2009年12月31日 (木)

私撰・本年の政界迷言集

今年も色々なことがあった一年でした。そこで、年の最後に
「私撰!今年の政界迷言ベスト10」を。

【第10位】
「文化大革命が起こっています」
スーパーモーニングでの仙石行政刷新大臣のお言葉。ありがたいことです。日本でも文化大革命が進行中です。

【第9位】
「教育に政治的中立などあり得ない」
文部科学大臣輿石東のお言葉。まあ、日教組に政治的中立を求める方がどうかしています。

【第8位】
「麻生さんが言ったら即死ですよ」

安倍元総理大臣のお言葉。民主党が支持率をなぜか維持していることを受けて。確かに即死でしょうね。

【第7位】
「これで小沢王国が完成しました。次は小沢帝国を目指します」
民主党の畑浩治のお言葉。小沢一郎のお膝元岩手でのパーティーで。

【第6位】
「地球が誕生してから137億年、地球が誕生してから46億年」
鳩山首相のお言葉。稲田朋美議員の一般質問に対して外国人参政権付与の正当性を答弁。外国人への愛は、宇宙の愛。壮大な愛のテーマです。
これに関連して「国益も大切だが、地球益も重要だ」があります。

【第5位】
「トラストミー」
鳩山首相のお言葉。「トラストミー(私を信じて)」ではなく、「トラッシュミー(私を捨てて)」の間違いだろうと米高官が漏らしたとか。

【第4位】
「私は人民解放軍で言えば野戦軍の司令官として頑張っている」
小沢一郎のお言葉。人民を解放してどこへ向かわせようというのでしょうか。

【第3位】
「国というものが何だか分からない」
鳩山首相のお言葉。ここまで来るとファンタジーの世界です。

【第2位】
「2位じゃだめなんですか?」
蓮舫議員のお言葉。2位じゃダメなんですかということで、2位にもってきました。

そして、栄えある1位は・・・・

【第1位】
「民主党に政権交代すれば景気が良くなります」

良くなるといいですね。本当に・・・

2009年12月29日 (火)

自民党の負の遺産

このブログを読んでおられる方ならば、今更のことですが、私は自民党員です。ですので、自民党の支持者でもあります。


ならば、自民党の政策を諸手を挙げて賛成するのかといえば、必ずしもそうではありません。そんなマンセーな態度は逆に政党を腐らせるだけです。


自民党支持者である私は、当然に民主党の政策が気に入りません。でも、諸手を挙げて反対するのかと言えば、そうでもありません。良いものは良いものとして認めなければなりません。方向性の違いは当然にあるでしょう。でも良いものは良いのです。




さて、話は変わります。




マスコミは、未だに民主党の擁護に腐心しているようです。

アサヒテレビのコメンテーターがポロリと本音を漏らしてしまいました。
「私たちが一生懸命支持率下げないように頑張ってやっているんだから、もうちょっと鳩山首相も頑張って欲しいものです」


今も、マスコミは民主党の都合の悪いところは隠し通せると思っているようです。

ただ、もうここまで来ると隠蔽もうまくはいきません。



そこで、最近のマスコミは次のような論調へシフトしてきました。
「自民党政権時代の負の遺産がありますから」



なるほど、確かにそうかもしれません。しかし、負の遺産を抱えていることを承知でマニフェストの工程表を作ったのは民主党です。

「そんなことはできるはずがない」「非現実的だ」と主張した自民党に対して、民主党は言いました。
「できる!」「自民党が言っているのはネガティブキャンペーンだ」


しかし、自民党の予想通りに事態は進んでいます。




それもこれもひっくるめて「自民党の負の遺産だ」とマスコミは言いたいのでしょう。


ですが、自民党の負の遺産の最たるものは、そんなちっぽけなものではないと最近思うようになってきました。

自民党最大の負の遺産。

それは、小沢一郎と鳩山由紀夫だったのです。


2009年12月27日 (日)

なるほど

過日、TVを見ていた妻が爆笑しておりました。


どうやら某経済評論家の一言がツボに入ったようです。

彼曰く、
「年末は支払いも多くなり我が家の家計も苦しくなってきますので、
 『いつも心に蓮舫を』
これを合い言葉にがんばろうと思います」


いつも心に蓮舫を・・・

「何でそれが必要なんですか?」
「何で二番じゃだめなんですか?」
ああ、それを自問自答するのですね。



2009年12月25日 (金)

新日本国憲法 草案

【第1条】内閣総理大臣は、内閣の象徴であり、三党連立の象徴であって、この地位は、主権を有する小沢一郎の意に基づく。


【第2条】国会議員は、世襲のものであって、国会の議決した法に定めるところにより、これを継承する。


【第3条】内閣総理大臣の国事に関するすべての行為には、小沢一郎の助言と承認を必要とし、内閣総理大臣がその責任を負う。


【第4条】内閣総理大臣は、小沢一郎の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する知識を有しない。


【第5条】法の定めるところにより閣僚を置くときは、閣僚は、小沢一郎の指示でその国事に関する行為を行う。この場合には、前条の規定を準用する。


【第6条】内閣総理大臣は、小沢一郎の指名に基いて、日本郵政会社の社長を任命する。


【第7条】内閣総理大臣は、小沢一郎の助言と承認により、中韓国民のために、左の国事に関する行為を行う。
 1.米国を怒らせ、中韓に擦り寄ること
 2.外国人参政権を付与すること
 3.日本は日本人のものではないとの友愛思想を広めること








2009年12月17日 (木)

小沢一郎の暴走を見ていて真剣に考えていることがあります。



おそらくこのブログをご覧になる皆様のなかには、自民党支持者の方もいらっしゃることでしょう。民主党支持者の方もいらっしゃるでしょう。公明党支持者も共産党支持者もいらっしゃることでしょう。

これから私が申し上げることは、そういった「政党の支持」という枠組みを超えて考えていただきたいのです。





かつて小沢一朗は
「国会と内閣を押さえてしまえば、アメリカの大統領よりも強大な権限を持つ」と喝破したと記憶しています。もちろん、権力の絶対量及びその波及力において合衆国大統領を超えることはありませんが、日本で二権を掌握する者は権力の集中度において合衆国大統領を凌ぐのです。


 民主党は小泉政権下の自民・公明を「数によるファシズム」だと非難していましたが、自民党には歴史的に派閥の力学が存在しているだけまだましだったのかもしれません。民主内にはそれすら存在せず、小沢ひとりがいるだけです。まさに小沢一郎は合法的にこの国を掌握したといっても良いでしょう。



 議院内閣制度は全体主義に対する防波堤だとはよく言われるところです。しかしながら、この国の議院内閣制度は小沢一郎という「首領様」を「合法的」に作り出してしまった。私たちはこの点をもう少し重要視すべきなのかもしれません。



 私が問いたいのは「小沢一郎がやったこと」「小沢一郎がやろうとすること」ではありません(それはそれで大問題なのですが)。
「なぜ小沢一郎のような存在を生み出したのか」を私たち国民は考えねばならないということです。私たちは民主制度においてひとりのスーパースターを渇望することの危険性を語ってきたはずです。そのようなスーパースターは「君子豹変」すれば、ヒトラーになりかねない。だから、権力を分散し個人に権力を集中させないシステムを必要とするのだと。しかしながら、眼前に繰り広げられている光景は、私たちがあれほど危険視してきたものではありませんか。制度そのものがおかしいのか、それとも議会のあり方が間違っていたのか、選挙制度が誤っていたのか、国民の意識が問題なのか、マスコミなのか…それらを検証し、考えていかねばならないと思うのです。




こういったときに役立つのは歴史です。人間なんて時を重ねようともやることは大抵同じですから。

おおらく昭和初期の日本の歴史が私たちにとって、とても有益なものになうでしょう。政権交代を熱望する声、政党政治に対する失望、大政翼賛化していくマスコミ等々、昭和初期の状況と私たちを取り巻く環境とは驚くほどの相似をなしています。

ただ、残念なことに、私たちは戦前の歴史を「悪かった」の黒一色で塗りつぶしてしまいました。「歴史を100%美化するのか」「とにかく日本は悪かった」といった二者択一な歴史観で考えるのではなく、もう一度、私たちは戦前の日本が辿ってきた道程を振り返るときに来ています。

「このまま日本が進めば、再び戦争への道を進むと言うのか」
違います。私が申し上げたいのは、昭和初期の国内情勢と今の私たちが相似をなしているということです。

下手すると、当時の日本人よりも私たちの方が劣っているのかもしれません。私たちの先達たちは曲がりなりにも、「出遅れたアジアの三流国家」から苦心惨憺しながら一等国家へ歩を進めた実績と矜持がありました。

唯一、私たちが先達たちに勝っている点があるとするならば、「彼らが苦労し乗り越えようとした歴史」を私たちは知ることができる。その一点なのです。




皆さんも、もう一度歴史を振り返ってみてください。そして、小沢一郎のような存在が、自由主義そして民主制度にとってどれほど危険なものかを確認してください。






2009年11月14日 (土)

事業仕分けの功罪

目下のところ世間を騒がせている民主党の事業仕分け。この功罪について。


仕分け人の手元にはペーパーがあります。このペーパーの作成者は財務省主計局。つまり、今までの予算折衝が「財務省vs各省庁」との図式で行われていたものを、「仕分け人vs各省庁」という図式で行っているに過ぎません。

ただ何と言っても今回の事業仕分けの「功」の部分は、これを公開で行ったことでしょう。今まで闇に包まれていた予算折衝を公にしたことの意義は計り知れません。



しかし、報道を見ていた人々の胸中には
「こんな短期間でズバズバと切り捨てて良いものなの?」
との想いが去来したはず。


ひとつの事業が平均すると1時間程度で「廃止」「削減」「概算要求通り」と採決がくだされるのですから、極めて危険であることは間違いありません。


例えば、次世代スーパーコンピューターの研究開発費も大幅に事業費が削減され、これを聞いたときには正直目眩がしそうになりました。削減の理由は「別に世界一のスーパーコンピューターを目指さなくともいいじゃないか」というもの。

スーパーコンピューターというものは技術の要のような位置づけです。特に流体力学の研究にこれを欠くことはできず、流体力学は様々な分野に応用が可能です。ここでの遅れは基礎学問の発展の遅れに直結することでしょう。

さらに、仕分け人は若手研究者養成のための科学技術振興調整費(同125億円)と科学研究費補助金(同330億円)も削減しました。


技術立国日本の礎は、「人」です。ポスドクと呼ばれる若手研究者たちを手厚く保護することが急務なのであり、そこに金をかけないのならば人材流出にますます拍車をかけることでしょう。






これというのも、詰まるところ「まずは30兆円を浮かさなければならない」という民主党の党是があるからに他なりません。

事業仕分けの視点は「費用対効果」です。これは間違いありません。しかし、長期的視点に立たねば効果が見えてこない施策、効果が見えづらい事業というのも確実にあるのです。



事業仕分けについては、私も一般質問で「勝山市に導入してはどうか」と提案したことがあります。私の考える事業仕分けとは、
 ①国家の大目的を明らかにする。
 ②その大目的を達成させるための中長期的計画を明らかにする。
 ③その計画に沿った事業を立てる。
 ④従って、その事業が目的に合致しているかどうかを検証する(第1段階仕分け)
 ⑤事業の実施手法が正しいかどうかを検証する(第2段階仕分け)
 ⑥目的と実施手法が正しいことを確認した後に、予算が適正化否かと判断する(第3段階仕分け)
というプロセスを経ていくものです。



つまり、1時間程度でできるものではないのですね。事業仕分けは。


ましてや、国家の大目的すら明確ではなく、ただ単に「予算を浮かせなければならない」という目的ならば、やはりこれは「公開処刑」と呼ぶしかないのでしょう。













2009年11月13日 (金)

ネットカフェ難民はどこへ消えた?


