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2007年7月に作成された記事

2007年7月31日 (火)

参議院選挙終了

怒涛の参議院選挙が終わりました。


いや~、松村龍二議員の開票結果をTVで見ながらヤキモキしていました。つかず離れずで推移して、当確が打たれたのは深夜。正直なところ、「やった!」という気持ちは薄かったです。どちらかと言えば「よかった・・・」との安堵感でいっぱいでした。

しかし、3000票差とは・・・・本当にぎりぎりの闘いでしたね。

19万票ラインで3000票差というのは、勝山の市会議員選挙のレベルで申すなら、2~3票差で当選というくらいの「ぎりぎり感」です。





しかし、自民党は選挙区では負けっぱなしの選挙でした。特に1人区での選挙は無惨と言うより他にありません。ここで勝てたのは、わずかに群馬・和歌山・山口・大分・鹿児島、そして福井の6つしかありませんでした。しかも、勝っても薄氷を踏むような勝利で、敗れたところは大敗という有様。

しかし、見方を変えれば、それだけ今回の松村龍二議員の勝利は特筆すべきものと言えるのでしょう。







さて、今回の選挙で私が指摘したいのはマスコミの態度です。

皆さんは、民主党の比例代表の第1位は誰だかご存知でしたか?自治労出身の方です。この方だけでなく、民主党はずら~りと12人も自治労出身者を並べてきました。最初に見たときは冗談かと思いました(苦笑)。だって、そうでしょう?年金問題に焦点を絞ってそこだけを繰り返し繰り返し追求してきた民主党が、よりにもよって自治労出身者を担ぎ出してくるとは。

まあ、これは民主党の性格ですから致し方ないのでしょう。問題は、マスコミがその点を一切追及しなかったところです。自民を叩けば面白い、自民さえ潰せば視聴率は取れる・・・・自民党がした政策の是非を問うこと、これは当然のことです。それが選挙なのですから。しかし、それも行き過ぎれば単なる「いじめムード」を作り出すだけなのです。

案外とマスコミの人たちは、勝ち誇っているかもしれません。「今回の選挙で民意をリードしたのは我々だ。その結果として自民は大敗した。国家権力に対してマスコミは影響力を持ち続けるのだ」と。マスコミが自分たちの持っている力を見たいがために今回のような自民叩き(=政権叩き)をしたのであれば、子供じみた発想としか言いようがありません。







自民なんか嫌だ・・・・という今回の風潮を見ていると、昔の青島都知事選挙を思い出します。あの時に、青島氏は「政党なんかダメだろ?政党なんてもうイヤだろ?」と言い続けて当選しました。今回の選挙は、まさしくそれと似ています。自民なんてイヤだろ?だったら民主に入れるより他にないじゃないか・・・・・。

なぜ、こういう風潮に走ってしまうのでしょう。

これは、選挙が政策本位に出来上がっていないせいだと思います。「アレがイヤならコッチへ」という風潮・・・・これは、「何がイヤなんです?どこを変えれば良いと思います?何が国政最重要課題なんです?」といった論点とは次元を異にします。前者は「好きか嫌いか」という感情論なのですね。そして、この感情論で我々は国政選挙をやっているような気がしてなりません。その証拠に、選挙が終わった後も何が論点・争点だったのかがよく思い返せない。そんな選挙ばかりを我々は繰り返しているではありませんか。





80年代、英国では「鉄の女」と畏怖されたサッチャーが首相の座に就いていました。英国病から立ち直ったのは、紛れもなくこの人の功績なのですが、意外なことにサッチャーは嫌われ者だったそうです。

彼女が貴族階級の敵であることは言を待ちません。なにしろ、英国伝統の貴族社会をぐちゃぐちゃに掻き回した人間として蛇蝎のように見られていましたから。最終的にその功績を称えてサッチャーはサーの称号をもらったはずですが、その際には貴族たちが憤慨したといいます。
貴族階級に人気がないのは当たり前としても、労働者階級にも人気が低かったとは意外です。やはり、あの強引なキャラクターが反発をくったのかもしれません。

