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2009年6月に作成された記事

2009年6月30日 (火)

交通対策協議会

昨日は、勝山市交通対策協議会に出席しました。


平成15年に小泉首相が
「交通事故死亡者を10年間で年間5000人にまで減らす」
と宣言してから、交通関連法令の厳罰化や取り締まりの強化により、年々交通事故死亡者数は減っています。

ついに昨年度は全国で5500人にまで減りました。これは40%近く減ったことになります。


山口勝山警察署長さんのお話では、「平成25年までに5000人を切る」というところまでもう少しに迫っているのですが、もはや警察単体でできることはしつくしたとのこと。

つまり、ここから先は皆さんそれぞれの努力にかかっているということです。


あと、署長からのお願いで、「りゅーぴーネット」へ登録いただきたいとのことです。これは福井県警が主催しているもので、不審者情報・交通安全情報・犯罪情報などがリアルタイムで配信されるものです。

興味のある方は、
こちらからどうぞ。


さて、もうひとつ。

前々から危険だなと感じていたことです。

携帯メールをしながら自転車に乗る高校生

実は、私の知人(お年寄り)もあれに正面からぶつけられて、あわや大惨事になりかけたことがあります。あれは何とかならんもんですか?と署長に尋ねたところ。

 
赤キップ切りますか?

と、思わぬお答えが。coldsweats02

道交法上は自転車も軽車両ですので、赤キップの対象になるとのこと。罰金は2万円。

皆さんも、メールしている高校生を見つけたら注意してあげてくださいね。本人のためでもありますし、歩行者の安全のためでもあります。


ちなみに、私も注意したことはあります。あるんですが、まるで不審者に相対するような目で見られました。
「え~、なんで~」とちょっぴりヘコんだ経験があります。crying

マイケル死す

マイケルジャクソンが死んでしまいました。crying

格好良かった。本当に格好良いという表現でしか語れないです。マイケル。


マイケル・ジャクソンのとらえ方は、世代によって異なるでしょう。おそらく50代の人々にとっては、ジャクソン・ファイブの頃からのファンも多いはず。まさに、マイケルと同じ年月を経た人たちです。

私たち40代前半の世代にとっては、マイケル・ジャクソンが洋楽の入り口だったという人は多いはず。スリラーが出たのが中学生の頃。洋楽に目覚める年代で「スリラー」「ビリー・ジーン」「今夜はビート・イット」に曝された私たちにとって、洋楽のスタンダードがマイケルだったのです。

というわけで、週末はyou tubeで「ひとりでマイケルを偲ぶ会」を行っていました。

2009年6月29日 (月)

手詰まり感の打開 その4 ケインズの処方箋と山岸市長のスローライフ

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昨日、山本拓衆議院議員の勝山後援会役員会がご本人出席のもと行われました。

山本代議士も何かと渦中の人ですので、一連の騒動の説明にかなりの時間を割かれていましたが、出席者のひとりから次のような質問が。

「民主党は自民党がダメだという。それを受けて、自民党も民主党はダメだという。国民は、そんな水かけ論には飽き飽きしている。『この日本をどういう風に引っ張っていくのか』という明確なビジョンを出して欲しい。私たちが聞きたいのはそこなんだ」


もっともな話だな・・・と。
そして、その質問者の熱弁を聞きながら感じたのは、
「もっともな話だ。しかし、それを示すことは自民党にはできないだろう」

自民党だからできないのではありません。民主党もできないのです。仮にできるとしたら、日本共産党か維新政党・新風くらいのものでしょう。彼らは、政体そのものを変更しようとしているのですから。

実は、自民党は既にビジョンを出したことがあります。安倍晋三内閣のときに。

「美しい日本」
安倍元首相の説明不足もあったのでしょうが、国民の大半は単なるスローガンとしか思わなかったでしょう。当時の私もそう思っていました。
現行の体制の中で「明確なビジョン」を示そうと思うと、必然的に「美しい日本」のようなスローガンになってしまうのです。これはどうにもならないことです。

なぜ、「明確なビジョン」が「美しい日本」のようなスローガンになってしまうのか。それを解くキーワードが今回のテーマである、「ケインズの処方箋」です。




話を進める前に、もう一度、これまでの話をまとめてみましょう。

私たちは例えようもない閉塞感に囲まれています。その閉塞感は「私たちは何をしてよいのか。どこへ進めばよいのかがわからない」ことに原因があります。溢れんばかりのモノに囲まれて特に買いたいモノもなく、何となく日々を過ごしている。

村上龍は小説『
希望の国のエクソダス』で、中学生の口を借りてこう言います。
「この国には何でもあります。しかし希望だけがない」

資本主義という私たちの生活を規律する文化の中で、緩やかに私たちは朽ち果てているのではないか。そういう想いを持っている人は少なからずいらっしゃることでしょう。






さて、資本主義の発展によって豊かになればなるほど「人々は退屈する」と喝破したケインズは、同時に「ならば資本主義の代わりになるのものがあるのか。これを考えると、極端に困惑する」と率直に述べています。



ただ、ケインズはひとつの可能性として、選択肢のひとつを示しています。


豊かな社会においては、ローカルなもの、美しいもの、正しいものが求められる



ケインズは、この思想を「国がなすべきこと」という文脈で語りました。

前々回に述べたように、ケインズはグローバル化する国際経済に違和感を感じていました。投資家は、その性質上、最も利益の出るところを探します。これは当然のことです。しかし、全く見知らぬ海外の事業に加わり、見知らぬところの所有者になる。儲けさえ出ればそれで良し。出なかったすみやかに撤退する。これは倫理的に問題ではないのか?とケインズは問います。

ならば、グローバル経済の渦中で、国はローカルなものを守らねばならない。ケインズにとって、それはロンドン駅の美観であったり、郊外の田園風景であったり、快適な住宅環境などであり、それを国は守らねばならない。そのためにこそ公共投資をすべきなのだ・・・と。

ケインズはややもすると「公共投資の必要性を説いた経済学者」「公共投資による需要拡大」ばかりが先行しがちですが、彼にとっては「公共投資によって何を守るのか」の方がはるかに重要だったのです。

我が国の公共投資には、この視点が完全に抜け落ちていました。


Photo_2
東京日本橋です。私も東京に住み始めた頃に行って見て、あまりの無惨さにがっかりした思い出があります。

上を塞ぐ首都高。これが全国道路網の起点とは思えません。

日本橋だけではありません。国内の海岸線を囲むコンクリート防壁。全国のどこを見ても同じような町並み、国の公共投資の「方針のなさ」が現れています。




※上の写真は「
SBI不動産ガイドのスタッフブログ」からお借りしました。confident

さて、ケインズがいう「ローカルなもの、美しいもの、正しいものを守る」との趣旨は、国がそれらのことをすべきとして語られました。つまり、国家の責務としてです。


それを私たち市民レベルに当てはめるとどうなるのでしょうか。

・・・・そう。
エコミュージアムなんですね。

なんて唐突な、というか、ご都合主義的な・・・と思われた方もいらっしゃるでしょう。coldsweats01
いえ、その気持ちも十二分にわかります。

ちょっと、脱線するかもしれませんが、私がここに辿り着くまでの変遷を。




前々から、というよりも議員になる前から、私は大衆消費者社会の行く末がどうなるのかという危惧を持っていました。

大衆消費者社会。それはまさしくケインズがいうところの「豊かな社会」です。全ての人々が消費者として何かを買う。その中で、私たちはゲップが出てくるくらいのモノに囲まれ、もはや欲しいモノは何もない状況にまで到達しました。

