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2008年3月18日 (火)

勝山左義長まつり

週刊文春3月20日号をコンビニで買いました。

巻末のページ(モノクロ写真)の椎名誠氏のところをご覧ください。

「ニッポン『奇祭』大全」と銘打って、椎名氏が長年に渡って取材した祭りの中で最も印象に残る祭りをピックアップしています。

そして、その中に勝山左義長まつりが。


記事全文。


日本全国の祭りを「ありゃまあ」(どこかヘンテコな)と思う点で選び、四年間で24箇所を取材・撮影した椎名誠さん。汗まみれ、雪まみれになりながら、シャッターを押し続けた。

「祭りってある種の恍惚感があるでしょう。それを見つけて写真に捉えたときは狩猟している気分だよね。やったな、撮ったぞって」

とはいえ、撮影の苦労は数知れず。祭りの全貌は行ってみて初めて分かるということも多かったからだ。
「(岩手県八幡平市の)平笠女裸参りというのに名前に惹かれて行ったんだよ。でも、雪道を厚着した女性たちが行進するだけ。アマチュアカメラマンはたくさんいるし、被写体に変化がないので、一番苦労したなあ。」

宮古島では全身を腐敗した泥で覆った“神=バーントゥ”から逃げるために本気で走りました。臭くてね。写真を撮るために正面に回ったら「椎名さ~ん」って抱きつかれちゃって。結局正面からの写真は撮れませんでした。

一番印象に残っているのは(福井県勝山市)左義長祭り。翌朝余韻があってね。誰もいなくて寂しかった。祭りの後の悲しさを噛み締めながら去ったんですよ。来年また行こうと思ってる。十数年ぶりに記録映画を撮りたくなっちゃって。それくらい良かった」



この機を逃すな!勝山市。



確か、椎名誠氏が勝山左義長まつりを訪れたのは3年前だったはず。当時、私はJCで左義長まつり担当委員長をしており、理事長だったM君が「しまったぁ。椎名誠が芳野のやぐらに来てるのなら・・」と悔しさ爆発していたのを覚えています。

あの時も椎名誠氏は週刊文春のコラム『風まかせ赤マント』に左義長まつりのことを大々的に書いていました。

その中に、「まるで、フェリーニの『8と1/2』に出てきそうな雰囲気だった」といったような一文があったと記憶しています。なるほど、椎名氏の目にはそういう風に写ったのか・・・と。

ならば、記録映画を撮ってもらいましょう。

こういうところにお金を惜しんではいけません。このタイミングを逃すな!勝山市。

もちろん、私も全力でプッシュします。

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