ならば、そのサッチャーがなぜ政権を維持できたのか。「サッチャーは嫌いだ。だが、彼女の政策は正しい。だから私はサッチャーに投票する」という人たちが多かったからです。

政策重視とはこういうことなのでしょう。





2007年7月25日 (水)

参議院選挙

参議院選挙もいよいよ大詰めに差し掛かってきました。


一昨日は、川西の方へ応援に行ってきました。見れば、勝山の皆さんが緑のTシャツを着て頑張っていらっしゃいました。毎日毎日、松村龍二候補のために県内各地を飛び回っておられます。本当に頭が下がります。

勝山市内でも、辻々に緑のTシャツを着た方々が手を振っていらっしゃいます。候補の福井本部では勝山の人が電話番のために詰めていらっしゃいます。


皆の想いはひとつです。

「勝山のために、この人を落としてはならない」

選挙戦も後半、いよいよです。

2007年7月21日 (土)

参議院選挙の選挙公報

今朝方、参議院選挙の選挙公報が我が家にも届きました。



共産党の『国保税のひとり1万円引き下げ』などは、まあ、財源をどうするのかはともかく、まだ理屈が通ったプランと言っても良いでしょう。

勝山市の国保財源は、幸いにして今のところ順調ですが他市の国保会計はボロボロの状態です。共産党は「国が1兆円プランを策定すれば大丈夫」と主張していますが、まあ、国も新たに1兆円プランを組み立てるのは大変でしょうね。もっとも、共産党さんの主張どおりに軍備撤廃すれば1兆円くらいは悠々と生み出せるのでしょう。その意味で「理屈が通ったプラン」と言えますが・・・






わからないのは、民主党の若泉候補が掲げる『最低賃金を全国平均で時給1000円に引き上げる』というもの。これを見たときには、さすがに唖然としました。ちょっと前に共産党さんがぶち上げて引っ込めた主張を、この場で出してくるとは・・・・

平成18年のデーターでいくと、都道府県別最低賃金の最も低い県は青森・岩手・秋田・沖縄の時給610円です。ちなみに福井県は時給649円でした。そして、最も高い東京都で時給719円だったのです。この最低賃金を一挙に1000円まで上げてしまうと公約しているわけです。

一見すると、ものすごくありがたい申し出のように思えます。時給650円で働いている人にとっては、時給が300円から400円あがるという申し出は耳に心地よいものでしょう。
 ただし、よく考えてください。「あなたの時給だけ1000円に引き上げます」と彼は主張しているのではありません。「あなたも含めて皆さんの時給を1000円に引き上げます」と言っているのです。

最低賃金が一挙に300円から400円近く上がると何が起きるのでしょうか。簡単な話です。モノの値段が一挙に跳ね上がります。それはそうでしょう。人件費が跳ね上がるわけですから、物価が上がらないはずがありません。

物価が一挙に跳ね上がると何が起きるのでしょうか。インフレが発生します。つまり、資産価値が下がるわけです。皆さんの貯金が100万円あったとしましょう。インフレが発生したところで、預金通帳の100万円が130万円に換わるはずはありませんね。通帳の数字は100万円のままです。ところが、モノの値段は跳ね上がっていきます。すると、100万円で買えるものがすくなくなってきます。インフレ前ならば100万円で買えたはずの乗用車が130万円に値上がりしたために買えなくなってしまう・・・・つまり、資産価値が一挙に減少することになります。

この政策は、預貯金で食べている老人層を直撃することになります。

逆に、人件費が跳ね上がる中でモノの値段を抑制しようと思うならば、雇用者側は働いている人々の首を切りにかかります。そうやって人件費を抑えないかぎり会社が潰れてしまいますから。

