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2008年3月16日 (日)

当世学生堅気

この前の話です。

昔、家庭教師をしていた子供から電話がかかってきました。彼ももう大学2年生。進路に関する相談ごとだったのですが、そこでこんな会話が。

私:「バイトとかしてるの?」
彼:「してるっす。結構、お金がいるんですよ」
私:「そっか。色々遊ばなきゃいけないよな」

私:「レポートやら何やらで、学生も大変だろう?」
彼:「いやぁ、そんなことないっす。レポートなんて5分でできるっす」
私:「はぁ?・・・5分?・・・・」

私が学生の頃と違って、今では大学生のレポート提出もメール添付で送るそうです。まあ、教官からすれば、便利この上ないのでしょうが、メール添付ということは、ワード文書で送ると言いうこと。

そうすると、そこで登場するのがコピー&ペースト。あちらからコピペ。こちらからコピペ。つぎはぎだらけとはいえ、5分でレポートが完成するというのも納得です。

小学生の頃、読書感想文の宿題に「あとがき」のコピペをしていた私としては、彼の発言を聞いて苦笑い。当世学生堅気というやつですね。






彼の即席レポート作成講座を聞いてふと思い出したのは、私の学生時代のこと。



とある授業の冒頭で、こんなことを教官から言われました。

「私の授業ではレポートを書いてもらうのだが、ひとつだけ言っておきたいことがある。君たちのレポートの内容には、さほど期待はしていない。独創的なレポートなど学生ごときのレベルで書けるはずがないからだ」

「おそらく君たちは色々なところから、切り貼りしてきたものをまとめるだけのレポートになるだろう。痩せても涸れても私はこの道のプロだ。これでメシを食ってるのだから、君たちがどこから切り貼りしてきたかなどはすぐにわかる」

「私が点数をつけるのは、その切り貼りの仕方だ」

「切り貼りにもセンスというものがある。これとあれを組み合わせたのでは、気持ちが悪い。理屈が通らない。そういったことがわからずに、無闇やたらとつなげるようなものには、点数はやれん」


ちなみに、この教官のレポート採点には伝説がありました。


この教官は、毎年4月の冒頭にこの台詞を吐くのですが、ある年のこと。
この台詞を受けて、ある学生がよりにもよって「切り貼り一切なし」のレポートを提出したそうです。つまり、その筋の権威と呼ばれる先生の論文(しかも教官の師匠)を、そのまま移してレポートにしてしまった・・・と。


そして、そこには
「あまりにすばらしい論文でしたので、切り貼りできませんでした」との学生の書き添えが。


「切り貼りはセンスだ」と言い切った手前、その書き添えの文句にぐうの音も出ず、さりとて自分の師匠の論文に点数をつけるわけにも行かず・・・・最終的に、“A”をつけたとのこと。


ちなみに、この「伝説」の出所は、当の教官自身。
「それくらいのセンスを見せれば、点数は高いぞ」
とのたまっておられました。


つまり、この言い草は「同じ手口は二度とは通じない」ということです。ここまで言われたのでは、こちらとしても黙ってはいられません。私たち有志は、あの手この手で「新しい手口」を工夫し、意気揚々とレポートを提出しましたが、軒並み撃沈されたのでした。




後日譚。

後輩からこんな話を聞きました。

翌年のこの教官の授業の冒頭は、例によって「私の授業ではレポートを出してもらうのだが・・・」で始まったわけですが、例年と違ったのは
「色々な手口を考えてくるばか者がいるが、センスが低すぎる。去年はこんな手口が出てきた」
と、私たち有志の手口を晒されたのでした。恥の上塗りです(涙)。







某音楽大学には、こういった伝説があるそうです。

出席率の低さに腹を立てた音楽史の教官が学期末の試験問題にこんな問題を出しました。
「この授業の担当教官の顔写真を当てよ」
真面目に授業に出席していれば顔くらいはわかるだろうと。



問題の下には音楽史の偉人の顔が並んでいます。バッハ、ハイドン、モーツァルト・・・その中に日本人の顔が並んでいれば簡単なはずなのですが、この教授もその当たりは心得たもの。わざと助教授やら講師やらの顔写真を混ぜておくわけです。


通常、試験会場に授業担当教官は現れません。ところが、この教授。ちらりと顔を出すわけです。
それを覗いた学生たちは、「しめた!」とばかりに問題用紙の顔写真に丸を打つ・・・・のですが、ここに現れたのは教授ではなく、講師。


これが第1のひっかけ。


この第1のひっかけをクリアした学生たちがいます。学生たちもバカではありません。試験間際になると、「何か試験に出そうなことを言うかもしれない」と授業には顔を出すものです。試験のある月だけでも授業に顔を出している学生たちは、担当教授の顔を見知っているのですから、こんなひっかけには落ちないのです。


ところがこれが第2のひっかけ。


この教授、試験当月の授業には、そのダミーの助教授に授業をさせておく念の入れよう。「試験前くらいは授業に出て、何か役立つ情報を得よう」と、そこだけ出てきた学生たちは、あえなく第2のひっかけにだまし討ち。


しかも、学期末の試験はこの1問だけ(笑)。









昔昔から伝わる話としては、こんなものがあります。

「テストで全くできなかった学生が、ダルマの絵を描いて『手も足もでません』と書き添えたらテストに通った」



これは、もはや『伝説』の名に相応しい地位を占めています。
「解剖実習で、耳を切り取って壁につけて『壁に耳あり、障子に目あり』とギャグをかましたら教官に見つかって退学になった」
というくらいの『伝説』でしょう。



ただし、「壁に耳あり」はあながち嘘とも言えません。確か養老猛司氏だったと思うのですが、こんなことを書いていらっしゃったように記憶しています。
「解剖の実習に始めて参加する学生は、段々とおかしな気分になっていくんです。陰嚢を切り取ってぶらぶらさせて「ほ~ら、風鈴だよ」なんて言い出す」
なるほど、そんな雰囲気なら「壁に耳あり」もあったのかも。



さて、問題の「ダルマの絵」なのですが、人間追い込まれると色んな手段を講じるものです。

私もドイツ語のテスト(担当教官ドイツ人)で試してみたことがあります。ダルマの絵。

・・・・結果ですか?・・・・・(沈黙)・・・・・

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