前政権のときには、あれほど騒がれた「ネットカフェ難民」。


最近のマスコミ報道で、耳にすることは全くなくなりました。

慶賀の至りです。

景気が上向いて、ネットカフェから人々は安住の地へと戻ったのでしょう。




2009年10月20日 (火)

それは勘弁いただきたい。


平野官房長官が、子ども手当の財源について地方自治体の負担を求める可能性があることを明言しました。


いや、何て言うか・・・もうやめましょうよ。子ども手当。

「全額国費ということがマニフェストに書いてありますかね」とまで言われると、さすがに鼻白むより他にありません




YouTube: 子ども手当相違 長官「地方負担」原口相「国費」



藤井財政相は「子ども手当に文句を言う奴は、マクロ経済がわかっていない」との発言をしましたが、マクロ経済学的に言っても、投資効果を生むとは思えません。この子ども手当。

2009年10月13日 (火)

鳩山首相の優雅な一日

北朝鮮が威嚇行動のためかミサイルを5発発射しました。

日経より。

鳩山由紀夫首相は13日朝、北朝鮮が12日に朝鮮半島の東海岸で短距離ミサイル5発を発射したと韓国の聯合ニュースが伝えたことに関して「事実だとしたら大変遺憾なことだと思う。それ以上のことをコメントする状況にない」と述べた。東京・田園調布の私邸前で記者団に語った。

私が引っかかったのは、首相のコメントのなかの「事実だとしたら」という文言。何だか他人事のように聞こえます。ミサイル発射を報道陣の質問で初めて聞いたかのようなコメント。

ちょっと気になったので、12日の首相動静を。

午前10時現在、東京・田園調布の私邸。朝の来客なし。
午前中は来客なく、私邸で書類整理などして過ごす。(ここで2発、発射)
午後も来客なく、私邸で書類整理などして過ごす。(ここで3発、発射)
午後5時24分、私邸発。
午後5時59分、皇居着。幸夫人とともに、天皇、皇后両陛下と夕食。
午後8時35分、皇居発。同9時3分、私邸着。
13日午前0時現在、私邸。来客なし。(了)

穏やかな1日です。日本近海でミサイルぶっ放された国の首相とは思えません。

韓国、中国、アメリカが今回のミサイル発射については公式に非難の声明を出し、6カ国協議への影響を考慮したコメントをだしていました。翻るに、我が国は何の声明も出していません。

小さな政府であろうが大きな政府であろうが、自民であろうが民主であろうが、国家がまずやることは国防です。
せめてミサイル発射の情報が来たら(来てないのならば、もう国防にすらならない)、官邸に移動するくらいのことはしてもらいたいもの。

Photo_2


だから、こんなことを言われるんです。





私は民主党を支持するものではありませんが、首相にはやはり頑張って欲しいのです。

仮にも、我が国の宰相なのですから。














2009年10月 9日 (金)

我、過てり。

鳩山政権が誕生してから、そろそろ一月が経とうとしています。

そういえば、政権誕生以来、このブログで誉めたことがありません。それも片手落ちというもの。何か誉めるところがないものか?としばし沈思黙考してみたところ、ひとつだけ思い当たる節がありました。

なにしろ、鳩山政権が誕生してから社民党がまともに見える。

連立政権誕生当時、社民党なんかと連立くんだら品位を落とすばかりだろうに・・・と私は浅はかにも考えてました。

だって、そうじゃありませんか?

かつて、東京、はとバスの夜のコースで天下の成駒屋、中村歌右衛門に難癖つけた都議会議員がいました。曰く、売春行為(花魁)を助長するようなものは文化の名に値しない、それを国立劇場という国税を注ぎ込んだ場所でやるのは言語道断。この台所感覚で文化破壊を進めた大場暢子という都議会議員は、旧社会党でした。

拉致問題を解決する使命を帯びて北朝鮮に渡った村山訪朝団は、拉致問題や不審船問題を棚上げして帰ってきました。涙ながらに娘を帰して欲しいと横田めぐみさんの両親が頼んでいたにもかかわらず。あまつさえ、拉致事件を放置しておいて彼らがなしたことは、食糧支援だったのです。これも旧社会党の村山富市と、自民党きっての親朝鮮派、野中広務がしでかしたトンでもない不始末でした。

その社会党の直系末裔が、今の社民党です。

ならば、そんな輩を政権に入れてどうするのだ?と訝しく思う方が当たり前というもの。

ところが、あれだけどうしようもなかった社民党の方がまともな発言をする回数が多い。これは新鮮な驚きでした。

社民党の皆さん、非礼をお詫び致します。

2009年10月 4日 (日)

民主出でて、家庭滅ぶ

民主党が遂に、外国人参政権と並んで党是ともいえる「夫婦別姓法案」を提出する。

今回は、ちょっと変わったところから。



韓国の中央日報より

日本政府が、夫婦が異なる姓を使用する夫婦別姓制度を導入することにしたと読売新聞が27日に報道した。



日本政府は速ければ1月の通常国会で民法改正案を提出する計画だ。現行の民法は結婚すれば夫婦の姓を夫か妻のどちらかの姓に統一するよう定めている。



民主党と法務省がまとめている民法改正案は、▽結婚する際に夫婦が同姓にするか別姓にするかを決定でき▽結婚可能年齢を男女とも18歳(現行では女性は16歳)にそろえることが核心だ。



夫婦が別の姓を持つ場合の子どもの姓を決める方法については、民主党と法務省の立場が異なる。民主党は「出生時に選択できるようにする」としているが、法務省は「2人以上の子どもが生まれる場合には姓を統一する」とする方針だ。



日本の女性界では以前から「結婚する女性が男性の姓を使うのは女性のアイデンティティとキャリア維持などに障害となる」とし、女性が結婚前の姓を維持できるよう認めることを要求していた。しかし「日本伝統の家族制度が崩壊し、家族の連帯感を害し、子どもに混乱を与える」という反対世論に押されいつも失敗に終わっていた。しかし民主党は先月の総選挙で「選択的夫婦別姓制度の早期導入」を政策集に明記していた。



保守自民党政権に対抗してきた民主党は、1998年にもこうした内容の民法改正案を共産・社民党とともに国会に提出したが、自民党の反対で廃棄されていた。



その後民主党はほぼ毎年同じ改正案を提出してきたが、議席数不足で改正案可決には失敗した。2001年に内閣府が行った世論調査では、夫婦別姓制度に賛成する意見が42.1%で、反対の29.9%より多かった。



ここで皆さんは、オヤッと思われたのではないだろうか。



>民主党は先月の総選挙で「選択的夫婦別姓制度の早期導入」を政策集に明記していた。



選挙のときにマニフェストを読んだのだが、そんなものは無かった・・・という人は、民主党の目論見にはまってしまった人である。



ご存じの方はご存じだが、ご存じでない方は全く知らないというものが、この「政策集」。正式には「政策INDEX2009」であるが、
「民主党の裏マニフェスト」
との通り名を持つ。




民主党は先月の総選挙でマニフェストを出した。しかし、このマニフェストは表のマニフェスト。国民の理解を得られないようなものは何も書かれていない。口当たりの良い「高速道路無料化」「子育て支援金」「農家の所得補償」などが書かれているばかりで、真のマニフェストはこの裏マニフェストなのだ。




私のブログを読まれるような奇特な方ならば、既にご存じのことだろうが、ほとんどの有権者はこの裏マニフェストの存在を知らない。




そして、民主党の汚いところは、総選挙での大勝をもって「政策INDEXも承認された」とヌケヌケとほざくところである。




もちろん、この選択制夫婦別姓制度は堂々と政策INDEXにも盛り込まれている。
http://www.dpj.or.jp/policy/manifesto/seisaku2009/01.html#選択的夫婦別姓の早期実現




この問題についてはかねてより私は反対の立場を採ってきた。




なぜなら、「変える必要がないから」である。




はっきりと申し上げよう。

夫婦別姓とは、親子別姓である




なぜ国民の皆さんはこの問題に関して意識が低いのか、それを常々疑問に感じてきた。思うに、別姓推進論者の言う
「皆さんにご迷惑はおかけしません」
という武器があまりにも強力だからだろう。





「世の中には夫婦同姓のおかげで困っている人たちがいます」
「どうか夫婦別姓を認めていただきたい」
「何も変わりません。同姓にするか別姓にするかの選択肢が増えるだけです」
「同姓にしたい人は今までどおり同姓にしてください。別姓にしたい人だけ別姓にするのです」
「したがって、皆さんにご迷惑はおかけしません」




この論法は極めて危険なものだ。というよりも、身分制に関する社会制度のほとんどは、この論法で変えることができる。

「世の中には一夫一婦制度のおかげで困っている人たちがいます」
「どうか一夫多妻制を認めていただきたい」
「何も変わりません。したい人だけすれば良いだけのことで、皆さんにご迷惑はおかけしません」






「世の中には国籍のおかげで困っている人たちがいます」
「どうか重国籍を認めていただきたい」
「何も変わりません。したい人だけすれば良いだけのことで、皆さんにご迷惑はおかけしません」