欲しいモノはない。でも何かが足りない。

しかし、この大衆消費者社会は、あまりにもマクロ・巨視的な話で、正直なところこれをどうやって変えようかなどという話は皆目見当もつきませんでした。なぜなら、大衆消費社会からの脱却とは、人々の価値観を180度転換することを意味するからです。そのようなことができるはずがない・・・





さて、一方で山岸市長の進めるエコミュージアム。

これは元々、(社)勝山青年会議所が提言したこともあって、私にとっては実になじみ深いものです。しかし、私はこれまでエコミュージアムをまちづくりの手法として捉えてきました。この勝山のまちづくりをどうするのか、人づくりをどうするのかという視点です。

そして、山岸市長は第5期総合計画の方針として
 
スローライフ
を提唱されました。要するに、これまでの都市型の生活スタイルではなく、勝山独自のスタイルを模索しようということです。

今年の3月議会で、このスローライフを聞いたときには「市長、何か訳のわからないことを言い始めたな」と、正直思いました。
(ごめんなさい、市長coldsweats01

そのときは、そう思ったのです。
しかし、じっくりと考えてみると、これこそケインズが言っていた「ローカルなもの、美しいもの、正しいもの」そのものではないかと思い至ったのです。

私自身が、エコミュージアムに対して知らず知らず枠をかけて制限してしまったのですね。その枠を超えて一歩下がって見てみれば、エコミュージアムにはまだまだ可能性があったのでした。



ああ、そうか。そういうことか。山岸市長は、人々の意識を180度転換させようとしているのか、脱消費者社会を目指すのか・・・・これは、またトンでもないレベルでの話になってきた・・・・。




果たして、市長はそこまで狙ってスローライフと言っているのか。狙っているんです。

「閉塞感-大衆消費者社会-ローカルなもの-エコミュージアム-スローライフ」という一連の流れが出来たときに、私は全てが腑に落ちた気がしました。ストンと腹の中に収まった気分です。そこで、山岸市長がどのような意図でスローライフを持ち出したのかを尋ねてみたところ、やはりそういう意図だったんですね。
(さすがにケインズは出てきませんでしたが、別にそこは本筋とは関係ありません)


正直な感想を述べるなら、シャッポを脱ぐとはこのことです。脱帽です。



と、同時にこのスローライフが重大な問題点を抱えることにも気づきました。


それについては、次回に譲りましょう。


今回の話も長くなりました、お付き合いいただいた方には、感謝申し上げます。confident

2009年6月28日 (日)

東国原知事の動向

水防訓練から戻って、何気なくテレビを見ていると東国原知事の動向が取り上げられていました。

最近ニュースを見ていなかったモノで初耳だったのですが、coldsweats01 なにやら知事は国政に並々ならぬ関心がおありとのこと。

しかもTV局のインタビューに答えて、「宮崎県での改革路線は道筋をつけた。国政に関心がないわけではない」などと回答していました。

どうやら彼にとって、宮崎県知事というポストは「政治家東国原がのし上がっていくためのステップのひとつ」でしかないようです。改革は改革路線に道をつけた・つけないという次元で語られるものではありません。県民の目にも「改革は完了した」というところまでやり抜くことが最も難しいのです。
逆説的に言うならば、「改革路線に道をつけた。だからもうだいじょうぶ」と東国原知事が言うのであるならば、もはや東国原知事でなくともいいわけです。別な人を知事に据えれば良い。


これまでもマスコミへの露出が多い人ですが、それもこれも「宮崎県の知名度を上げたいがため」ということで納得できました。しかし、今回の騒動で何となく底が見えたような気がします。

この知事の同行を、当の宮崎県民はどのような想いで眺めているのでしょうか?

平成21年度 水防訓練

本日は朝7時より平成21年度水防訓練が行われました。


今回は中後区の皆さんにご協力をいただき、訓練を行います。




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自然災害の際に、要援護者や高齢者・子供たちなどを迅速に非難していただくと同時に、健康状態のチェックも行います。








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河川が氾濫した際に備えて、消防団・市役所職員・県土木職員による土嚢作成・土嚢工法の演習も行われました。

700個の土嚢があれよあれよというまに作られていく様は、見ていて壮観です。






Photo_3また、日赤奉仕団による炊き出しも行われました。毎年のことですが、朝早くからおにぎりを作るなど献身的に活動されています。






災害はないにこしたことはありません。しかし、万が一に備えて、市民・消防団・行政スタッフ・日赤奉仕団などの皆さんは準備に余念がありません。

本当にご苦労さまでした。

2009年6月26日 (金)

手詰まり感の打開 その3 シュンペーター

前回に引き続き、この「手詰まり感」「閉塞感」の打開について想うことを。


前回まで、資本主義には限界があることを経済学者たちが予言していたことについて述べました。ところが、リカードやマルクスは、このままでは資本主義は行き詰まるであろうと予測していたにもかかわらず、革新的な技術革新によって資本主義は生き延びます。


さて、ここでもうひとりの経済学者に登場願いましょう。




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ヨーゼフ・アーロイス・シュンペーター(1883-1950)



オーストリアの経済学者で、彼の説は「イノベーション理論」と言われます。

これは、企業家(アントレプレナー)たちの行うイノベーション(革新)こそが資本主義を発展させるというものです。



さて、このシュンペーターは資本主義の未来をどのように捉えていたのでしょうか。




1936年1月。アメリカ農業大学院において、シュンペーターは「資本主義は生き延びうるか(Can capitalism survive?)」とのタイトルで講演を行います。

この講演は、次のような文言から始まります。
Ladies and Gentlemen. Can capitalism survive? No. I do not think it can
(紳士淑女の皆さん。資本主義は生き延びられるのでしょうか。いいえ、生き延びられません)

やはりシュンペーターも資本主義の未来を悲観的にとらえていました。しかし、その悲観論は実にユニークなものです。

さて、それを語る前に、ここでシュンペーターの言う「企業家」とはどのような人を指すのかについて少々。なぜなら、この「企業家」を誤解するとシュンペーターの資本主義論が全く訳のわからぬものになるからです。ちなみに、私も当初は誤解していました。bearing