どちらにせよ、時給を一挙に1000円にまで引き上げるというのは、こういうことなのです。





さらに、見ていくと若泉候補の公約にはこのようなものがありました。

「月額2万6000円の『子ども手当て』を支給します」

これもありがたい申し出です。我が家にも子供が二人おりますが、毎月2人分で5万2000円ももらえるならば、家計は本当に助かります。

・・・ちなみに、15歳未満の子供の数は全国でどれくらいいるかご存知ですか。1700万人です。この子供の一人ひとりに月額2万6000円×12ヶ月で、31万2000円を1年に支払っていくと、国全体で15歳未満の子供たちに年間でいくら支払わなければならないのでしょう。

5兆2700億円です。

日本国の一般会計予算がおおむね80兆円であることと比較してください。

さすがにこれだけの膨大な予算になると、どこから捻出するのかを明確にしていただきたいものです。「無理・無駄をなくせばそれくらいの予算は出てくる」という通り一辺倒な説明でお茶を濁しているようですが、それなら何だって言えます。



参議院選挙

目下のところ、参議院選挙が行われています。

県内一円で、松村龍二候補は毎日個人演説会を行っています。地元勝山市議会議員の有志もその応援のために県内を飛び回っています。

勝山の市議会議員も自分たちの選挙を控えて手いっぱいですが、勝山にとって松村龍二候補は絶対に落としてはならない人物です。


というわけで、私も昨日は三国の会場へ行ってきました。

   

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会場入り口には、勝山から応援に駆けつけてくれた女性の方々がいらっしゃいました。頭が下がる思いです。

中に入ると写真のとおりで、立ち見ができるほどの盛況ぶり。正直なところ、坂井市は弱いのではないか?と思っていただけにほっとしました。







応援弁士として、地元国会議員の山本拓先生や山崎正昭参議院議員に加えて自民党本部から中川政調会長もいらっしゃいました。



最後に恒例のガンバローをしたわけですが・・・・その後に地元市議会議員として挨拶をせよという指示をいただきましたので、こんな挨拶をしてきました。

松村龍二候補の地元、勝山からやってきました。勝山市議会議員の松村治門でございます。

さて、古い話になりますが、勝山にはかつて参議院議員がおりました。名前を山内一郎と申します。おそらくご年配の方は、よくご存知のことでしょう。

この山内一郎は、非常に力のある議員でした。勝山といえば、福井県の山奥です。その山奥に、金沢から、富山から、新潟から山内一郎に陳情に来る。それくらいの力がありました。私たちはこの人がいる限り福井は安泰であると胡坐をかいていました。

ところが、当時、自民党最大の逆風と言われた逆風が吹き荒れました。そうです。消費税の逆風です。これで、山内一郎は当選できませんでした。

選挙が済んだ後に、私たちは気づきました。いかにひとりの政治家を育てることが難しいか、そして、その政治家を失うことがいかに大きな損失であるかを。

皆さん、またしても時代は同じような局面を迎えています。



皆さん、ここに御参集の皆さんの持っていらっしゃる一票は、松村に入れるとか若泉に入れるとかいうような一票ではないんです。皆さんの一票は、皆さんの未来に投じる一票なんです。

皆さんの未来とは何ですか。皆さんの子供たちの未来であり、皆さんのお孫さんたちの将来でしょう。そこに投じる一票を、一時的な感情で決めてしまって良いのですか。

松村龍二候補は、いよいよ三期目を迎えようとしています。花で言えば、大輪の花を咲かせようという時期にまで来ました。皆さんの手で育てていただいた花です。二期12年の長きをかけて水をやり手をかけ育て上げた花です。

まだ、選挙戦は一週間あります。皆さんのお力添えで、松村龍二候補を国政に上げていただきたく、お願い申し上げて挨拶に代えさせていただきます。

本日は、本当にありがとうございました。

2007年7月17日 (火)

パール判事について

毎年、8月の終戦記念日(個人的には『敗戦記念日』にすべきと思う)になると、必ず出てくる議論があります。8月になって書けば良いのですが、あいにく8月前半はブログが書けませんので(理由は昨日のブログを)、今のうちに書いておきます。