この論法のミソは「何も変わりません」との点にある。世の中、別姓にしたくらいでは変わらないのだから認めてくれたって良いだろう?と言われると、何となくそんな気もする。






しかし、次のケースを考えていただきたい。





制限時速40キロの道路がある。この道路を通って通勤している人から、次のような主張があった。
「この道路の制限時速を60キロにして欲しい」



理由を聞けば、制限速度を緩和することで会社に一刻も早く到着できるとのこと。




「制限速度を60キロにしたからといって、『全ての人が60キロで走らねばならない』というわけではありません」
「従来時速40キロで走ってきた人は、今までどおり40キロで走ってもらえば良いのです」
「選択肢を増やすだけのことなのです」
「ですから、皆さんにご迷惑はおかけしません」






時速60キロに緩和した後に、時速40キロで走る人たちと時速60キロで走る人たちが混在することはいたづらな混乱のもとになる。「あなたには迷惑をかけませんから」という言葉だけを信じれば、あなたに直接影響はないはずだ。しかしながら、社会規制を変えることは否応なしにあなたを渦中に引き込む可能性を持つ。






「夫婦別姓は親子別姓である」とのテーゼを掲げる理由もここにある。





あなたは佐藤さんだと仮定しよう




あなたは「夫婦別姓は、したい人だけすれば良いのです」という別姓推進論者の言い分をもっともだと思った。そして、「俺に害が及ばないのならば、反対する理由もないからいいや」と傍観してきた。そして、別姓推進論者の言うとおりに法案は改正され、別姓が認められた。




別に別姓法案が通ったところで、あなたの周りの生活が激変することはなかった。「やれやれ、杞憂だったか」あなたは胸をなで下ろし、今まで通りの日常を過ごす。




ようやく子供も大学を卒業し定職についた。そして、息子が彼女を連れてきた。可愛い女の子だ。気だても良さそうだし、これならばうまくやっていけそうだとあなたは内心喜ぶ。





しかし、息子の妻となるこの女性は驚愕の一言をあなたに投げつけるのだ。

「私は結婚しても佐藤の姓は名乗りません」
「生まれてくる子供にも佐藤の姓は名乗らせません」




あなたは息子に問いかける。
「なんとか佐藤の姓を名乗らせるわけにはいかないのか」
「お前しか跡取りはいないんだ」
「内孫が佐藤の姓を名乗らないなんて、おかしいじゃないか」




しかし、息子は申し訳なさそうにあなたに答えた。
「父さん。結婚は二人でするものだろう?だったら、彼女の意思も尊重しなくちゃ」




そんな言葉で納得できないあなたは、執拗に食いさがる。
「しかし、お前自身は納得できるのか?お前は佐藤の姓を名乗っている。彼女は田中さんだ。生まれてくる子供が田中の姓を名乗るということは、父親になるお前と、お前自身の子供との姓が違うということだぞ?」




息子はあきらめたように言った。
「仕方ないよ、父さん。世の中がそうなっちゃたんだから」
「僕だって彼女と姓が違うのはイヤだ。でも、彼女が姓を変えないことを結婚の条件にする以上、仕方ないじゃないか」




しばらく問答が続いた後に、あなたの息子は言い放った。
「むしろ、僕は父さんに腹が立つ」




いきなり怒られたあなたは、その理由を尋ねた。「父さんが悪いというのか?」
「だってそうだろう?父さんたちの世代がしっかりしていれば、こんなことにはならなかったんだよ」
「別姓法案なんて通すからこんなことが起きるんだ」
「なぜ、あのときに反対してくれなかったんだ!」




いくら悔やんでも後の祭りだ。仕方がない。この少子高齢化社会で嫁の来てがあるだけでも感謝しなければならない・・・と、あなたは我慢することにした。


数年後、あなたの娘が結婚したいと相談してきた。聞けば、鈴木という相手の男性は職業的にも立派だし性格も温厚である。これは反対することもない。





そのとき、あなたの脳裏に嫌な記憶が甦ってきた。「まさか、俺の娘まで別姓を名乗るなんて言うんじゃないだろうな」





あなたが心配するのはもっともなことだ。嫁いだ先で「私は旧姓を名乗ります」なんて宣言したら、嫁ぎ先の義父・義母がどう思うだろうか。そんな一時の感情にまかせて、無理を通せば嫁ぎ先で辛い思いをするのは娘の方なのだ。




恐る恐る尋ねたあなたに対して娘はケラケラ笑いながら答えた。
「別姓なんてバカみたいなことしないわよ。結婚するんだから同姓になるのが当たり前でしょ?鈴木の姓を名乗るわよ」





良かった。娘は毒されてなかったかと安堵したあなたは、結婚の話が進むのを目を細めて見守っていた。






ところが、数ヶ月後のことである。娘が目を腫らしながら帰宅した。興奮状態で手がつけられない。一体何事かと尋ねたあなたに娘は語った。
「彼のお義母さんが、私に言うの」
「あなたは結婚しても旧姓を名乗ってくださいって」
「しかも、生まれた子供には鈴木の姓を名乗らせるって」






あなたは血が逆流する思いがした。これでは、娘を嫁ぎ先の家族として認めないも同然ではないか。しかも、生まれた子供と母親の姓が違うなどとは、考えられない。これでは娘があまりにも不憫というモノだ。






「そんな男と結婚することはない。今すぐ別れろ!」
と怒り狂うあなたに娘は言う。





「だって、私は彼のことが好きなの。結婚したいの」
「でも、同じ姓にすらなれないなんて、ひどすぎる」





あなたはやり場のない怒りにかられるだろう。制度として法が認める以上、おかしなことは何もないのだ。








「あなたにはご迷惑をおかけしません」
という別姓推進論者のいう、「迷惑のない社会」とはこんな社会のことだ。












2009年9月29日 (火)

この国の形が崩れ始める

ああ、民主党になったら来るだろうなと予想はしていたが・・・


読売新聞より。


公明党の山口代表は26日、静岡市内で記者団に、永住外国人に地方選挙権を付与する法案を10月中下旬にも開かれる臨時国会に提出する方針を明らかにした。

公明党は1998年以降、与党時代も含めて、たびたび同法案を提出してきた。しかし、連立を組んでいた自民党内に慎重論が強く、2005年の衆院選後に提出した法案を含め、すべて廃案になっている。

同法案を巡っては、民主党の小沢幹事長が19日、李相得(イサンドゥク)・韓日議員連盟会長に、次期通常国会への提出に前向きな姿勢を明らかにした。同法案成立に向けて「共闘」が成立すれば、公明党が野党に転落して以降、初めて民主党と連携する機会となる。

ただ、民主党内でも、慎重派と積極派が対立しており、意見の集約は図られていない。山口代表は連携について、「民主党がどういう政策決定をするかは定かでない。否定的な意見もあるようなので、よく見定めて検討していきたい」と述べるにとどめた。



公明党は昔から外国人参政権を猛烈に推し進めてきた。今までは自民党がそれにブレーキをかけていただけのこと。民主党政権になれば何ら障害はなくなった。



この「外国人参政権」については人により意見が分かれるところだろうが、私が問題にしているのは、マニフェストに書かないことをなぜ堂々と行うのかという点だ。「全ての政策をマニフェストに書くわけではない」という説明は詭弁でしかない。確かに細かな政策を一つひとつマニフェストに盛り込んでいくことはできない。



だからこそ政権姿勢の骨子をマニフェストに描くのではないのか。「外国人参政権」などはこの国のあり方そのものを変えかねない重大政策である。それを後出しで行おうとは卑怯千万である。

「外国人参政権」などという国家の基本を揺るがしかねない重大問題をなぜマニフェストに書かなかったのか。理由は明白だ。
「国民が反対するから」

聞けば民主党は通常国会に夫婦別姓法案も提出しようとしているらしい。これも「国民が反対するから」とマニフェストに盛り込むのを見送った政策だ。



民主党は圧倒的な議席数で政権を奪取した。しかし、国民は白紙委任状を渡したのではない。

どうしても外国人に参政権を認めたいのであれば、それを争点としてもう一度総選挙を行うべきだ。それ程、この問題は国家の根本に関わる。

そして、マスコミよ。


あれだけ麻生政権の支持率調査に熱心だったマスコミ各社が、外国人参政権についてのアンケート調査を実施しないのはなぜだ?


私の知る限り、産経新聞のみがアンケート調査を行ったが、その結果は驚くべきものだった。実に回答者の95%は外国人参政権付与に「反対」だったのだ。

(1)永住外国人への地方参政権付与を容認すべきか。
    Yes   5%
    No   95%

(2)むしろ帰化の要件を緩和すべきか。
    Yes  11%
    No   89%

(3)容認すれば国益が損なわれると思うか。
    Yes  94%
    No    6%

思うに、産経以外のマスコミ各社はこの結果を見てたじろいだに違いない。民主党政権のために働くのがマスコミの使命である。民主党の党是である外国人参政権付与に反対するようなアンケート調査は行えないのだろう。


所詮は、日本のマスコミなんてこんなものだ。






民主党は「脱・官僚政治」を標榜している。明治の御代より平成に至るまで、「政」と「官」は統治構造のイニシアティブを争い続け、そして「政」は常に「官」に敗れ続けた。


初代首相・伊藤博文以来、敗戦まで42代29人の首相が誕生したが、その中で衆議院議員として宰相の印綬を帯びたのは僅かに3人。


原敬、浜口雄幸、そして犬養毅である。


この3人には奇妙な共通点がある。3人が3人ともテロにより倒れている。そして、意外なことに現職当時はこの3人は「金満政治家」「腐敗政治家」との汚名をかぶせられていたのだ。実態はそうではなかったにも関わらず、新聞各社はこの首相たちを徹底的に糾弾した。



日本のマスコミは、昔も今もやっていることは同じだ。


儲かりさえすれば国も売る。

金になりさえすれば、報道のプライドも捨てる。


それが日本のマスコミだ。

2009年9月20日 (日)

自民党総裁選挙に思う

私は自民党党員です。そんな私の手元に、党員向けの総裁選挙投票用紙が届きました。

しかし、誰に投票せよと言うのでしょうか。

河野太郎?
外遊したときに中途で給油のために立ち寄った台湾で一歩も飛行機から降りずに、「いやぁ、私は台湾には一歩も足を下ろしませんでしたよ」と中国に御注進したオヤジ(河野洋平)に似て、この国をどこに売り飛ばすかわからない輩。そんな奴に自民党を任せるわけにはいきません。