企業家とは、一般的な感覚では「社長さん」です。しかし、慣行的な事務遂行をしている社長さんたちと企業家とをシュンペーターは明確に区別しました。

シュンペーターは、こういっています。
「起業者であることは職業ではなく、通常一般には永続する状態ではない」
つまり、社長を社長業としてやっているような人は企業家ではないと言うのです。
 金銭的な欲求からイノベーションをするような連中も企業家ではないとシュンペーターは言います。確かに彼らは豪奢な生活をしているが、金持ちになるためにやっているのでもないと。

ならば、シュンペーターにとって企業家とはどのようなタイプの人なのでしょうか。
 
①「私的帝国」ないしは「自己の王朝を建設しようとする夢想と意志」
 ②「勝利への意志」あるいは「成功を獲得しようとする意欲」
 ③創造の喜び

この3つが企業家を動かす動機だと彼は言うのです。


なるほど、もはや動物的な衝動ともいえる動機に突き動かされて、企業家たちは資本主義を発展させます。しかし・・・だからこそ、資本主義は衰退せざるをえないのだとシュンペーターは結論づけるのです。

理由は実に簡単です。経済成長を遂げた「豊かな社会」では、もはやリスクを覚悟して新たなイノベーションに挑もうとする「企業家精神」は薄れてくるからです。


余談ですが、各地の青年会議所(JC)でこのアントレプレナー(企業家)を育成しようという事業が行われています。しかし、JCがいうアントレプレナーとシュンペーターがいうアントレプレナーでは、ニュアンスが異なるように思います。シュンペーターならば、「そんなものは教育して出てくるようなものではない」と言うでしょう。本多宗一郎は教育によって出現したものではありません。JCのいうそれは、むしろ「起業家」といった側面が強いです。



・・・しかし、「自己の王朝を建設しようとする夢想と意志」とか「勝利への意志」とか、およそ経済学の枠を超えてしまった説明ですね。シュンペーターの業績が経済学でなく経営学の方に引き継がれているのもわかります。だって、これはもはや経済学の範疇に納まりません。

もっとも、シュンペーターの思想が狭義の経済学の枠内におさまらないのも無理はありません。なぜなら、彼にとって資本主義とは単なる経済制度のひとつという側面を超えて、文化そのものだったからです。
 文化とは私たちの行動を規定するものです。慣習と言っても言い変えることもできるでしょう。「私たちの行動を規定する」という意味ならば、資本主義はまさしく文化そのものです。
 例えば、資本主義の特徴のひとつである合理主義。この合理主義は、われわれの生活を規定しています。

資本主義は文化である。そして、その資本主義は資本主義であるがゆえに衰退する。文明論的に言えば、シュンペーターの思想はこのようになるのでしょう。



さて、ここまで来ると、われわれの持つ「停滞感」が見えてきたようにも思われます。


資本主義的な文化そのものが行き詰まってきているのです。

豊かな生活を目指してわれわれはここまでやってきました。しかし、溢れかえらんばかりのモノに囲まれたわれわれは行き先を喪失してしまったのです。

確かに、どんどん新しいモノは市場に出ています。液晶テレビ、地デジテレビ、新機能を備えた携帯電話・パソコン、環境に配慮した車などなど。
そこで、私は前回と同じ質問をしたいのです。
あなたは本当にそれが欲しいのですか」と。

本当に欲しいモノ、それがなければやっていけないモノなんて、もはやないのです。ならば、なぜそれを買うのでしょう。ひょっとしたら、一種の空虚感を紛らわせるためではないのでしょうか。新しいモノ、新奇なモノ、ただそれだけの理由でわれわれはモノを買っているのではないでしょうか。しかし、「新奇性」などというものは慣れてしまえば、別に目新しさを感じません。すると「もっと新しいモノを、もっと珍しいモノを」というある種の麻痺状態に陥ってしまわないでしょうか。





豊かな社会では、その豊かさゆえに人々は「退屈する」だろう
これがケインズの予想図です。

まさにわれわれはそこにまで達してしまったのです。


そうなると、資本主義に変わる別の文化をわれわれは見いださねばなりません。
そこで、例のケインズ論文の文句が再び顔を出してきます。

代わりがあるのかを考えると、われわれは極度に困惑してしまう

そうなのです。今のシステムはもう行き詰まっているのではないか。われわれは別の何かを模索しなければならないのではないか。
薄々、感づいていながらも「それじゃ、何をすればいいの?」というところで、われわれは手詰まりに陥っているのです。

この手詰まり感に対して、ケインズはもうひとつの可能性をわれわれに示しています。

それについては、次稿に譲ることにしましょう。



今回も長くなりました。お付き合いいただいた方には感謝申し上げます。confident



恐竜モニュメント

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既にご存じの方も多いと思われますが・・・

恐竜モニュメントが国道416号線の荒土休憩所に出現しました。happy01


福井県も粋なことをしてくれます。good










しかし、何しろ大きい。




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画面下の方に、うちの次男坊がいるのですが・・・わかります?








2009年6月25日 (木)

手詰まり感の打開 その2 資本主義の未来とケインズに想うこと

6月22日に「手詰まり感の打開」を書きました。そこでは、現在の閉塞感について記したのですが、前々からこの閉塞感の正体は何なのだろうかと考えています。



福井県立大学の図書館は、私にとってのパラダイスのようなところでして、文献が手に入らないときなどは、ここへ来て探すと面白いモノが見つかることが多いので、非常に重宝します。夜9時まで開いてますし。happy01









さて、ちょっとした縁で、目下のところ、ケインズの論文を読んでいます。県立大学図書館から借りてきました。



ジョン・メイナード・ケインズ(1883-1946)

イギリスの経済学者です。最近の世界的経済不況で、再び脚光を浴びている「ケインズ経済学」の産みの親ですね。


200pxjohn_maynard_keynes_7 難しいことは抜きにして、この人の理論が「公共投資による需要拡大」を下支えしています。


おそらく、「古今東西で、最も影響力のあった経済学者を5人選べ」と言われたら、確実にケインズは入るでしょう。それくらいのインパクトをもたらしました。

(「3人選べ」と言われても入りそうな気がします。アダム・スミス、マルクス、ケインズで)



つまり、ケインズという人は現代資本主義の立役者みたいなところがあるのですが、この人は資本主義の未来について重要な示唆を残しています。



1933年7月に発表された論文「国家的自給(National Self-sufficiency)」において、ケインズはいわゆるグローバル化していく経済について、次のような感想を述べています。

The decadant international  but individualistic capitalism, in the hands of which we found ourselves after the War, is not a success.  It is not intelligent, it is not beautiful, it is not just, it is not virtuous- and it doesn't deliver the goods. In short, we dislike it and we are beginning to despise it. But when we wonder what to put in its place, we are extremely perplexed.