皆さんは、パールという人をご存知でしょうか。


正式には、ラダ・ビノート・パールと言います。おそらく「パール判事」と呼んだほうが通りが良いでしょう。


Photo
ちなみに、この方はインドの法学者です。


このパール氏の名前を一躍有名にしたのは、東京裁判でした。この極東軍事裁判には、連合国の11カ国から判事が参加しましたが、そのひとりがパール判事だったのです。







さて、このパール判事は『日本無罪論』を唱えたとされていますが、これは正確ではありません。パール判事は、極東軍事裁判のあり方そのものを否定したのです。法学者として、また実務家としてこのような裁判は裁判の名に値しない。ならば、このような裁判で日本を裁くことはできない・・・・と主張したのです。


もっとも、「ハル・ノートのようなものを突きつけられたならば、モナコやルクセンブルグでさえ戦争に訴えたであろう」というパール判事の言葉は、我々にとって忘れてはならないものでしょう。





ここで、パール判事を引用したのは日本無罪論を問うためではありません。



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日本無罪論・・・というよりも、パール判事が極東軍事裁判で何を主張したかについて関心のある方は、こちらをどうぞ。









パール判事は、昭和27年に再来日しました。

時あたかも、サンフランシスコ講和条約が発効し、日本が独立を果たした頃です。
この日本の独立について記者団に問われたパール判事はこう答えました。

「日本は独立したと言っているが、これは独立でも何でもありません」

「強いて言うなら、『半独立』と言ったらよい」

「独立国家と呼ぶためには、次の条件が備わっていなければなりません。
 ①国家の基本法である憲法は、自らの手で書く。
 ②自分たちの領土は自分たちが守る。
 ③国家の祭祀・信仰は何人からも干渉を受けない。
 ④自分たちの子供への教育も同様に、他国からの干渉を排除して
  自らの意志に基づくものでなければならない。」




・・・・・パール判事の言葉に従うならば、日本は未だに独立国家ではありません。判事の示した4つの条件をひとつも満たしてはいないではありませんか。



再来日したパール判事は、日本のあり様を見てこう言いました。

「東京裁判の影響は、原子爆弾の被害よりも甚大だ」



また今年も8月15日になれば、メディアを中心として例の番組・記事・論説等が出回るのでしょう。我々が独立する日は近いのでしょうか、遠いのでしょうか。




公職選挙法

久しぶりのブログです。


ここ3週間ばかり更新していませんでした。理由は・・・・勝山市民の皆様ならおわかりのことと思われます(微苦笑)。




日本の公職選挙法というものは、世界的に見ても稀な存在です。いかに稀であるかは、日本の選挙を撮ったドキュメンタリー映画が海外で注目されていることからもわかります。もちろん、この「注目」ということは良い意味ではありません。奇異の目で見られているということです。選挙における法律のしばりの厳しさは、あたかも河川における法律のしばりにも似ています。あれもダメ、これもダメ・・・・河川行政が従前の「治水」から「親水」へと視点を変えて、法律のしばりをゆるやかにしようという方向へシフトしていくのに対して、選挙のしばりはますます厳しさを強めています。


私が、全く納得いかないのは「戸別訪問が禁止されていること」です。これはなぜでしょう。有権者のひとりひとりに、勝山の現状を説明したい。自己の政策をとことんまで説明したい・・・という想いはあっても、戸別訪問が禁止されている以上は説明の仕様がありません。おかしな話です。

もうしばらくしたら、このブログも1週間ばかり完全にストップすることになります。選挙中はブログを書くことはできません。これもおかしな話です。国をあげてIT、ITと叫んでいる割には、肝心の選挙でブログひとつ書くことが許されていない。








毎日、毎日歩いています。

歩いていると、普段気がつかないことに気づかされます。如何に、まちなかに空き家が増えているか、独居老人が増えているか・・・・その一方で、「あれ?こんなところに新しい家が」「おや、ここに店があったっけ」と新しい発見もあります。『まちは生きている』という想いを改めて噛み締めています。