谷垣禎一?
加藤の乱のときに、涙流して加藤センセイを止めてた印象しかありません。この人は良くも悪くも宏池会の人。こういう時代にはあいません。

西村康稔?
・・・・誰ですか?この人。

鳩山内閣の支持率は7割を超えているそうです。しかし、そんなものはご祝儀相場。本当に民主党がこの国を立て直すと考えている人は、ごくわずかでしょう。

なぜ自民党が敗れたのか。その理由を自民党所属の国会議員たちは総決算したのでしょうか。まずは、そこから始めていただきたい。

「まずは、自民党が敗れた理由を徹底的に分析する。そうして、この日本がどうあるべきかを考えよう。その施策が固まったならば、私は引退しても構わない」
それくらいのことをいう人物が、今求められているのです。

地方を見てご覧なさい。

でたらめな農政のおかげで、地方の農業、林業はズタズタにされました。

商業をご覧なさい。大規模商業店の隆盛によって地域の商店街はなくなり、お年寄りは買い物するためにバスに乗ってでかけなくてはならない状況です。

工業はどうですか?日本の技術を下支えしてきた町工場は閉鎖を余儀なくされ、ものづくりの伝統は失われていくばかりです。

農林水産業、商業、工業といった人々の生活基盤を切り崩していった自民党に対して、国民はまだ信じていたのです。
あの高度経済成長を寄り添って生きてきた自由民主党を。自民党が掲げる「あの夢をもう一度」という文句を。

しかし、小泉内閣以降の路線や党内の内紛を見ていた国民は、遂に自民党に愛想を尽かしました。

ただし、愛想を尽かしたのは自民党の掲げる「あの夢をもう一度」という言葉にです。自民党はそこを見誤ってはいけません。

規制緩和なんて言葉に騙されてはいけません。「規制がなければいい」などという言葉は、何もわかっていない人間の吐くものです。規制?いいじゃありませんか。規制は、誤った方向を立て直すために絶対に必要なものです。地方を再生し、人々の生活を立て直すためには、どんどん規制してもらえば良いのです。

高福祉高負担の国を目指すのか。
地方の産業をどのように維持・再建させるのか。
 農業は?林業は?地域雇用を確保するための手段は?
少子化に対応するための方策は?

こういった政策を地道に固めていって、「こんな日本をつくります」との理想を掲げたとき、自民党は再び熱狂をもって与党に返り咲くことでしょう。

そうなることを願ってやみません。
なぜなら、それは単に自民党の再生のみならず、日本の再生を意味することになるのですから。

2009年9月12日 (土)

いよいよ、この人に。

先だって、玉木書店にて1冊の書を購入しました。
「越前勝山の俳諧宗匠
   
比良野帰雲坊
   -六十有余年の俳諧人生を辿る-」


郷土史研究家の増田公輔先生の力作です。




さて、こうやって郷土の偉人を後世に伝えていこうという素晴らしい取り組みを拝見すると、どうしても私はある人物の復権を願わずにはいられません。

その人物の名は、
平泉澄



皇国史観の親玉というレッテルを貼られ、戦後にはその存在を語ることすらタブー視された平泉博士。色眼鏡を外して見れば、博士の言っていることは格別おかしなことではないのですが。

勝山市民すらその存在を忘れ去ろうとしている今や、博士の偉業は本家本元の平泉家が掌中の玉のようにひっそりと守り続けています。




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博士の啓蒙書である『物語日本史』。

この書も、静かに、しかし着実に版を重ねてきました。

「そんな書は右翼・皇国史観の書だ」と、切り捨ててしまうのは簡単です。

ですが、博士の著作すら眼を通さずに勝山市民がそれでいくというのは、何となく哀しい気がします。




ちなみに、私は共産主義が大嫌いですが、それでもマルエン全集(マルクス・エンゲルス全集)には眼を通します。
(通すだけです。あんな難しいモノ読破できません。何度も挑んではその都度跳ね返されてきました)


レッテルを貼って遠ざけてしまえば簡単です。ですが、もう一度、郷土の偉人を再評価してみてはいかがでしょうか。




2009年9月 6日 (日)

いよいよ始まりましたよ。

タイム誌が鳩山幸さんをどのように報道したかについて語る前に、「いよいよ始まった」という記事をひとつ。



産経新聞より。




北朝鮮が日本の朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)に対して、日本の対北政策を軟化させるために民主党への働きかけを始めるよう“攻略指令”を出していたことが5日、分かった。日朝関係筋が明らかにした。指令は、民主党政権誕生を前提として、衆院解散前の段階で出された。総連では、日朝政治対話の開始も視野に入れて、民主党研究を始めたもようだ。

 関係筋によると、北朝鮮の朝鮮労働党で日本の朝鮮総連を担当する「225」と呼ばれる対外連絡部から総連中央本部に「民主党攻略」についての指示があったのは7月上旬。政権交代に備えて「民主党の支援組織の労組に影響力を使え」としたうえで、2006年のミサイル発射で日本政府が発動した日朝間を往来する貨客船「万景峰(マンギョンボン)92」入港禁止措置について「本国への往来を希望する在日朝鮮人の人権問題として禁止措置解除を働きかけろ」との内容だったという。「指令」は総連の全国の地方支部にも伝達、徹底された。

 最近の自民党政権は対北強硬路線をとっていただけに、民主党政権誕生は、北朝鮮にとって好機だ。

 北朝鮮は、旧社会党や旧総評系労組と良好な関係を築いてきた。民主党支持で旧総評系の自治労には北朝鮮と交流を進めてきた地方議連メンバーがおり、日教組にも日本の代表的な親朝団体「主体思想研究会」会員としての訪朝経験者がいる。このため、「日朝ルートを作りやすい」との認識があるようだ。

 北朝鮮が「民主党に期待」するもうひとつの理由は同党の対北政策のブレだ。鳩山由紀夫代表は拉致被害者の家族会に対して「北朝鮮には圧力が必要だ。拉致問題は私が体をはって解決したい」と語っていた一方で、先月17日の党首討論会で、対北政策について、「対話と協調によって、世界のさまざまな脅威に対して答えを出す」とも述べている。同党には「6カ国協議で日本が拉致問題に固執しすぎるのはいかがなものか」と発言した幹部もおり、党の対北政策は不透明。北朝鮮は付け込むすきがあると判断しているようだ。





ああ、何と言うべきか・・・・・最近、幕末の志士たちの気持ちがわかるような気がします。
「このままでは、日本は諸外国勢力に食われてしまう」

2009年9月 2日 (水)

民主党政権の閣僚を個人的に予想

民主党が連立政権を取るとして、さて、その閣僚はどのようになるのでしょうか。


なんとなく、個人的に予想してみました。

日本沈没の閣僚メンバーを。




首相はもちろん鳩山由紀夫。

最近ではニューヨークタイムズに寄稿した論文が物議を醸し出しています。そりゃそうでしょうよ。「アメリカとの付き合いは控えさせてもらい、これからは中国と友愛するんだ」なんて書いちゃねえ。昨年の秋にウォールストリート・ジャーナルに寄稿した麻生太郎の論文と比べてもレベルが低すぎる。

第一、日本をミドルパワーのアジア諸国と同列に扱っている時点で見識を疑いますね。麻生太郎が日本の国力を誇示してまで中国・フランスを押さえてIMFを救ったのが懐かしく思われます。






【総務大臣】 原口一博
これは鉄板でしょうね。なにしろ、TV各局に対して「電波権の料金を下げる」と宣言したのですから、これを実行しなければマスコミに叩かれます。




【外務大臣】 田中真紀子
これも鉄板かも。議員辞職・自民党を離党してしまった後の田中真紀子はメディア露出もほとんどありませんでした。本人も悔しかったはず。
「なぜ、私をもっとTVに出さないのよ!!」
ここは鳩山由紀夫に直訴ですよ。
「私のクビを切ると支持率落ちるわよ!」


 なにしろ同時多発テロの時にアメリカの機密事項である国務省職員の避難先を暴露してみたり、指輪をなくしたとの理由でイラン外相との会談をすっぽかしてみたり、挙げ句に金正男をみすみす日本から逃した人物です。何かしらやってくれることでしょう。






【法務大臣】 亀井静香
何やら地検が動き始めたらしいので、鳩山由紀夫が兼務し指揮権発動といきたいところでしょうが、ここは死刑廃止を強行に主張していた亀井閣下。死刑廃止を実現化し、世界に誇れる人権国家に致しましょう。
人権!人権!守るぞ人権!救うぞ人権!犯罪者の人権も!外国人の人権も!!





【国土交通大臣】 田中康夫
ダム建設中止?いえいえ、そんな生ぬるいことは申しません。いらない公共工事はバッサバッサと切り捨てていきます。そのせいで土木会社がいくら潰れようが雇用がなくなろうが関係ありません。不必要な公共工事はこの国には一切いらないのですから。雇用などは二の次。必要なのは「無駄な公共工事はいらない」という原理原則なのです。

ちなみに、このポストの有力候補として、国会議員随一の「てっちゃん(鉄道マニア)」前原誠司も挙げられるのですが、前原をこんなポストにつけたのでは高速道路無料化が実現しません。下手すると、「鉄道無料化」を言いかねないので却下。







【文部科学大臣】 輿石東
「教育に中立などありえない」と断言した人物ですので、さぞかし立派な教育をしてくれることでしょう。戦後の教育を支え続けてきた日教組も、これでようやく日の目を見ることができるというものです。よかったね、日教組。これまで叩かれ続けたけれど、君たちの天下がやってきましたよ。

 
 「韓国慰安婦土下座修学旅行法案」・・・・・魅力的ですよね。全ての高校生に韓国へ土下座行脚をさせる。一部の私立高校では既に実施済みですけど、こんな素晴らしいことは広く全国に広めないとね。もちろん、ツアーコンダクターは岡崎トミ子参議院議員にしてもらうのでしょう。


 「図書館図書選定健全化法案」というのもいかがでしょうか。学校図書館や県・市・町立図書館の中におかれている図書で、健全でないものはどんどん捨てていきましょう。国民の目に触れる図書は、女性に対して優しくなければなりません。フェミニズムに反するような図書は焚書して当然です。すでに千葉の図書館では実施済み。これを全国にあまねく広めましょう。