(第1次世界大戦後に手に入れた国際的ではあるものの個人主義的で退廃した資本主義は成功したとはいえない。それは知的でもなければ美しくもない。正しくもなければ道徳的でもない。つまり、そういった資本主義は価値をもたらさないのだ。端的に言うなら、われわれはそれを嫌悪していおり、軽蔑し始めている。しかし、代わりがあるのかを考えるとき、われわれは極度に困惑してしまう)

※訳は適当ですので、そこは突っ込まないでくださいcoldsweats01



思うに、われわれが抱いている「閉塞感」の最も根元にあるのは、このケインズの「代わりがあるのかを考えると、われわれは極度に困惑してしまう」という一節ではないでしょうか。

この困惑は、次の問いに集約されます。
「あなたは、これ以上何かを欲しいと思いますか?」

車を買ってみた、携帯電話も持った、冷蔵庫もテレビもクーラーも持った。これ以上欲しいモノはないという状況にまでわれわれは追い込まれています。

もちろん、買い換えの需要や新規製品に対する欲求はあるでしょう。しかし、昭和30年代の「テレビが欲しい」「冷蔵庫が欲しい」「電気洗濯機が欲しい」といったような強烈な衝動をわれわれは持ち得ないのです。

つまり、「何かが欲しいから私たちは頑張って働く」という展望を、もはやわれわれは描けなくなっているのです。戦後、人々の活動の理念であった「豊かな社会」とは、生活を彩るモノを揃えていくことでした。個人のレベルで考えるならば、それは車であり、衣服であり、携帯電話でありパソコンを身の回りに備えておくことでした。家庭では、電気洗濯機を買うことであり、冷蔵庫を買うことであり、クーラーを買うことでした。国家レベルでいうならば、道を整備することであり、体育館を設置することであり、新幹線を引くことでした。そういったモノを増やしていけば、われわれの生活は豊かになると考えられたのです。

しかし、われわれはゲップが出るくらいにモノに囲まれて、もはや「これ以上、本当に欲しいモノはありません」という状態に追い込まれています。


これはケインズに言わせれば当然のこととなるでしょう。ケインズは、社会が豊かになり人々の耐久消費財に対する物質的欲望が満たされてしまえば、もはや新規投資を行っても投資に見合う十分な収益が見込めない状況に陥るのではないかと考えていました。つまり、その状態にまで資本主義が進めば、投資そのものが意味を成さなくなります。それはすなわち、「資本主義の死」に他なりません。



こういった資本主義に対する見方は、何もケインズに始まったことではありません。


(注:ここからリカードの説明が続きますが、興味のない方は次の「注」まで飛んでもらっても結構です)




ディビット・リカード(1772-1823)


古典派経済学を代表するイギリスの経済学者ですが、この人は経済学者にしては珍しく経済実務で成功した人です。つまり、株の仲買人として証券取引の世界で大儲けし、42歳で引退した後は政界に打って出て華々しい活躍をしました。


Photo_3 さて、このリカード先生が熱心に取り組んだのは歴史に名高い「穀物法」です。高校生のときに世界史を習われた方ならば覚えていらっしゃることでしょう。あの穀物法。


当時のイギリスは世界最初の産業革命を成し遂げたこともあり「世界の工場」としての地位を確立しましたが、人工の拡大により穀物の輸入国になっていました。そこで、競争力の弱い農業部門、つまり旧来の地主層を保護するために輸入穀物に関税をかけたわけです。
(つまり、今の日本のコメと全く同じ状況)

これに対して、リカード先生は真っ向から反対します。その理由は2つ。
1つは、関税をかけて輸入価格を引き上げれば確かに地主層は保護されるだろう。しかし、安い穀物を国内に流通させれば、地主層以外の社会階級一般の人々に利益をもたらすではないか・・・というもの。

そして、もうひとつの理由が極めて重要な問題を引き起こします。

資本間の競争によって利潤率の低下傾向を説くアダム・スミスには賛成できないから

これはどういうことかと申しますと・・・経済学の祖であるアダム・スミスは「資本家と資本家が競争すれば、利潤率は下がる」と主張しました。これは、今のわれわれにもよく理解できます。Aという企業とBという企業が同一の事業で競争するならば、値引きや安売りなどで利益はどんどん少なくなっていくという構図です。

これに対して、リカード先生は「いや、産業全般の利益率が下がるのだ」と主張しました。なぜ、社会が発展し、資本が蓄積されると産業全般の利益率が下がるのか。これは説明すると、ちょっと長くなりそうなので、そういう風にリカード先生は主張したのだと納得してください。coldsweats01
重要なことは、リカード先生がそこを踏まえて描く資本主義の未来なのです。


①社会が発展し、資本が蓄積されると産業全般の利益率が下がる。
②しかし、利潤が存在する限り、資本は成長していく。(新規に投資がされるから)
③もっとも、新規資本が蓄積されても利益率低下は止まることはない。
④この過程は、利潤がゼロになるまで続く。
⑤利潤がゼロになったとき、資本蓄積は止まる。
⑥このとき、利潤はゼロであり、賃金は相変わらず生存水準であるにも関わらず、地代は最大になっている。
⑦この状態を定常状態と呼ぶ。

リカード先生は、一国の経済がこのような破滅的な未来を描くことを説き、その解決策を国際貿易に求めました。

先生が描いた未来像は、資本主義には限界があることを示したのです。



(注:ここまでがリカードの説明でした)



リカードが描く暗い未来像は、実はマルクスも共有していました。しかし、実際の世界はリカードやマルクスの予測をあっさりと裏切ったのです。

その原動力となったのは、大胆な技術革新でした。

20世紀とは、まさしく技術革新の時代です。フォードによる車の大量生産や、飛行機の発明、通信分野での劇的な革新技術(電話・インターネット)などが、新たな需要を喚起し、産業を引っ張ってきました。

しかし、果たしてこれら技術革新(イノベーション)は、資本主義を「限界のないもの」にしたのでしょうか。

そこについては、また次の稿に譲るとしましょう。

長々とした説明におつきあいいただき、ありがとうございました。

NHKに対して集団訴訟

NHKが視聴者から訴えられるという、トンデモない事態が発生しています。


4月5日に、日本の台湾統治を取り上げたNHKスペシャル「アジアの“一等国”」があまりにも偏向しすぎているというので、放送法や受信契約に違反する番組により精神被害を受けたとして、視聴者たちが25日にNHKに約8300万円の損害賠償を求める訴えを起こすことがわかったのです。

原告となる視聴者の数は、実に8300人。


私自身はこの番組を見ていなかったのでその内容について云々する資格はないのです。ですので、この番組のことが話題になるときは
「まあ、NHKのことですから偏向番組くらいは作るだろう」
程度に考えていました。

しかし、識者たちの話を聞いていると、並の偏向ぶりではなかったようで、台湾人であり台湾史研究の専門家の黄文雄教授も「事実がひとつもない」といたく憤慨されていました。

