↓
(4)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
        ↓
        ↓


        ↑
        ↑
(C)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
        ↑
(B)教育基本法の何を変えるの?
        ↑
(A)教育基本法を変えるらしい。

上のチャートは、現在の教育基本法談義を示したものです。個人の素朴な疑問である(1)(2)の流れは、(A)(B)とは結びつきません。なぜなら、教育基本法の役割が明確に提示されていないからです。




教育基本法の役割とは、子供に対しては「われわれはどのようにして子供たちを教育していくのか」を示すことです。次の世代を担う子供たちの教育理念を考えましょうというのが教育基本法改正なのですから、本来、盛り上がらないわけがないのですね。






教育基本法が制定されたのは、1947年。大日本帝国憲法の下での最後の議会となった第90回帝国議会で、日本国憲法とともに制定されました。

政府としては来年の制定60周年までには改正したいという腹づもりなのでしょう。いずれにしても60年も変わらないというのもおかしな話です。

時代が変わり、生活様式が変わったにもかかわらず「教育の最高理念」だけは一向に代わりが無い・・・・・これは、人によっては素晴らしいことだと言うかもしれません。「そこには、普遍的な『自由』や『人権』、『平等』が描かれているからだ」と。

しかし、そんなお題目で教育が成り立たないことを薄々と気づいていらっしゃるのではありませんか。

2006年11月13日 (月)

外交オンチ

最近の北朝鮮に関する論調の中に
 「あまりに追い詰めると北朝鮮が暴発するのではないか」
 「だから、北朝鮮を追い詰めない方がよろしい」
という声が聞こえてくるようになりました。

北朝鮮の核実験パニックが収まった現段階で、一見するともっともらしい事を言っているようにも見えますが・・・・・信じられない外交オンチぶりですね。


追い詰められて初めて交渉というものは始まるのです。



仮に暴発したとしても、その被害がわが国に及ばなければそれで良しとすべきでしょう。
少なくとも、日本以外の各国はそういう考えで交渉に臨んでいますよ、多分。

2006年11月11日 (土)

コーシーにはった!

2歳になる坊主が、熱を出しました。

まあ、熱を出したといっても微熱程度なのですが、親としてはやはり心配。

そこで、熱さまシート(冷えピタクール?)をおでこに張って熱さましをしておりました。





私が、いつものようにコーヒーを飲みながら仕事をしていたときのことです。

坊主がトコトコと私のところに駆け寄ってきてコーヒーをじーっと眺めていました。

そしてもぞもぞと何やらやっている様子。

いつもまとわりついて何かをしでかすので、「また何かやってるな」と気にも留めずに仕事をしていると、

「コーシーにはった」
とうれしそうな声が横から聞こえました。







Photo_40 ・・・・・・・( ゚Д゚)アラ!!・・・・・・・



なぜ熱さまシートがコーヒーに?

「なにこれ?どうしたの?」
と聞いてみると、


「コーシーあちゅい、あちゅい」

なるほど、コーヒーが熱かったので、自分のおでこに張ってあった熱さまシートで冷してくれたのね。





ありがとう、坊や。(  〃▽〃)ノ

2006年11月 9日 (木)

つらかった・・・・

昨日は、青年会議所11月理事会。

夜の7時から始めて終わったのが12時30分・・・・・

そういえば、先週の常任理事会も12時30分でしたね、確か。






いえ、別に長くなるのが嫌ではありませんよ。

私も昨年は常任の皆様に散々ご迷惑かけたクチですから、その借りを返すというか・・・・まあ、常任っていうのはそういうものだと思ってます。あーでもない、こーでもないとやってれば、時間は矢のように過ぎていきますから。





ですが、昨日の理事会はさすがにこたえました。




昨日は、お天気が良かったので、坂東島から役所までチャリで通勤しました。ええ、帰りも気持ち良かったです。チャリで行くと、車では見えなかったものが見えてきますから。「ああ、ここから見る風景っていいなあ」「あれ?ここにこんな工事してたっけ」といった具合に。

