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2007年5月に作成された記事

2007年5月21日 (月)

勝山市の妊婦交通費支援制度

この度、勝山市では妊婦に対する交通費を支援する制度を発足します。

助成の内容は次のとおりです。
(1)妊婦検診・出産に行くための交通費を助成します。
  
(2)えちぜん鉄道・バスを利用した場合は、その実費を全額助成します。

(3)自家用車を使用した場合は、燃料費相当分を助成します。

(4)タクシーを利用した場合は、片道1万円までを限度として往復分の実費を助成します。
  (ただしタクシー助成は1回限り)



気をつけていただきたいのは、助成の対象です。

(1)妊娠23週までの妊婦検診を社会保険庁病院で受けていること。

(2)福井大学付属病院で出産をすること。


この2点を満たす妊婦さんが助成対象となります。


助成内容の中のタクシーですが、1回と区切ってあるのは、出産時を想定してのことです。通常、妊婦検診は自家用車で行かれる方がほとんどであろうと思われます。もちろん、検診時にタクシーを利用しても構いませんが、1回しか使えないのでご注意ください。

平泉寺方面から、福井大学付属病院までタクシーで行くと、おおよそ9000円から1万円近くかかります。これを睨んで、1万円限度と区切っています。


助成対象については、様々な議論がありました。

この助成が出てきた背景には、医師不足により社会保険庁病院で出産ができなくなったことにあります。そのため、替わりの病院として福井大学付属病院と連携することになったのです。妊娠23週までは社会保険庁病院で検診を受けてもらい、出産に関しては福井大学付属病院でしていただくという形に助成対象を限定したのはこのためです。

2007年5月18日 (金)

秋にも大型連休出現?

公明党が主導する形で、秋にもゴールデンウィーク(大型連休)が出現しそうです。これは、どういうことかと申しますと、11月に大型連休を作るために11月3日の文化の日の前後に、10月の体育の日と11月23日の勤労感謝の日を移動して3連休を作ろうというもの。


何と申しましょうか・・・・祝日を移動してしまえという発想が私には理解できません。

やはり、祝日の名前に問題があるのではないでしょうか。
「成人の日」「敬老の日」「文化の日」「勤労感謝の日」などと言われても、何の由来だか何を祝うのだかさっぱりわかりませんから。

東京オリンピック世代ならば言わずもがなの「体育の日」ですら、世代が下ってしまえば「それって何のいわれがあるの?」となることでしょう。ちなみに、私も高校生に聞いてみましたが知りませんでした。ましてや10月10日に固定しない現在のやり方では益々この傾向に拍車はかかることでしょう。

元旦の祝日も11月に持ってきたらどうです?1月1日は「年の初めだから休まなくちゃ」と国民も思うでしょうから、祝日にしなくとも大丈夫でしょう。
「いや、元日というのは1月1日なんだから、その日でなくてはダメだろう」と思ってはいけません。祝日を動かすというのは、元来そういうことなのですから。


先進国の中で最多の祝日を誇る日本では、15の祝日があります。祝日をホイホイと移動するのであれば、いっそのこと全てまとめて15連休にしてはどうでしょう。うまくいけば日曜日が3つつくことになりますから、18連休も可能です。「元旦」から始まって、「天皇誕生日」で終わる18連休がどこかの月にある・・・・・「超」大型連休ですが、もはや祝日でも何でもありませんね。

そんなに休みたいのであれば、新たに祝日を2つ3つ作れば良いでしょう。もっとも、何の名目で作るのかは、さっぱり見当もつきませんが。


2007年5月17日 (木)

カズは力なり

私は、選挙権よりもむしろ被選挙権の方が民主制度にとっては重要だと考えています。その意味で、被選挙権を持っている方であるならば、立候補される方が誰であろうと構わないと思うのです。

ただ・・・こういう記事を読むと、気分が洗われるような気がします。

共同通信社より。

自民党が夏の参院選の比例代表に擁立する方向で調整と一部で報じられたサッカーの三浦知良選手(40)は16日、出馬の打診を受けたが、断ったことを明らかにした。
 同選手は体調不良のため、この日のJリーグ1部(J1)横浜FCの練習を欠席。チームの広報を通じ「自民党よりオファーを頂きましたが、お断りいたしました。土曜日の試合に向けてしっかりと調整をして全力で頑張ります」との談話を発表した。




「政治は数(カズ)だ」とばかりにキング・カズを擁立しようと画策したのでしょう。現役選手を招聘するという非礼も如何かと思うのですが、それに目もくれず現役にこだわる姿は、さすがカズです。

2007年5月14日 (月)

世界で最もきれいな都市

勝山市のホームページの掲示板を見ていたら、面白い記事にぶち当たりました。

Forbesといえば、「世界の長者番付」で有名な雑誌です。そういえば、この世界の長者番付に西武グループ総裁の堤氏も載りましたね。
(世界長者番付でトップになりながら、高額納税者番付に載ってこないという不思議さもありました・・・・)


そのForbesが、“The World's Cleanest Cities”(世界の中の最も綺麗な都市)と銘打って全世界から25の都市をピックアップしています。なぜか、その中にわが勝山市が。


1位・・・カルガリー(カナダ)
2位・・・ホノルル(アメリカ)
3位・・・ヘルシンキ(フィンランド)
4位・・・オタワ(カナダ)
5位・・・ミネアポリス(アメリカ)
6位・・・オスロ(ノルウェー)
6位・・・ストックホルム(スウェーデン)
6位・・・チューリッヒ(スイス)
9位・・・勝山(日本)