例えば、「台湾は漢民族」といった誤った認識。これは、「北海道は、古来より大和民族」と言うに等しく、台湾に関する基本的な知識すらない人間の台詞です。ちなみに、「台湾は漢民族」という台詞は、少しでも中国史・台湾史を知っている人間なら思いもしないものです。もしくは、こういった台詞を吐くのは、
 
中国共産党
なんですね。つまり、NHKは台湾についてまるっきり知らないで番組を制作したか、もしくは中国共産党の片棒を担いで作ったかのいずれであることを公に表明してしまったのです。

こういった誤った認識だけでなく、現地台湾人のインタビューを恣意的に編集し、日本の台湾統治がいかにも悪かったのだと印象づけようとしていることを黄教授は指摘しています。
加えて、教授は次のような報道のあり方は大問題だと指摘しています。
 
「日台戦争」
いつ日本と台湾は戦争をしたのでしょうか。このNHKの造語には、新たな歴史認識(中共寄りの)を感じます。





さて、そこで頭に来た人たちが集団提訴に踏み切ったというわけですが・・・まあ、これは左翼系市民団体の常套手段です。裁判所に訴えて、世間の耳目を集めるというのは。

そこで私が注目しているのは、NHKに対する集団訴訟をマスコミは取り上げるのでしょうか。おそらく週刊新潮・文春などの週刊誌メディアは取り上げることでしょう。しかし、TV局は取り上げないでしょうね。

マスコミなんて、人のことを叩くときだけは威勢が良いくせに、自分たちの業界のことになるとからっきしダメですから。

2009年6月23日 (火)

6月定例会 全員審査特別委員会

昨日は、6月定例会の全員審査特別委員会が行われました。ここでは、6月補正予算の審議を行います。

通年ですと、6月補正予算は一番楽な予算です。というのも、6月という時期を考えると4月から始まる新年度予算を執行し始めたばかりですので、補正をする必要性がまだ薄いのですね。

ところが、今回は国の大幅な追加補正予算が出たため、その関連予算を審議することとなりました。今回の国の補正の目的は緊急雇用です。したがって、市の6月補正でも緊急雇用が柱となっています。それに加えて、平成24年に全国環境自治体都市会議を誘致しようとする勝山市ですので、環境部門での強化を柱とした補正予算になっています。


昨日の予算審議は揉めに揉めて終了したのが午後6時でした。揉めた原因は、はたや記念館「ゆめお~れ勝山」にかかる設計者・建設業者の問題です。おそらく勘の良い方ならば、「ああ、あの問題か」とすぐにおわかりになることでしょう。この問題については、追々このブログでお話しすることもあるかと思います。

私が今回の補正で最も納得のいかなかった点は、「東山いこいの森」の工事費用が盛り込まれていた点です。

理事者側の説明では、東山いこいの森の設備が老朽化しており早急に修繕しなければならないところ、今回国の交付金がふんだんにおりてきたので、これを用いて修繕するのだということです。

一見すると、もっともなことのようにも思えます。東山いこいの森は一部設備が老朽化しており、訪れる人のことを思えば早急な対応が求められます。それ自体に異論はありません。国の金でできるのならば、それが一番ありがたいことも確かです。

ただ、そういったことを踏また上で、私が納得いかないことは、東山いこいの森が指定管理者制度に移行しているということなのです。

指定管理者制度とは、市が保有している物件を民間活力により運営していただくことで、より有効に利活用してもらおうという制度です。現在、市内では、勝山ニューホテル・温泉センター水芭蕉・市営温水プール・長尾山総合公園と東山いこいの森が指定管理者制度を導入しています。


通常、指定管理者制度に移行する際には、市と指定管理者との間で契約書を交わします。何年間を契約期間とするのか、どのような運営をするのかといった契約内容の中でも、最も重視されるのは、
 「指定管理料はいくらになるのか」
ということです。

市は指定管理者に対して指定管理料を支払います。つまり、維持・運営に最低限これくらいはかかるだろうという見込みですね。そこから、指定管理者の運営努力によって利益が出れば、それは指定管理者が取ってもらいます。利益を出す。この健全な方向が、サービスの向上につながります。
(もちろん、黒字を出すために安易な首切りなどをしないように十分なチェックは求められます)




このように、、指定管理者契約を結ぶ際には様々な可能性を考えて契約を結び、議会の議決を得るのですが、今回の東山いこいの森ではその精神が踏みにじられていると私は感じました。

指定管理者契約を結んだ後に、「○○の修繕が必要です」「××を直します」とどんどん追加で予算を組んでいくのでは、当初に結んだ指定管理者契約の意味がありません。

極端な話、議会には「Aという建物の指定管理者契約は、契約にかかる修繕費を込みで2000万円です」と説明して議決を得た後で、修繕費・修繕費と追加していって最終的には5000万円かかりましたということすらあり得るのです。

「東山いこいの森は修繕が必要である」
「指定管理者契約を結んでも、このままの状態で指定管理者に渡したのでは、指定管理者に気の毒である」
と理事者側が考えるのはもっともな話です。ならば、なぜ指定管理者契約を結ぶ際に「これからかかるであろう修繕の全体計画」を示さなかったのでしょうか。

元々、市が直営で運営したとしても修繕費はかかるのです。それら修繕費を加えてもなお、民間の団体にしてもらった方がサービスが良くなるというのが、指定管理者制度の趣旨です。




私はこれまでも指定管理者制度の改善を求めてきました。

温泉センター水芭蕉の指定管理者移行で揉めていたときに、私は担当常任委員会であった産業福祉委員会の委員長でした。そのときに、指定管理者契約のスケジュールがタイト過ぎることが揉める原因であることを理事者側に説明し、その改善を求めました。

具体的に言えばこういうことです。

その当時の、指定管理移行スケジュールは次のようなものでした。
   12月定例会・・・温泉センター水芭蕉を指定管理制度にする条例変更
   1月~2月・・・・・指定管理者を募集・業者決定
   3月定例会・・・・業者決定を受けて指定管理者契約を議会にて議決
   4月1日・・・・・・・指定管理者業務開始

これでは事実上、議会は指定管理者契約を承認せざるを得なくなります。なぜなら、4月からの業務開始を目指して業者さんは準備を進めているのです。
 「もうすでに、市内の業者さんは準備を始めていますので」
と言われては、議会としても否決することもできません。

それで、このスケジュールを見直すように求めた結果、現在ではゆとりを持ったスケジュールに変更されました。

このように、理事者と市議会との間で、指定管理者制度をより有効にすべく様々な取り組みがされてきたのですが、今回の東山いこいの森の一件で、それを踏みにじられたような気分がしてなりません。

実に残念です。  

人工冬眠への挑戦

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「人工冬眠」への挑戦。読了。


人工冬眠といえば、ワープ航法と並んでSFではメジャーな技術です。この人工冬眠の研究家である著者は、愉快な実例をひきながら冬眠という行為の不思議さ・その応用範囲の広さを説明していきます。