それに味を占めて、理事会もチャリで行ったんですね。坂東島から商工会館まで。



失敗しました・・・・・寒さを考慮していませんでした。チャリ乗ってる間は寒さを忘れるんです。汗かきますから。

ところが、クールダウンせずにそのまま理事会に出席したものですから、30分くらい経ったあたりで、足が吊り始めたのです。

すみません。大切な理事会で不審な動きをしていたのは私です。






1時間くらい足を揉んだりさすったりしていたら、ようやく痛みも引いてきました。良かった、これでやっと理事会の議論に集中できると思っていたところ、突如として襲ってきたのが、猛烈な空腹感。これには参りました(涙)。




痛みと空腹感に苛まれた理事会でした。








長い会議がダメだとは言いません。言いませんが・・・・・いっそのこと、全員立った状態で会議しませんか。私も腰が弱いものですから、長時間立つのが苦手なんですが、立った状態だと会議はものすごく早く、しかも密度の濃いものになると思うんですが・・・・・・ダメかな。やっぱり

学校の統廃合について

品のある土建屋息子さんより学校の統廃合についてのコメントをいただきました。ありがとうございます。

そこで、学校の統廃合について思うことを若干・・・




学校の統廃合については、次の2つが課題として挙げられます。

ひとつは、学校の統廃合が全市にわたって様々な影響を及ぼすこと。

品のある土建屋息子さんが述べられた「1中学校-3小学校」という構想は、私の中でもかなり上位に位置しています(もちろん、その他にもいくつかの構想がありますが)。

そこで、その構想を実現しようとした場合、どのようなことが起きるでしょうか。

校区が広がるため、スクールバスを走らせねばならなくなるかもしれません。そうなれば、公共交通の抜本的な見直しが必要になることでしょう。また、体育大会なども大きく変わるでしょうから体育協会など教育組織の見直しも迫られるでしょう。このように、様々な場面で思わぬ組織改革が求められるのですね。





実は、学校は学校単体で存在するのではなく、その周縁に様々なモノを付随させているのです。(例えとしてはあまり良くはないのですが)それはあたかもトヨタがトヨタのみで存在しているのではなく、部品会社や販売会社など様々な会社を周縁にくっつけているのにも似ています。

かつて明治維新を訪れた外国人たちは、子供が宝物として扱われている様を見て、日本文化を「子供の楽園」と称しました。この精神が、学校の周縁に様々な組織を呼んだのでしょうね。「学校は子供が学ぶ場」なのですが、大切な子供たちを育成していくためにはあれも必要、これもした方が良いのではないか・・・という想いで頑張っていったら、アレアレ?こんなに膨れあがってきたぞ?・・・・・

そういう経過が悪いと言う意図ではありません。ただ、そうやって膨れ上がってしまった学校周縁組織を、学校統廃合ではいかに統合・整備していくかが課題となるのです。それが第一の課題。







第二の課題として、学校の統廃合が「情と理のせめぎ合い」であることです。私としては、こちらの方が克服困難な課題だと考えています。

勝山が51年前に合併したとき、1町9村の枠組みはそのまま残されました。北郷村・荒土村・鹿谷村・・・・・といった合併前の枠組みは、そのまま北郷町・荒土町・鹿谷町・・・へとスライドされたのですね。

その枠組みの象徴が実は小学校なのだと私は感じています。それに加えて、地元から小学校が無くなれば子供たちの声が聞こえなくなるのではないか?といった寂寥感。そういった「情」の部分での割り切れなさが「理」に対抗し始めます。

少子化が進む中で学校の統廃合は避けられないという「理」の部分は誰しも納得できることでしょう。しかし、どうにも「情」の部分で納得できない・・・・・ここで「情と理のせめぎあい」が生じるのです。

学校の統廃合で失敗している自治体は、おおむね「理」に走りすぎた結果、住民の「情」が噴出して大混乱になるというパターンを踏んでいます。



思うに、現行の小学校校区が、昭和の大合併前の枠組みをそのままスライドしているならば、小学校の統廃合は「勝山市内の平成の大合併」をするという覚悟でやるべきでしょう。例えば・・・あくまでも例えばの話ですが(笑)、北郷町と荒土町と鹿谷町で小学校を統合しようとするならば、その三町が合併してひとつの町をつくるくらいの勢いでやらないといけないのでは?
(もちろん、合併しろというのではありません。それくらいの腹づもりでやって欲しいということです)