「やった!」という感想よりも、「なぜ?」という感想が出てくる辺りが、私もまだまだです(苦笑)。

ちなみに、勝山の紹介文は“Katsuyama is a small city in the Fukui Prefecture with a large presence in sports such as skiing and in tourism. It is also well known for its major dinosaur museum. It is a new city, having been founded in 1954.”とのこと。ツーリズムが盛んな土地として世界中に喧伝されてしまっています。頑張らなければいけませんね。


詳しくは、
ForbesのHPをご覧ください。

八木秀次氏の講演会

先週の話ですが、木曜日に講演会に行ってきました。

講師は、八木秀次氏(高崎経済大学教授)。「『教育再生』―福井発 日本の未来のために」と題して、教育基本法改正の意義や教育荒廃の原因等について意義深いお話が聞けました。

ただ1点。ちょっと疑問に思った点があります。

変更的な思想を持つ教育公務員が学級王国を作り自身の政治信条を子供たちに教え込んだことが、教育現場の荒廃をもたらした原因のひとつであることは、私もそう思います。わが福井では、幸いにして県がそういった教員を押さえ込んできた経緯があるため、理解できない方も多いとは思いますが、同和教育・平和教育・人権教育の美名の下になされている偏向教育は全国的に枚挙に遑がありません。

その対応策として、八木氏は「自治体の教育委員会に国の関与を認めよ」と仰られました。文部科学省の方針が各自治体教育委員会に届かなければ意味がない・・・ということなのですが、この点は納得いきませんでした。

というのも、文部科学省が誤った場合に誰がそれを是正するのかという問題があるからです。教科書的な理屈を言うならば、文部科学省のトップは文部科学大臣であり、誰がその地位につ就くのかに関しては内閣総理大臣の専権事項である、そして内閣総理大臣は国民の負託を受けた国会議員の中から選ばれる、したがって文部科学省がすることについては国民の目が光っていることになる・・・となるのでしょう。
 しかし、政と官の争い(政治と官僚の争い)において、政は官の後塵を拝してきた歴史を見るならば、そのような教科書的理屈を信じるわけにもいきません。

その点はどういうふうに八木氏がお考えなのか。質疑の時間があれば是非聞きたかったです。

2007年5月10日 (木)

八田興一のこと

一昨日は、八田興一(よいち)氏の65回目の命日に当たります。これを記念して、八田興一氏の生涯がアニメ映画化されることが決まりました。


さて、その八田興一氏ですが、氏の功績を知っている方が多くないのは残念なことです。




台湾といえば、今でこそハイテク産業その他の先進産業の進んだ国家(「国家」というとお隣の国が怒るのでしょうが・・・)のイメージですが、たかだか150年ほど前まではトンでもないところでした。

なにせ、清朝の役人たちに「あそこは化外の地だ」と呼ばれたほどです。中華の教化を受けない蛮族の住む地だと蔑まれていたわけです。

八田興一は、1910年、24歳の時にこの台湾に台湾総督府内務局土木課の技手
として赴任しました。

彼が注目したのは嘉南平野でした。ここは、雨季になれば降雨量が2500ミリを超えます。東京の降雨量が1050ミリであることと比較すれば、その多さがおわかりでしょう。当然、民家は水浸しという状態でした。逆に、乾季になると一滴の雨さえ降らず季節風に乗って砂埃が舞い上がります。人々は飲み水の確保に狂奔する有様でした。

その様を見た八田興一は、この15万ヘクタールの田畑とそこに住む人々のために、国家公務員の地位を捨て、組合付技師としてダム建設と灌漑用水の敷設を決意します。

実に、10年の歳月を経て烏山頭ダムは完成しました。また、嘉南平野には1万6000キロに及ぶ水路が張り巡らされ、「トウモロコシすら育たない」と言われた平野を台湾の穀倉地帯に変えたのです。


ちなみに、この際に八田興一が採用したセミ・ハイドロリック工法は、コンクリートをほとんど使用しないものであり土砂溜まりに強いため、今でも稼動しているそうです。




ダムの完成を見た八田興一は家族で台北へと去りました。八田はその後戦争に徴用され、フィリピンへ向かう途中で米潜水艦の攻撃を受け戦死します。

敗戦を迎え、台湾から日本人が出て行かなければならなくなったとき、烏山頭へ疎開していた妻・外
代樹(とよき)は、息子たちの無事を確かめた後に、夫が人生を賭けて作り上げたダムの放水口に身を投げました。享年46歳でした。






氏の人柄・功績を偲び、現地の農民たちの手により八田夫妻の墓を立てます。その墓の文字は赤く刻まれています。あちらでは生きている人の名前は赤く記すそうです。氏は未だ死せず、われわれの心の中に生きている・・・ということなのでしょう。今でも墓前には花が添えられているそうです。

八田興一を記念して作られた銅像は、戦争中に軍の供出命令を受けます。なにせ、お寺の鐘ですら戦争に供出されていた時代です。八田興一の銅像も同じ運命を辿るのか・・・・と皆が諦めていたとき、忽然として銅像は姿を消しました。

その後、蒋介石による白色テロなどを経て、1981年。突然に八田興一の銅像は姿を現します。37年間の長きに渡って農民たちが銅像を守りぬいたのでした。






今では、台湾の中学校教科書に載り、当地では広く知られている八田興一も日本ではあまり知られてはいません。

こういった先達がいたことをわれわれは忘れてはならないでしょう。


















2007年5月 8日 (火)

筋肉痛

田植えの筋肉痛がようやくおさまりました。


でも、田植えはまだ終わってはいません。こういうときに年を感じます。

2007年5月 3日 (木)

温泉センター水芭蕉の加水問題

勝山市温泉センター水芭蕉の加水問題は、新聞報道等で皆様もご存知のことと思われます。



この加水問題については、現在市として原因の究明ならびに対策を講じているところです。それが決まり次第、皆様にもお伝えしたいと考えておりますので、しばしお待ちください。