何しろ、読んでいくと目からウロコ。 flair

例えば、本書では、冬眠する哺乳類の代表例として、リスと熊が挙げられています。

私は、リスは冬の間、ずーっと冬眠しているものだと思っていました。ところが、冬眠中のリスは、2週間おきに20時間だけ体温を戻して活性化するとのこと。

一見すると、この行為は無駄のように思えます。体温を上げる・下げるという行為自体がエネルギーを使うのですから。「なぜ、そんな無駄なことをするのか」本書によれば、「寝不足にならないため」なのです。冬眠と睡眠は全く異なる行為ですので、冬眠したままだと寝不足になってしまう。それを回避するために、2週間おきに20時間体温を戻すのだと。そして、冬眠をするために蓄えられたエネルギーの9割が、この作業に費やされているのです。

もうひとつは、熊の事例。熊は蓄えた用いて冬眠するのですが、冬眠中で1日に使うエネルギー量は4000kcal。これだけのエネルギーをひたすら放出していたのでは無駄が多いので、エネルギーやタンパク質・カルシウムをリサイクルしながら冬眠を続けるそうです。睡眠・冬眠・代謝。いずれも実に不思議なものだと実感させられます。

人工冬眠研究の専門家である著者は、本書の末尾で「人工冬眠は必ず実現する」と断言しています。そこへ至る技術的過程や、課題などが本書では手を変え品を変え、飽きさせることなく盛り込まれています。

2009年6月22日 (月)

消防操法 お披露目 激励会

先の土曜日に、消防操法のお披露目・激励会が行われました。

県内自治体を代表する消防団が集まり、その技術を競う大会が毎年7月に行われます。この消防操法大会に向けて、今年は勝山市消防団第2分団の精鋭たちが日々練習に励まれています。


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何しろ、月曜日から土曜日まで毎日朝4時30分に選手たちは集合して練習を重ねているのです。その労苦は想像するに余りあります。







7月の本番に向けて、残り1ヶ月。くれぐれも怪我には注意されて頑張ってください。happy01

手詰まり感の打開

自民党に対する逆風は未だ弱まることを知らず、政権交代はもはや自明のことのようにマスコミは報道しています。

しかし、なにやらマスコミも集団ヒステリーのように政権交代を煽っているようにしか見えません。政権交代さえあれば世の中うまく行くかのような論調すら見え隠れします。

一歩下がってその馬鹿騒ぎを見るにつれ、我が国には真の意味での政権交代がなかったことのツケがまわってきたのかなと考えたりもします。

55年の大合併により自由党と民主党が自民党になって以来、日本では本格的な政権交代はただの一度としてありませんでした。確かに、細川護煕を首班とする日本新党が政権を獲ったことはあります。自社さきがけによる連立政権が誕生したこともありました。しかし、これらの政界再編劇のテーマは、いずれも「非自民」でしかありません。
 「新しい政権になれば、何か変わったことが起きるかも知れない」
ただ、それだけなのです。

本来、政権の交代とは「政策の変更」を意味する事態です。これまでの政策では日本はダメになる。だから、新しい政策を行うべきなのだと。

ならば、民主党は日本をどのような方向へともっていきたいのでしょうか。そこが今ひとつ見えてこないのです。もちろん、「だから自民党が良い」という議論にはなりません。私自身は自民党員ではありますが、だから手放しで自民党を応援するのだというスタンスには到底立ちえません。

「自民党は頑張っているのだろうけれど、でも自民党まかせにしておいて良いのか。さりとて民主党に変えたからといって劇的によくなるわけでもあるまい。単に自民を倒せば日本が変わるという幻想は抱いていない」
という感覚が、大方の国民の反応ではないかと感じます。しかし、この感覚を一言で表すならば「手詰まり」に他なりません。

この「手詰まり感」をどのように打開していけばいいのでしょうか。

数回に渡って、この問題について考えていきたいと思います。

2009年6月21日 (日)

おいでねんせカッチャマ 誕生!

最近のことですが、勝山の情報発信をするサイトを立ち上げました。今年の3月頭からこのサイト開設に向けて忙しく動いておりましたが、ようやくベータ版coldsweats01ができたので公開するに至りました。good

その名も「
おいでねんせカッチャマ」。

今まで、勝山の有志により様々な情報発信サイトが運営されてきました。それぞれに素晴らしく目を見張る特徴があります。

ならば、敢えて新しいサイトを立ち上げる必要があるのか?という疑問は当然に出てくることでしょう。もちろん、私たちもその点については色々と議論を重ねてきました。

①情報を集約すること 
観光客が勝山を訪れたいと思うときに、何が知りたいのでしょうか。
 (a)勝山ってどんなところ?(勝山の観光地や遊ぶ・食べる・買う・休むなどの情報)
 (b)どんなイベントが開かれるの?(イベント情報)

これら情報集約は必要になります。ただ、今回のベータ版ではまだここまで対応できていません。これから情報収集並びにイベントカレンダーを作成していきます。

②ストーリーの発信&旅のおとも
基本的に私たちがイメージしたのは「
ぶらり勝山ひとり旅」でした。その人たちへのサポートとしてこのサイトを位置づけています。

ならば、「ぶらり勝山ひとり旅」をする人たちは何を求めるのでしょうか。
例えば、尾道を訪れる人々のことを考えてみましょう。広島県尾道は、大林宣彦監督による尾道三部作と呼ばれる映画の舞台地です。そのストーリーに重ね合わせる形で尾道を訪れる観光客は、今も後を絶ちません。

すごい建物、すごい風景はそれだけで人々を感動させます。ですが、そこにストーリーが加われば、感動はさらに増すことでしょう。そこで、勝山に伝わる物語を「
勝山物語」としてまとめていきます。
 今のところ、勝山物語は
  ①勝山城主列伝
  ②平泉寺物語(第1部)
  ③巨木めぐり(第1部)
  ④勝山恐竜物語
  ⑤畑時能物語
の5話をアップしてありますが、これからも適宜更新していきます。

さて、これらストーリーを旅のおともにして勝山をぶらり散策しようとするときに、「どれくらいの時間がかかるのだろうか」ということは気になるモノです。
そこで、「A地点でアレを見て、Bで蕎麦をたぐって、Cまで行こうとするとどれくらいの時間になるのだろうか」という計算もHP上でできるようにしていきます(現在、作業中)。世の中には「鉄道マニア(てっちゃん)」と呼ばれる人たちがいますが、この中に「時刻表テツ」がいます。時刻表を眺めて「あそこへ行って、ここに行って」という想像を楽しむ人々ですが、そういった想像上の勝山旅行をサイト上で楽しんで欲しいと思います。もちろん、ネット上での旅行を楽しんだ後は、実際に勝山に来ていただきたいのですが。


また、ストーリーの発信は勝山物語だけではありません。「勝山って、こんな楽しみもできるんですよ」という楽しみ方の発信もしていきます。それが「
勝山遊び天国」です。
まあ、これは私たち自身が勝山を満喫して、それを「皆さんもどうですか?」と発信していくのですが、詰まるところ、私たち自身が楽しみたいということです。happy02

まだまだ完成型にはほど遠いのですが、色々なご意見をいただきながら良いものにしていきたいです。

きつ~い一言

家内が、私の側にやってきてひとこと。

「痩せたよ」

おおっ、痩せたのか!何キロやせた?