 「国歌・国旗廃止法案」なんてのもいいかも。そうすれば、卒業式で国歌斉唱なんてなくなるのですから、立つ・立たないという問題自体が発生しません。なんてすばらしい。


 あ、でも・・・・国旗がないと国際行事で困りますよね。そんなときは、民主党の党旗を半分に切り裂けば事足りるのか。便利ですよね。民主党って。







【防衛大臣】 福島瑞穂
 空母からB52が飛び立つという、ある意味軍事技術の先端を更に凌駕する防衛技術観の持ち主です。鳩山首相のいう「友愛」を最も体現してくれる大臣といえるでしょう。
 それと小沢一郎には苦言を呈しておいてください。「アメリカ第7艦隊さえいればいい」なんて無礼な発言は中国様に失礼です。「中国東海艦隊さえいればいい」と日本の政治家は言わねばなりません。





【厚生労働大臣】 長妻昭
何しろ「消えた年金」を告発した人物ですから、この問題にケリがつくまでは必死でやってくれるはず。
 消えた年金などは、そもそも社会保険庁にコンピューターを導入していれば起きなかった問題です。そして、このコンピューター導入に頑強に抵抗していたのが自治労であり、その自治労が民主党の支持母体であることなど、どうでも良い問題です。そんな些末なことで民主党を責めるなどは、民主主義に対する冒涜なのです。
 
 ああ、それと社会保険庁は解体してはいけませんよ。民間の雇用がどうなろうと構いませんが、お役人の雇用だけは確保しておかねば。





【金融担当大臣】 宮内義彦
やはり、ここは民間からの登用。しかもリース会社最大手のオリックス会長ならば文句なしです。移民の受け入れにも前向きな人ですから、日本の企業を守るために安い労働者を大量に輸入してくれることでしょう。

国内企業が生き延びればそれでいいではありませんか。雇用?ばかなこと言ってはいけません。会社は株主のものであって従業員のものではないんです。






【農林水産大臣】 岡田克也
これでアメリカとのFTA(自由貿易協定)もサクサクと進むことでしょう。アメリカから格安のカリフォルニア米が輸入されてきたら、日本の農家がどうなるって?そんなことは小さな問題です。重要なのは、全国のスーパーで安くて美味い米が入りさえすればよいのですから。

心配しなくとも、農家は所得補償してあげます。旧ソビエト連邦のコルホーズで実験済みなのだから心配することはありません。


スーパーも儲かる。消費者は喜ぶ。農家は所得補償がある。全てが丸く収まる。
だから民主党にまかせなさい!と選挙中に言ったではありませんか。




・・・・・ということなので


【消費者担当大臣】 岡田克也
という兼務になります。

クレームを言ってくるような無知蒙昧な国民には一喝してください。
「友愛するぞ!」






【少子化担当大臣】 蓮舫
蓮舫?そう言えばそんなヤツもいたなあ・・・・今回の衆議院選挙で最も得したのは、この人なのでしょうね。この選挙がなければ、すっかり存在を忘れてましたよ。






ああ、見たいような見たくないような。




2009年9月 1日 (火)

衆議院選挙を振り返って

日曜日に衆議院選挙があり、自民党の大敗という結果で幕を降ろしました。



そこで、今回の衆議院選挙を振り返ってみて思うことなどを。





一連の流れの中で、底の浅さを露見してしまったのが東国原宮崎県知事。よせばいいのに、日曜日の選挙特番にもコメンテーターとして出演し、細田幹事長に情け容赦ない質問をしていました。


 「自民党の総裁にしてもらえるならば、行きましょう」
 「僕が行った党は負けません」
最初はジョークかと思っていましたが、本人は真剣だったんですね。


これを見ていたときに、これからの日本のトリックスターのあり方が本当にわからなくなりました。



トリックスター・・・・物語を引っかき回す存在として描かれるこのトリックスターの代表例は、シェークスピア『真夏の夜の夢』に出てくる妖精パックでしょう。日本書紀に出てくるスサノオなどもこれにあたります。


このトリックスター、異端ではないんですね。異端ではトリックスターにはなりえない。正統の中にいて物語をかき回す。異端とは、木枯らし紋次郎(アウトロー)なのであって、トリックスターはうっかり八兵衛なのです。


ところで、木枯らし紋次郎は単品でストーリーを描けますが、うっかり八兵衛主演のドラマは考えられません(そんなうっかりものだらけのドラマは、サザエさんでとどめを刺しています)。


この違いはどこにあるのか。それは「トリックスターは権威がなければ存在し得ない」という性質に由来します。






かつて西欧の宮廷には「道化(ザ・フール)」と呼ばれた役柄の人々がいました。これは、笑いをもって複雑な宮廷内の人間関係の潤滑油とする人たちですが、時には王様を笑い飛ばしたり、時には家臣をいじってみたり、その中で家臣が王様に言えないようなことをチクリと風刺したりもするのです。


私は最初、東国原知事が「道化」を演じているのだと思いました。それはそれとして立派な芸ですから。かき混ぜるだけかき混ぜておいて、橋下知事当たりと共闘して地方の優位性を釘指すのかな?・・・・と。


ところが、「自民党の総裁にしてくれるのならば」という発言をまじめに言っているあたりで、「これは本人も真剣なのか?」
おいおい、それじゃ「道化」が「オレを王様にしろ」と言うようなものじゃないかと、興ざめしたのでした。




東国原知事は師匠であるビートたけしを見習うべきだった。彼は、まさしく正統的なトリックスターですから。

ビートたけしはその芸と力量で、多くの芸能人を救ってきました。それはあたかも王様に向かって「まあまあ、この人も頑張ってるんだから」と失敗した家臣に助け船を出すように。

今でも覚えているのは、クイズ番組に出演した飯星景子をいじって、「一番成績の良かったチームには、飯星さんから壺と数珠がもらえます」と笑いをとったシーンです。会場中を笑わせることで、結果として飯星景子を救った芸。あれがトリックスターの芸なんだと感心したものでした。そうやって、失踪した若人あきらも救い、景山民夫も救ってきたビートたけしが、今度は小室哲哉をどうやって救い上げるのかを実は期待していたりもします。



そのビートたけしですら、今回の東国原知事を救うことはできなかった。「謝れ、とにかく謝れと説教したよ」としか言えなかったくらい、知事は失敗してしまった。

そりゃそうでしょう。道化が2人いて、後輩格の道化が「オレを王様にしろ」と言い始めたらどうなるのか。先輩格の道化は「すみません。二度とこんなこと言わせませんから」と謝るより他にない。前述したように、トリックスターは権威がなければ存在しえません。その権威を根こそぎ自分で逆転させようなんて、ウロボロスですよ。







Photo
ウロボロス。古代の怪獣であり、「∞」の元になるものです。


これ、ずーっと食べていくと最後にはどうなると思います?


消えてなくなって「無」になるのかと思うと、そうでもありません。位相幾何学(トポロジー)的に考えていくと、表裏がひっくり返って、今度はしっぽが頭を食べるようになるのです。



表が裏になり、正が邪になり、権力が反権力になる。



トリックスターが、己の依って立つところを見失うと、こんな現象が起きるのです。
まさに「トリックスターの悲劇(byバゲルス)」




しかし、我が国最大の「トリックスターの悲劇」は、マスコミそのものです。


そのあたりは、次回に譲りましょう。

2009年8月24日 (月)

マスコミが絶対に取り上げない麻生内閣の実績 ~その6:日本外交の勝利~

昨年秋に起きた世界同時不況。これに対応して、麻生政権は様々な失業対策や景気後退に歯止めをかける施策を打ってきました。



もっとも、これらの施策を実現するための補正予算案を徹底的に邪魔したのが民主党です。


私たち勝山市議会でもやきもきしながらこの様を見ていました。私たち地方の立場としては、一刻も早く国会で補正予算を通して欲しい。一分・一秒を争う場であったのに、民主党はそれを政争の道具にしてしまった・・・・「民主党はこの国の経済を潰すつもりなのか」と歯がゆい想いで待っていた記憶があります。


(もちろん、そんなことはマスコミは報道しません。民主党に都合の悪いことは流さないのがマスコミですから)






さて、対外的に麻生政権は世界同時不況の沈静化に活動していました。それがG20金融サミットです。


ほとんどのマスコミは取り上げることの無かったG20金融サミットでの日本の活躍。これに私が関心を持ったのは、「麻生太郎がウォールストリートジャーナルでアメリカに喧嘩をふっかけた」という情報が耳に入ったことから始まりました。


読んでみると、これは喧嘩をふっかけたというよりも、G20においてアメリカが果たすべき役割を求めた内容でした。日本がリードする形で中国やEUを押さえ込んだ結果は、正直驚きました。

ちなみに、そのころマスコミは何を報道していたのかというと・・・
「麻生首相は漢字を読めない!」



G20金融サミットでの日本の果たした役割について説明しようかと思いましたが、素晴らしい出来の動画を見つけたので、そちらをご覧ください。私が説明するよりも、よほどわかりやすいと思います。



危機をチャンスにかえろ ~G20サミットの舞台裏~











2009年8月22日 (土)

マスコミが絶対に取り上げない麻生内閣の実績 ~その3:麻生外交の挑戦~

絶対にマスコミが取り上げることのない麻生政権の実績をもう少し。






話は麻生太郎が外相に就任していた2005年に遡ります。



Photo 1948年のイスラエル建国に伴う第1次中東戦争以来、パレスチナは文字通り血で血を洗う光景を繰り広げてきました。


母を失った子供たち、孫を失った祖父母たち。果てることのない憎しみの連鎖は、貧困と絶望の中で人々を蝕んでいきました。








そんな中東に平和と繁栄の回廊を築こう。それが麻生外相の挑戦だったのです。



日本は、まずイスラエルと直接交渉を行います。2年に亘る利害関係の調整の後に、2007年3月14日、日本・イスラエル・パレスチナ・ヨルダンの4カ国による閣僚級会談を実現させました。


麻生太郎は、あのべらんめえ調で各国に呼びかけました。

「パレスチナさんよ。義捐金だけじゃ、いつまでも持ちこたえることはできないだろう」
「どうだね。イスラエルに倣って、まずは農業国家として経済的自立を果たしてみる気はないかね」
「そのノウハウは日本が提供する。ただ、ひとつだけ約束して欲しい」
「日本人並みに働くことだ。どうだい、できるかい?」


パレスチナ
「はい。信じてください」




「イスラエルさんよ。そういうわけだ」
「ひとつ、あなたに約束してもらいたいことがある。今後、この地域に政治的・軍事的介入は一切行わないと」

イスラエル
「ああ、約束しよう」



「ところで、ヨルダンさんよ。飛行場までの道路整備をわれわれにやらせてもらえないだろうか」
「後で君たちが自由に使ってもらえればいい。その代わり、農産物の輸出販路として使わせて欲しい」

