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2007年1月29日 (月)

雑感

東国原氏が宮崎県知事に当選したというニュースには正直驚きました。


いわゆるタレント候補が知事になったから驚いたのではありません。まさか捲くるとは思っていなかったからです。確か、選挙戦の初めの頃は泡沫候補の扱いであったはず。それがあれよあれよという間に、支持層を拡大していき見事栄冠を勝ち取った・・・・その見事な追い上げっぷりに驚きました。


何はさておき、新知事には頑張っていただきたいと思います。国とのパイプも県議会とのコネクションもないという極めて不利な状況からのスタートですが、橋本大二郎高地県知事の先例もあることです。頑張って欲しいと願います(本心)。




それはそうと、宮崎県議会の議長のアノ態度は・・・・・ちょっと礼を失していましたね。







私が上記のような感想を抱くのにはちょいとした理由があります。


というのも、市長であれ知事であれ、首長と呼ばれる人たちは孤独に苛まれる状況に追い込まれるであろうと思うから。


もちろん、私は首長になったことがないのでそう思うだけなのですが、企業(大企業であろうと中小企業であろうと)のトップに立つ人が感じるであろう孤独感を首長も味わっているんじゃないかな?・・・・と予想するのです。





しかも、首長は組織のリーダーであると同時に「政治家」です。政治家である限り、首長はもうひとつの孤独を味あわねばなりません。


かつて、私の地元にはいわゆる「大物県会議員」と呼ばれる県議がいらっしゃいました。その人が私の父にポツリと漏らしたそうです。「選挙は人を悪くする。政治は人を捻じ曲げる」と。ここで言う「人」とは選挙民のことではありません。「人」とは政治家そのものです。選挙は政治家そのものを悪くする。政治は政治家の心を捻じ曲げていく・・・・そういった趣旨の言葉です。


「得体の知れない悪意」と私は呼んでいますが、政治を志す者はこれに立ち向かうことになります。この「得体の知れない悪意」を言葉で説明するのは難しいですね(苦笑)。例えば、まちづくり活動なので新しいことをし始めた人ならば、納得してもらえるでしょう。つまり、「人々の格好の標的になる」状態に我が身をさらしたときに感じる不安感・猜疑心・やり切れなさ・・・・まあ、そういったものに直面することになるわけです。
(他の議員の方々に直接聞いたわけではないので、すべての政治家がこういった心情を持たれているか否かはわかりませんが)



私なんぞは市議会議員の末席を汚している身ですからまだ楽な方です。
私がこういうことを言うのもナンですが、議員は議会の構成員でしかありません。one of themなのですね。ところが、首長はそういうわけにはいきません。ピンで立っている首長はすべての「得体の知れない悪意」を引き受けることになります。しかも議員ならば同僚議員はいるのですが、同僚を持たない首長にはその孤独を理解する人はいないのです。




そういった「得体の知れない悪意」を克服するのは、詰まるところ本人の理想と使命感、そして市民に対する感謝の念でしかないと思うのです。



ところが、「得体の知れない悪意」と理想・使命感の均衡が崩れ始めると、「何でお前らは俺の言うことがわからないんだ!」という最悪のところへ意識が動き始めます。長野県知事であった田中氏が当てこすりとも言えるような言動を任期の終期に繰り広げていたのは、この均衡が崩れたためではないかと私は邪推しています。



東国原知事には、そういったところへ行って欲しくはないですね。頑張って欲しいです。








話は変わりますが、毎年恒例となった『松村治門 新春の集い・市政報告会』を今年も開催いたします。


今年は選挙の年でもあります。4年間の総括をしなければなりません。「ナンだその程度のことしかしてこなかったのか」というご意見も当然にあることでしょうし、「良し。その調子で頑張れ」というご意見もあるかもしれません。総括の上で出てくるそういったご意見が、そのまま選挙に反映されるわけですから、健全な選挙のためにはやはり総括することは必要ですね。


ただ今、その準備に追われています。左義長まつりの準備もあります。もうてんてこ舞いです・・・・


ちなみに、市政報告会は2月4日ですが、若造の言うことをちょいと聞いてやろう!と思われる方はご連絡ください。まだ若干席に余裕はあるみたいです。

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