「4キロほど」

やるねぇ、大したもんだ。とその労苦をねぎらっていると、傍らにいた5歳の長男が嫁に向かって

「でぶっちょなのに、やせたの?」

・・・(凍る空気)・・・(耐えられない沈黙coldsweats02)・・・・子供って、容赦ない。crying

2009年6月20日 (土)

総合体育館建設

  木曜日に開催された総務文教構成員会において、「総合体育館のあり方検討委員会」が議題にのぼってきました。


平成30年に開催予定の福井国体に向けて、勝山市でもバドミントンなどの競技誘致をしたいのですが、そのためには既存の体育施設では不十分であることは言うまでもありません。そこで、新たに総合体育館の建設も視野に入れて、まずはこの検討委員会にて基礎的な話し合いをすることになっています。

総合体育館の建設。これは、勝山市民のスポーツ愛好者にとっては悲願ともいえるものです。
私だって、欲しいです。総合体育館。

しかし、その前によく考えてもらいたいのは、これはおそらく勝山市にとって最後の、そして最大級のハコモノだということです。おそらく、バドミントンの国体が開ける総合体育館ともなれば、30億円は見込まなければならないでしょう。そこに国の補助が3分の1ですから、勝山市が負担しなければならない財政的負担は20億円ということになります。

20億・・・これを20年間で償還していくとしても、年間1億2千万円程度は払い続けなければなりません。そして、施設維持費用として年間数千万はかかるはずですから、体育館について毎年1億5000万~7000万程度の支出は覚悟しなくてはならないのです。




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しかも、20年間と簡単に言いましたが、20年後の勝山市の人口は、毎年1億5000万円以上を負担する財政能力がありません。

平成30年。すなわち、2018年から償還をスタートして20年間払うということは、2038年に払い終えるということを意味します。

そのくらいになれば、勝山市の人口は1万5000人にまで落ち込んでいるのです。





繰り返しますが、総合体育館の建設そのものは素晴らしいことです。私だって、欲しい。

しかし、これだけの建物をエイヤァで建ててしまっては、将来に重大な禍根を残すことになりかねません。

まずは、冷静になって色々な視点から考えてみましょう。

私たちは総合体育館を建てて何をしたいのでしょうか。
 「全国大会を開きたい」
 「勝山の各種競技を強化したい」
 「市民スポーツを活性化させたい」・・・etc
そして、果たしてそれらは総合体育館なしには実現しえないことなのでしょうか。


私は、議会人として自分のなした決議には責任を持つことを心に決めています。はたや記念館「ゆめおーれ勝山」についても、私は必要と考え、決議においては賛成にまわりました。賛成にまわった以上は、ゆめおーれの活性化に向けて努力しなければなりませんし、現に努力しているところです。

この総合体育館建設については、今の段階では賛成とも反対とも言いかねます。他市の状況なども調査していかねばなりません。例えば、大野市のエクサイトなどはどうでしょうか。建設費用の償還は?毎年の維持費用は?

これら調査結果は、その都度ブログやHPにて皆様にも報告していきます。

ほ、ほ、ほーたる来い

昨日の夜10時頃に、北郷町のとある場所で蛍の写真を撮ってきました。

とは言っても、写真を撮ったのは私ではありません。私はガイド。


いやあ、すごかったsign03

来週がピークだと思われるのでもう1回行くことにします。

地下鉄サリン戦記

51rd6ex5b5l__ss500_ 9・11といえば、誰しも「同時多発テロ」を思い浮かべることでしょう。ならば、3・20といえば?

 1995年3月20日。通勤ラッシュの東京にサリンが撒かれるという「同時多発テロ」が発生ました。事件当時、著者は旧陸軍近衛歩兵連隊の流れをくむ第32普通科連隊の連隊長でした。

本書は、3・20の長い長い1日の記録を著者の記録やかつての同僚・部下の証言でつづる、まさに「戦記」です。







 「都内に毒物が撒かれた」という連隊長への第一報は、当初、現場の隊員にも深刻に受け止められませんでした。「それは警察の仕事だろう」 ですが、事態は死者12人・重軽傷者5500人以上を数える未曾有のバイオテロの様相を呈してきます。
 どのような毒物が撒かれたのかも正確に把握できない現場。そこへ部下を送り込まねばならない指揮官の苦悩。地下鉄構内へと入る隊員の恐怖。「これはひょっとすると戦後初の治安出動になるのか?」という制度面での不安と混乱。

 「戦記」とは文字通り戦闘の記録です。そして、このサリンにまつわる騒動を当時の自衛官たちが「戦闘」と認識したのであれば、次に考えるのは当然に「第二波攻撃はあるのか、ないのか」ということでしょう。地下鉄サリンがオウムによる「奇襲」であるならば、次に来るのは本格的な侵攻です。
 もちろん、現在の我々は二の矢が飛んでこなかったことを知っています。しかし、あの日の騒然とした雰囲気ならば「毒物散布で都内に混乱をもたらした後に、本格的な攻撃が来る」と考えるのはむしろ当然でしょう。そして、この書では、オウムの本格的侵攻に備えた「幻の作戦計画」の存在が明らかにされています。
 サティアンのあった上九一色村と教団施設があった都内を主戦場と想定したこの計画は、第一師団総力による戦闘計画であって、自衛隊史上類を見ない治安出動といえます。

 既に地下鉄サリン事件は、単なる「事件」として風化の一途を辿っています。しかし、海外では単なる事件としてではなく「バイオテロ」としてとらえ、万が一自国に起きた場合の対応策整備に余念がありません。「当事者であった我が国では、あのテロ事件の教訓が活かされているのか」という著者の訴えは重く響きます。

クリーンアップ九頭竜川

九頭竜川をきれいにしよう、この川を日本一の清流にしようと(社)勝山青年会議所が主催となって行っているクリーンアップ九頭竜川も本年で5年目を迎えます。

7月3日に事前説明会を行うので参加いただきたいとの文書が、(社)勝山青年会議所から送られてきました。

ええ、もちろん参加いたしますとも。happy01

これは勝山だけでなくどこのJCも同じなのですが、会員減少に歯止めがかからず、今やメンバーは24人。クリーンアップ九頭竜川は、弁天会場・大阪特殊合金前会場・勝山南大橋会場・保田会場・小舟渡会場・坂東島会場の市内6会場を清掃箇所としています。これだけの会場を24人のメンバーで統率することは不可能に近く、ボランティアスタッフを招かねば運営はできません。