ヨルダン
「問題ない」




イスラエル大統領シモン・ペレスはこう述懐しています。
「不思議なものだ。私たちはこれまで3カ国で何百回と和平交渉のテーブルについてきたのに、金儲けのために席についたのは、これが初めてだ」




そのコメントを聞いた麻生太郎は、「ユダヤ人が金儲け以外でなぜ交渉なんてするんだね?」 
そう言うとケラケラと笑ったそうです。



驚いたのはアメリカでした。「驚愕に値する。実現すれば奇蹟だ」


「イスラエル外相がパレスチナを訪れた歴史的瞬間だ」と地元メディアは涌いたそうです。




麻生太郎は2008年9月25日の国連総会において、こうスピーチをしています。
「日本ならばこそできる外交というものがあることを、私は疑ったことがありません」







しかし、麻生太郎の努力も、時代の流れを止めることはできませんでした。

総理就任後昨年の12月26日。イスラエルによるパレスチナ空爆が開始されます。



すぐさま麻生首相はイスラエルのオルメルト首相に電話をかけます。

麻生「空爆の即時中止を要請する」
オルメルト「和平交渉は継続していく意向だ」
麻生「日本はこれからガザ地区への人道的支援を行うが、イスラエルの協力が必要だ。約束できるか?」
オルメルト「約束しよう」




年が明けた1月3日。麻生首相はパレスチナ自治政府のアッバース議長に電話をします。

麻生「早期停戦を求める」
議長「そのつもりです」
麻生「今から1000万ドルをそちらに送ります。人道目的の活動費用に充てて欲しい」
議長「日本の皆さんに心より感謝します」
麻生「近いうちに一度、日本へ来なさい」
議長「はい。予定を調整させましょう」


そして、1月18日に双方が停戦を合意します。


今年2月12日から1週間にわたって「中東外交官等招聘プログラム」を我が国が実施しました。これは、イスラエル・ヨルダン・パレスチナ・モロッコから若手外交官を日本へ招き、平和について語り合うというものです。


この事業により招かれた若手外交官は60名を超え、母国へ戻った現在も密接に連絡を取り合っているそうです。次代の外交を担う彼らは、必ずや「平和と繁栄の回廊」構想の実現に尽力してくれることでしょう。








2009年8月21日 (金)

人知れず日本の国旗を守ってくれたイラク人、そして守れぬ民主党・マスコミ

今月8日に開かれた民主党決起集会において、国旗が切り刻まれるという事件が起きました。



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民主党の党旗を作るために、2枚の国旗を切り刻んで貼り合わせるという蛮行です。

その席にいた小沢一郎は何も言わなかったのでしょうか。





怒りを覚えるというよりは、何だか哀しい想いがします。

国家に対する敬意や愛着がないものが政権を担当して欲しくない。つくづくそう思います。

勝山市議会議員の選挙に出馬しようとしている者が、決起集会で市旗を土足で踏みつけたならば、勝山市民はどう思うでしょうか。「私は勝山市を愛しています」「私は市民のために働きます」と口では叫びながら、市旗を踏みにじる光景を見てその候補者に信をおけるでしょうか。





さて、話は変わります。


皆さんは、次の漢字を読めるでしょうか。
 「水面」


そうですね。「すいめん」もしくは「みなも」と呼ぶのですが、またしても麻生首相はこの漢字を読み間違えました。首相はよりにもよって党首討論の場で
 「みずも」
と読んでしまったのです。

普段ならば、マスコミは大騒ぎしたことでしょう。普段でさえ面白おかしく誤読を突いてきたマスコミです。それが党首討論の場で出たのですから、鬼の首でもとったかのようにはしゃいだはず。

ところが、TVは今回の誤読を完全にスルーしました。





なぜなら、「みずも」発言は、「民主党国旗切り刻み事件」を麻生首相が糾弾しているときに出てきたからです

まずは 
この動画をご覧ください。1分13秒あたりから「みずも」発言は出てきます。




新聞報道では、民主党の蛮行は取り上げられていました。しかし、TVでは全く触れられていません。TVは、民主党の国旗切り刻み事件については触れないようにしているのです。TVにとって、民主党の不祥事は隠蔽し,国民の目から背けさせねばならぬものなのです。



民主党の原口一博は、『次の内閣』総務大臣です。彼は4月19日の民放放送において堂々と「民主党はテレビ界を優遇する」と宣言しました。現行の電波料を思い切り下げることを公約としてぶち上げたのです。
CMによる広告料が激減するマスコミがこれに飛びついたのでしょう。何としても民主党を勝たせねばならぬと。




どこまで卑劣で腐りきっているのでしょう。









気を取り直して、日本の国旗を命がけで守ってくれたイラク人のお話を。





イラク戦争開戦前の3月15日から閉鎖されたいたバグダットの日本大使館業務再開に向け、日本人の大使館員関係者は4月29日、被害状況の調査を始めた。4月28日午後、外務省の調査団(団長・相星孝一中東二課長)の一行が現地入りした。


しかし、近くのルーマニア大使館で館内のほとんどすべてのものが盗まれていたのに対し、日本大使館は驚くほど被害が少なかった。激しい戦闘や略奪が繰り返される中、必死に大使館を守ってきたのは、近くに住むイラク人家族だった。



日本人スタッフが国外退去し、大使館業務を停止した後、14人のイラク人スタッフが情報収集や警備を続けていた。 しかし、市街戦などが相次ぎ、バグダット陥落の前後は、現地スタッフさえ出勤できなくなっていた。


大使館は空爆による大きな被害は受けなかったが、多くの盗賊たちに狙われた。「裕福な日本の大使館なら宝物があると誰でも思うさ」と、イラク人の警備担当者は話す。


そんな中で、大使館を守ったのは、向かいに住む元公務員 ムナアサル・アルオブーディさん(45)の一家だ。


バグダットが陥落した翌日の4月10日、一家6人は協力して、大使館内に掲げられていた日の丸を下し、看板をはずした。 外交官ナンバーの乗用車は自宅に庭に隠した。

「日本大使館だと分かれば、盗賊に狙われると思ったから、自主的にやったんだ。」

ムナアサルさん一家の善意に基づいた行動はそれに留まらなかった。 盗賊たちは、何度も姿を見せたという。そのたびにムナアサルさんと長男のハイダルさん(22)は、カラシニコフ小銃を携えて自宅2階に駆け上がり、戦った







Photo_3 「撃ち返されることもあったが、大使館を守るために必死だった」

国旗はどの国の国民にとっても1番大切なものだろう?燃えて奪われたりしたら、みんなが悲しむと思って
ムナアサルさんはそう話し、ほこりと油煙ですすけた日の丸を大事そうに広げてみせた。


ムナアサルさんの近所には日本人大使館員らも住んでおり、ジョークを言い合う仲だったそうだ。


「私は15年間」もここに住んでいる。大使館は大切な隣人。隣人を守るのはイラク人の務めだ」と誇らしげに語り、
「我が家は日本人が大好きなんだ。みんなやさしいからね」
とムナアサルさんはほほえんだ。





国旗の重み。それは国の名誉であり、誇りです。そして、他国の名誉のために銃をとって守り続けた彼は、おそらく自国の国旗に対しても誇りを持っていることでしょう。

逆に、日本の国旗を切り刻んだ民主党は、自国に対する誇りもなければ、他国の名誉も軽んずるのでしょう。「友愛」が聞いてあきれる。






私は自民党員ですが、自民党員だからという理由ではなくて、日本人のひとりとして民主党を許さない。




2009年8月 3日 (月)

マスコミが絶対に取り上げない麻生内閣の実績 ~その2~

おそらくマスコミの印象操作によって潰されるであろう麻生内閣へのレクイエムとして、麻生政権の実績をここに連ねておきます。

元々、麻生太郎というひとはマスコミに対して辛辣な意見を述べることで知られていました。

麻生太郎 「あんた、朝日新聞?」
朝日新聞 「そうです」
麻生太郎 「朝日は、事実しか書かないんだよな」
朝日新聞 「・・・・・・・・・・」
麻生太郎 「皮肉だって、わかってる?」


そりゃ、首相になればここぞとばかりに叩きにきますよ。マスコミも。。。安倍さんもマスコミには辛辣だったですからね。




というわけで、麻生内閣の実績を。



【2008年9月24日】
 第92代内閣総理大臣に就任する。


【2008年10月】
・竹島は日本の領土である旨を閣議決定する。
・アメリカに資本注入を指示する。
・北朝鮮経済制裁延長を閣議決定する。
・G7行動計画を支持。外貨活用の支援表明。
・2年ぶりに日本人拉致対策本部を開催する。
・一時補正予算の成立。
・北朝鮮の徹底を中川財務・金融大臣が指示する。
・安保理事国に当選(非常任理事国としては史上最多)
・アイスランドに緊急融資
・日印安保共同宣言に署名
・大陸棚拡張を国連に申請決定
 (日本国土の倍の面積が海底資源の採掘領域となる)


【2008年11月】
・水産庁、韓国漁船の違法操業の防止強化の方針を決定。
・麻生総理の資金提供・指導力・協調主義をIMFが評価。
・途上国の銀行支援ファンドの設立。
・日露首脳会談。領土交渉への平和条約を要求。
・中国の胡主席と会談。金融危機で日本の存在感を示す。
・集中豪雨被害を受けたパナマへ緊急援助
・事故米の不正転売。次官幹部25人を処分。


【2008年12月】
・国連で日本が提出した「核兵器廃絶」が採択される。
・「竹島は日本領土」との宣伝資料を10カ国に拡大配布。
・洪水被害を受けたイエメンに緊急無償資金援助。
・初めて政府主催で拉致問題の集会開催。
・教育再生懇談会第2次報告案。「教科書ページ倍増」「道徳・情操教育を拡充」
・社会保障費抑制のため、1400億円を充当する方針決定。
・食品偽装業者対策。JAS法運用指針を改正。
・交付税増額分で雇用を創出するよう、地方6団体に要請。
・公益法人から1076億円を国庫に返納させることを決定。
・商店街活性化の政策ビラを配布。
・高潮被害を受けたパプアニューギニアを援助。
・ミャンマー難民約30人を2010年から試験的受け入れ決定。
・障碍福祉サービスへの報酬を平均5.1%引き上げ。
・日豪の安全保障協力促進の協働文書発表。
・改正国家公務員退職手当法成立。
 (不祥事の場合、退職金強制返納が可能になる)
・民主党とマルチ業界の癒着に関する中間報告が提出。
・パレスチナ自治区への無償資金協力
・省庁の娯楽費廃止。行政コスト557億円カット。
・失業者に旧公団空屋活用。家賃2割引。
・コレラ被害のジンバブエへ150万ドルの緊急資金協力。
・社会保険庁ヤミ専従問題。現役・OB計40人を刑事告発。
・非正規雇用支援へ雇用促進住宅3万戸供給。
・竹島問題パンフレットを新たに7カ国語で作成。
・郵政民営化の負の部分の一部見直しを検討。
・国民生活白書にて、悪質商法被害者を救済。
・農業法人への出資制限を緩和し、企業参入促す方針。
・コメ減反廃止の見直し検討。価格への影響を試算する。
・内定取り消し企業名公表の基準案5項目を作成する。
・特別会計の健全性指標を予算書に記載。透明性を向上。
・中曽根外相がイスラエル外相と電話会談。攻撃自制要請。
・「派遣村」への対応に万全を取るよう指示。
・構成党労働省。派遣の人々へ講堂を宿泊用に開放。





年があけてからの政策は、次回へと譲ります。

マスコミが絶対に取り上げない麻生内閣の実績 ~その1~

安倍内閣のときもそうでした。マスコミは政権の実績は全く報道しません。


あれほど短命でありながら、通常の内閣が5年かかるところをわずか1年で成し遂げてしまった安倍内閣。実に残念な思いで倒閣の様を指をくわえて眺めていたものです。


歴史は再び繰り返す・・・ということで、またしてもマスコミは麻生政権の実績を全く報道しませんでした。


「漢字が読めない」
「庶民の気持ちがわからない」
などと煽るだけ煽ったマスコミの責任は重いといえるでしょう。


つくづくマスコミというものは大衆民主主義の象徴だと思います。大衆民主主義・・・それは誰しもが自由に発言できる社会であるがゆえに、「誰もが自身の言葉に責任を持たない」社会でもあります。言いたい放題。


マスコミは、言いたい放題の羊たちを束ねる羊飼いにでもなったつもりでしょうか。しかし、マスコミが世論をミスリードしたときの責任はどうなるのでしょう。彼らはその責任を取るのでしょうか?


否、マスコミが責任を取ったことなど古今東西あったためしがありません。仮に、責任を取ったと言い張るのならば、朝日新聞は先の大戦が終わった瞬間に解散していたことでしょう。戦意高揚をあれだけ煽っておきながら、体制が変われば時節にあわせて主義・主張も変える。それがマスコミです。



おそらく麻生政権は安倍内閣と同じく、マスコミによって倒されることでしょう。マスコミはしてやったりと大はしゃぎするかもしれません。その様は、持っているおもちゃがいかに素晴らしいかを確認しているこどもと一緒です。つくづく、日本のマスコミ、特にテレビ界の有様は危険なおもちゃを与えたこどもを見るかのようです。もっとも、その責任はおもちゃを与えたわれわれ国民にあるのですが。



マレーシア ストレーツ・タイム紙のクワン・ウェン・キン記者は、こう語っています。
「もし、多くの日本人が麻生氏についての知識をすべてテレビから得ているとしたら、自分たちの総理大臣をかなり低く評価していることだろう」

「4つの民放にとっては、麻生首相のマンガ依存症を攻撃することから始まり、5つ星ホテルの会員制バーで息抜きをする日課をあざ笑うことまで、すべてが格好の攻撃対象である。
「しかし、一人の政治家を過小評価することを目論んで、一日中際限なく、早朝5時半から深夜かなり遅くまで終わることなくこのようなレポートをニュースショーで取り上げたとしたら、政治家は破滅させられる」

「人気のあるニュースショーの司会者たちが、報道のプロではないという点も注目される」

「ニュースショーである『報道ステーション』の司会者である古館伊知郎氏はプロレスの実況アナとしてキャリアを積んできた。彼は今日の政治に関して論じる際、頻繁に無知を露呈する」
「また、3時間にわたる朝のニュースショーの司会である、みのもんた氏は、1週間に22時間15分もテレビ番組の司会(多くは生放送である)をしており、そのギネス記録を保持している。だが、そのほとんどはバラエティ番組だ」




そして、キン記者は重要な指摘をします。
「麻生首相がまとめた政策は、A4サイズの用紙1枚に列挙できないくらいに数が多く、時間の限られた多くのテレビ番組の中では詳細を議論することさえもできない」




というわけで、マスコミが絶対に報道しない麻生政権の実績を次回より紹介しましょう。

2009年7月19日 (日)

世襲議員

国会議員の世襲が問題視されています。

国会議員の世襲なんかよりも、官僚上がりの首長の方がよほど問題なんですが、そこにスポットライトが当たることは稀です。
「あの人は官僚上がりだから中央から補助金を引っ張ってこれる」
「官僚出身なんだから、国の予算をバンバンつけてもらえる」

その発想が、未だに地方を独立させない原因になっているのです。

2009年7月12日 (日)

いや、そんなこと言われても(苦笑)

ウイグルでの暴動を巡って、中国人自身が思わぬ反応を示しています。

中国ニュース通信社「レコードチャイナ」より


なぜいつも悪者?西側の報道姿勢に反発!―中国ネットユーザー

2009年7月9日、環球時報によると、新疆ウイグル自治区ウルムチ市で発生した暴動に関する西側諸国の報道内容について、中国のネットユーザーが反発している。

英のニュースサイトMonsters and Criticsは8日、ウイグル暴動の記事と写真24枚を掲載。24枚の写真の内訳は、中国の武装警察の写真13枚、泣き叫ぶ少数民族の子供や女性の写真 5枚、武器を携帯した漢族が街を歩く写真4枚など、意図的に選んだと思われる写真が並んだ。

米紙ウォールストリート・ジャーナルは、世界各国のウイグル人を統括する団体・世界ウイグル会議のラビア・カディール主席の「ウイグル人騒乱の真実」と題した文章を掲載。同氏が「カシュガル市、ホータン市、アクス市などでも騒乱は起こる可能性がある」と語り、米国に対し「ウルムチに領事館を建て、自由の番人になってほしい」と要求する内容を紹介した。また、フランス紙・フィガロは「中国は18世紀からウイグルを侵食してきた」などと報道した。

こうした内容に対し、英BBCの中国語サイトでは多くの中国人が怒りを表している。あるユーザーは「報道はなぜ、中国政府を永遠に悪者にするのか?」とし、別のユーザーは「BBCはウルムチ騒動を『平和への脅威』と報道しているが、今回の事件はメディアがこれらの勢力を支持してきたことと大いに関係がある」と書き込むなど、西側各国メディアの報道姿勢を批判している。




なぜ僕たちを悪者にするのだろう・・・・えーと、そんなこと言われても困るなあ。coldsweats01


日本人が言うのならば、わかるんだけどね。もっとも、日本人が「なぜ僕たちを悪者にするのだろう」と言うときは、捏造を繰り広げる悪意に対して困惑と怒りを感じているのだが、中国の皆さんが「なぜ僕たちを悪者にするのだろう」と言うのならば、その処方箋は実に簡単だと思うよ。

ウイグルとチベットを即座に独立させれば、全てが丸く収まることだろう。拍手喝采で国際社会を闊歩できるかもしれない。



でも、無理だろうな。中国が領土拡張をあきらめるということは、日本が経済発展をやめるというくらいに困難事。

2009年7月 9日 (木)

さすが日本共産党

国会ではいろいろな質問が出てくるのですが、中には珍質問・珍発言というものも散見します。

私が知る中で、その珍発言の1位は、何と言っても福島瑞穂センセイの
 
空母から飛び立つB52
でしょう。ご存じでない方は、「福島瑞穂」「B52」で検索してみてください。

2位は民主党の「
UFOはいるのか、いないのか」という質問。これは、海外メディアまで取り上げていただいたおかげで、日本の恥を世界中にさらしてくれました。



そして、また国会に珍発言が登場したようです。


しんぶん赤旗より


参院総務委員会は7日、住民基本台帳法改定案を自民、公明、民主の賛成で可決しました。日本共産党、社民党は反対しました。

日本共産党の山下芳生議員は反対討論で、外国人住民に医療・教育などを受ける権利を保障するために住民基本台帳を制度化することは必要としつつも、同法案は
 (1)住民基本台帳制度に外国人の管理強化を持ち込む
 (2)外国人住民基本台帳に記載する対象を限定しそれ以外の「在留資格を有しない外国人」を行政サービスなどから排除する可能性がある―と指摘。
「在留資格を有していない外国人であっても、基本的人権は原則として保障されるべきだ」と強調しました。

 同日の法案質疑で山下氏は、地域における多文化共生を進めていくためには、外国人住民の住民基本台帳の整備だけではなく、「地方自治体の取り組みの支援と同時に、外国人労働者の労働環境、外国人児童生徒の教育、日本語教育など外国人受け入れの環境を国が責任をもって充実させることが不可欠だ」と強調し、政府の見解を求めました。佐藤勉総務相は「他の省庁とも連携しつつ、自治体の意見もうかがい、国籍や民族の異なる方々が地域社会の構成員としてともに生きていけることをめざして自治体の支援を行いたい」と答えました。
       (下線部 松村)


申すまでもないことですが、「在留資格を有しない外国人」=「不法滞在者」です。




すごいなあ。日本共産党。国民の血税を不法滞在外国人のために用いようというのですから、懐が深い。私も、外国人の方々向けに無料法律相談会を実施したり、勝山在住の帰化外国人のケアを長年にわたってやっていますが、さすがにこの境地にまでは至りませんでした。

だって、言い方換えれば
 年金未払い者が年金サービスを受けられないのはおかしい
と主張するようなものですから。


おそらく、この山下議員はこう反論することでしょう。
「外国人にも基本的人権は認められているのだ」

・・・・ちょっと待ってください。外国人にも基本的人権が認められる。これはマクリーン判決で確立されたものでして、ちなみに、「憲法第3章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶ」というのが、この最高裁判例です。

さて、ならばこの論法は成り立つのでしょうか。
 ①外国人にも基本的人権はなりたつ。
           ↓
 ②不法滞在者も外国人である。
           ↓
 ③よって、不法滞在者にも基本的人権は成り立つ。
           ↓
 ④基本的人権を有する者は行政サービスが受けられる。
           ↓
 ⑤したがって、不法滞在者は行政サービスが受けられる。