卒業したメンバーにも、どんどん声かけしていってボランティアスタッフとして使ってもらえればいいと思いますね。
(現役メンバーは嫌がるかもしれませんがcoldsweats01

2009年6月12日 (金)

腰痛持ち

元々、腰痛持ちなのですが、最近痛みが激しくなってきました。weep
原因はよ~くわかっています。体がゆがんでいるから。何しろ、歩いていても自分でわかるくらいに体が傾いています。

5月の終わり頃に、岐阜の多治見で開かれた環境自治体都市会議に参加したときなどは状態は最悪でした。この会議は、環境問題に取り組んでいる自治体が一同に会する全国会議です。勝山市も3年後の誘致を目指して精力的に活動中でして・・・ならば、まずはどのようなものかを見に行こうと出かけたのでした。

私が参加した分科会は「公共交通」がテーマ。環境問題を考える上で、車社会をどうするのかは重大な問題です。ところが、分科会が始まって、やったことは「ひたすら歩く」。テクテクと多治見の郊外を歩くこと2時間半。しかも雨がしとしとと降りそぼる中を。
 なぜ歩くのか。それは歩くことが究極のエコだからですって。bearing
まあ、それは冗談だったのでしょうが、なぜ歩かせられたのかは最後までよくわからないままでした。今思い返すと、あの2時間半の革靴ウォークが腰にクリティカルダメージを与えました。

こりゃ何とかしなければ・・・と、勝山出身で福井で開業されている先生のカイロプラクティクに行っています。初めて行ったときには、にこやかに「いや~、見事に曲がってますねえ」と言われました。coldsweats01

本日で3回目。ようやく背骨がまっすぐになってきました。


しかし、カイロプラクティックは保険がきかないのが最大の難点です。やっぱり整形外科のお医者さんの猛反対があるのかなぁ。

2009年6月11日 (木)

前回の続きです

前回の続きです。

 学校の机の規格についての問題を調査する過程で、ひとつ気になったのは「学校の事務簡素化」の問題でした。
 というのも、色々な先生方がまず口にするのが、この「事務簡素化」の問題だったからです。

 事務簡素化の問題は、単に事務量を減らすということを意味しているのではありません。書類の量を減らせば事務の簡素化が成ったというわけではないのです。
 例えば、学校を悩ませている問題に外部団体からの依頼事項があります。外部団体には、色々なモノがあります。青少年育成団体のようなものから、地域の団体や、県・国の団体まで様々ですが、これら諸団体が一斉に学校に殺到するのです。
 私自身、青年会議所のメンバーでしたのでよくわかるのですが、団体の人たちは「良いことをしている」という想いがあります。子供たちのために最善を尽くそうと努力し、また、実際に良い事業をしています。ですが、これら団体にとって青少年育成活動は年に1回きりの活動であったとしても、それら団体が20も30も学校に来た場合、果たして学校が処理できるのでしょうか。
 退職された先生たちや現職でも高齢の方々は、「いやあ、そんなこと昔から私たちはやってきたんだ」「だから、今の若い先生たちもできるはずだ」と仰るのですが、果たしてそうでしょうか。
 20年前、30年前で青少年育成活動団体などは数えるほどしかありませんでした。その当時ならば、学校は十分に対応できたはずです。しかし、市民活動・青少年育成活動が活性化してきた昨今、学校現場はこの対応に四苦八苦しています。
 皮肉なことに、エコミュージアムによる活動が活性化すればするほど学校現場は苦しい状況に追い込まれているのです。

 この状況を早急に改善しないと現場が過負担によりパンクしかねません。その想いが、6月定例会の一般質問になっています。
 

2009年6月 9日 (火)

ご無沙汰しています。

色々な人から「ブログ終わったんですか?」と聞かれるのですが、終わってはいません。
単純に怠けていただけです。本当にごめんなさい。coldsweats01


いろんな人がブログを書かれていますが、毎日更新している方の努力というか熱意というか・・・すごいと思います。正直。


というわけで、近況の報告から。


5月の最終日曜日に、谷の「ほうばめしの会」にお邪魔しました。


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これは谷地区で毎年行われている行事で、山で採れた山菜やほうばめしを皆で食して、和やかな時間を過ごそうというものです。谷地区から出られた方々も参加されて盛況でした。







「ほうばめし」をご存じのない方のために。


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これがほ「ほうばめし」です。ほうばの葉っぱにご飯を包み、きなこと砂糖で味付けがされています。


昔は、農作業や山作業の「こびり(こびる)」で食べられていました。「こびり(こびる)」とは、小腹がすいたときに食べるもの。



子供も連れて行ったのですが、正直、ほうばの匂いが子供には受け付けないかな?と思っていたのです。ところが、最初の一口こそ匂いが気になったようですが、ペロリと完食。riceball

お腹が膨れれば、ほうばを使って遊ぶのが子供。


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本人は仮面ライダーディケイドのつもりなのですが、周囲からは
「ほうばマン」
と呼ばれて不服そうでした。







6月に入ってからは、市に提出する提言書の作成追い込み。
別に提言書を作る必要はなにもないんです。議員なんだから一般質問すれば、それで足りるのですが、事業目的・効果や予算措置の面を考えると、提言書というスタイルになってしまうのです。

今回の提言書はについては、私の
HPにアップしてありますのでご覧ください

内容については提言書を読んでいただくとして、この提言書を作成するに至った経過について少々説明します。

元々、この提言書に書かれている内容は、2年前に総務文教委員会の行政視察で訪れた兵庫県小野市において行われているものです。その当時は、「ああ、いいことやってるなあ」と感心する以上のものはありませんでした。

さて、今年の2月くらいに、とある学校の先生から興味深いことを伺いました。それは、子供たちの机の大きさが学年によって違うということです。

最近の子供たちが使う教科書はA4版のものがほとんどです。ところが、教科書が大きくなるにもかかわらず、子供たちの使っている机は従来のままなのです。否、正確に言うならば、小学校4年生から中学校3年生までの新規格机は配備が終了しましたが、小学校1年生から3年までの新規格机が未配備だったのです。

これを聞いたときに驚きました。新規格机の配備はとっくに終わっていたものと考えていたからです。なにしろ、教科書がA4版になったとのは学習指導要領改訂の頃、つまり7年も前の話なのですから。

実際に、学校で子供たちの学習状況を見させてもらったのですが、旧規格机を見ると教科書とノートが同時に乗らないのですね。これはひどい。

そこで3月議会の新年度予算審議の際にも、この点を厳しく市に求めました。パソコンの普及などよりも机の配備が基本なのですから。

(以下、次回に続きます)