成り立ちません。この論法には2点、重大な誤りがあります。

ひとつは、「外国人」という一括りで正規に入国した者と違法に入国した者とをまとめている点です。さきほどのマクリーン判決では、その冒頭で「憲法上、外国人は、わが国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き在留することを要求しうる権利を保障されているものでもない」と述べています。つまり、外国人といえどもむやみやたらと国内に入れるものではないということです。基本的人権を主張するならば、せめて正規の入国手続きで入ってきてもらいたいものです。

もうひとつは、④「基本的人権を有する者は行政サービスが受けられる」という点。ちなみに、皆さんが観光ビザをもって海外渡航をした場合、行政サービスを受けることができますか?できるとしても観光案内くらいのものでしょう。そして、それをもってあなたは渡航先の自治体に不平をもらすでしょうか?漏らしませんよね。

だって、「行政サービスは税金を納めた人に与えられる」という大原則があるからです。仮に、貴方が渡航先で困ったことがあれば、海外の自治体に駆け込みますか?それとも日本大使館へ駆け込みますか?日本大使館へ駆け込むのが当然ですね。だって、海外の自治体が面倒見てくれるはずがないですから。

もちろん、不法滞在者といえども基本的人権はあるのでしょう。日本の解釈では基本的人権は「人間として生まれたからには、必ず誰しもが持っているもの」ですから。ですから、「人身に危害が加わらない」という程度のサービスは認められるのかもしれません。

ああ、それに加えて、もうひとつだけ認められねばならない行政サービスがあります。それは国外退去。

それ以外のサービスを認めろと言うのですか?生活保護を認めるのですか?居住の自由を認めるのですか?不法滞在者に?





ある意味、日本共産党に感心するのは、ブレないところですね。いや、これは冗談ではなく本当に感心します。どれだけ頓珍漢なことを言っているように見えても、ブレていない。頓珍漢なんですけどね。


確かな野党
が日本共産党のモットーですが、こういう発言を見ていると、

確かに野党
というモットーに変更されてはいかが?

2009年7月 8日 (水)

公共料金の値上げについて

6月定例会の建設産業常任委員会にて、上下水道料金の値上げの問題が浮上してきました。

私の所属は総務文教厚生委員会なので、この問題についてはこれから調査・検討していかねばならないのですが、実はもうひとつの公共料金値上げの問題があります。

それが国民健康保険。


これまで勝山市の国保会計は極めて健全でした。たぶん、県内・・・というよりも全国的にもトップクラスの健全さを維持してきたといっても過言ではありません。

しかし、それでも年々財政的に厳しい状況に追い込まれているのは事実です。なぜ国保会計がこれほどまでにつらい状況になったのか。このあたりは、現在調査中ですので、報告がまとまったらHPなりこのブログなりで皆様にもお示ししたいと考えています。


さて、昨日も理事者と話し合いをしてきたのですが、私が問題にしているのは値上げをすることそのものではありません。上下水道料金の値上げと国保税の値上げの時期が重なる点です。

元々、国保対象者は農業者や商業者などの自営業者ですが、圧倒的な割合を占めるのは年金生活者です。その年金生活者は核家族化が進むにつれ、老夫婦だけで住んでいるかもしくは独居で暮らしている方が少なくありません。国保税を値上げして、さらに下水道料金までも値上げしたならば、これら年金生活者の生活を脅かす結果となるでしょう。

「サービスを受ければその対価を支払う」
これは当然の理屈です。その意味で上下水道料金の値上げはやむを得ないのかもしれません。

ただ、公共サービスというのは「サービスを受ければ対価を支払う」という単純な図式では括れないところがあります。

基本的に、「サービスを受ければ対価を支払う」という図式において主導権を握るのは「支払う人」です。散髪屋に行けば、3800円で髪を切ってもらう。これはサービスの対価として3800円を支払っています。どの散髪屋に行くのかを決定するのは3800円を支払う人です。ひょっとしたら、「今日はお金がないから1500円で髪を切ってくれる散髪屋に行こう」と考える人もいるでしょう。

ところが、公共サービスにおいてはこの選択権が全くありません。ここが問題なのです。

例えば、電気供給者である北陸電力。これは民間会社ですが、電気という公共性に鑑みて電気料金の値上げには厳しい制限がつけられています。これもわれわれが電力会社を選択できないという現状があるからです。


これまで勝山市は上下水道料金の値上げを10年近くにわたって行ってきませんでした。それは市民にとってはありがたいことです。そして、勝山市の上下水道料金が県下でも安い部類に位置づけられることも、市民にとってはありがたいことでしょう。この料金では、上下水道会計を維持できないというのであれば、市民に対して値上げを要請することはもっともなことだと思います。
(もちろん、その必要性は徹底的に説明することが求められます)

しかし、値上げにおいては、「市民には公共サービスの選択権がない」という視点が求められます。すなわち、どのような値上げの方法が市民の負担を少なくするだろうかとの観点です。





これまで公共料金の値上げは、担当各課が行ってきました。上下水道料金ならば上下水道課。国保税ならば市民課といった具合に。ですから、おそらく上下水道課の職員に「国保税の値上げについてどう思う?」と尋ねても、その値上げ自体について知らないでしょう。

これは、その職員がわるいのではありません。そういうシステムが悪いのです。

上下水道料金も、国保税も市民からすれば負担増です。上下水道料金の値上げと国保税の値上げを統一的に判断して実施する部署は、今のところ市組織の中にはありません。強いて言うならば、市長がそれに当たるということになるのでしょう。

そこで、そういった部署なり審議会なりを早急に立ち上げていただきたいという要請を理事者に対してしています。

これは重大な問題なので、調査検討を重ねて9月定例会の一般質問でも市の考え方を追求していきます。

2009年6月29日 (月)

手詰まり感の打開 その4 ケインズの処方箋と山岸市長のスローライフ

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昨日、山本拓衆議院議員の勝山後援会役員会がご本人出席のもと行われました。

山本代議士も何かと渦中の人ですので、一連の騒動の説明にかなりの時間を割かれていましたが、出席者のひとりから次のような質問が。

「民主党は自民党がダメだという。それを受けて、自民党も民主党はダメだという。国民は、そんな水かけ論には飽き飽きしている。『この日本をどういう風に引っ張っていくのか』という明確なビジョンを出して欲しい。私たちが聞きたいのはそこなんだ」


もっともな話だな・・・と。
そして、その質問者の熱弁を聞きながら感じたのは、
「もっともな話だ。しかし、それを示すことは自民党にはできないだろう」

自民党だからできないのではありません。民主党もできないのです。仮にできるとしたら、日本共産党か維新政党・新風くらいのものでしょう。彼らは、政体そのものを変更しようとしているのですから。

実は、自民党は既にビジョンを出したことがあります。安倍晋三内閣のときに。

「美しい日本」
安倍元首相の説明不足もあったのでしょうが、国民の大半は単なるスローガンとしか思わなかったでしょう。当時の私もそう思っていました。
現行の体制の中で「明確なビジョン」を示そうと思うと、必然的に「美しい日本」のようなスローガンになってしまうのです。これはどうにもならないことです。

なぜ、「明確なビジョン」が「美しい日本」のようなスローガンになってしまうのか。それを解くキーワードが今回のテーマである、「ケインズの処方箋」です。




話を進める前に、もう一度、これまでの話をまとめてみましょう。

私たちは例えようもない閉塞感に囲まれています。その閉塞感は「私たちは何をしてよいのか。どこへ進めばよいのかがわからない」ことに原因があります。溢れんばかりのモノに囲まれて特に買いたいモノもなく、何となく日々を過ごしている。

村上龍は小説『
希望の国のエクソダス』で、中学生の口を借りてこう言います。
「この国には何でもあります。しかし希望だけがない」

資本主義という私たちの生活を規律する文化の中で、緩やかに私たちは朽ち果てているのではないか。そういう想いを持っている人は少なからずいらっしゃることでしょう。






さて、資本主義の発展によって豊かになればなるほど「人々は退屈する」と喝破したケインズは、同時に「ならば資本主義の代わりになるのものがあるのか。これを考えると、極端に困惑する」と率直に述べています。



ただ、ケインズはひとつの可能性として、選択肢のひとつを示しています。


豊かな社会においては、ローカルなもの、美しいもの、正しいものが求められる



ケインズは、この思想を「国がなすべきこと」という文脈で語りました。

前々回に述べたように、ケインズはグローバル化する国際経済に違和感を感じていました。投資家は、その性質上、最も利益の出るところを探します。これは当然のことです。しかし、全く見知らぬ海外の事業に加わり、見知らぬところの所有者になる。儲けさえ出ればそれで良し。出なかったすみやかに撤退する。これは倫理的に問題ではないのか?とケインズは問います。

ならば、グローバル経済の渦中で、国はローカルなものを守らねばならない。ケインズにとって、それはロンドン駅の美観であったり、郊外の田園風景であったり、快適な住宅環境などであり、それを国は守らねばならない。そのためにこそ公共投資をすべきなのだ・・・と。

ケインズはややもすると「公共投資の必要性を説いた経済学者」「公共投資による需要拡大」ばかりが先行しがちですが、彼にとっては「公共投資によって何を守るのか」の方がはるかに重要だったのです。

我が国の公共投資には、この視点が完全に抜け落ちていました。


Photo_2
東京日本橋です。私も東京に住み始めた頃に行って見て、あまりの無惨さにがっかりした思い出があります。

上を塞ぐ首都高。これが全国道路網の起点とは思えません。

日本橋だけではありません。国内の海岸線を囲むコンクリート防壁。全国のどこを見ても同じような町並み、国の公共投資の「方針のなさ」が現れています。




※上の写真は「
SBI不動産ガイドのスタッフブログ」からお借りしました。confident

さて、ケインズがいう「ローカルなもの、美しいもの、正しいものを守る」との趣旨は、国がそれらのことをすべきとして語られました。つまり、国家の責務としてです。


それを私たち市民レベルに当てはめるとどうなるのでしょうか。

・・・・そう。
エコミュージアムなんですね。

なんて唐突な、というか、ご都合主義的な・・・と思われた方もいらっしゃるでしょう。coldsweats01
いえ、その気持ちも十二分にわかります。

ちょっと、脱線するかもしれませんが、私がここに辿り着くまでの変遷を。




前々から、というよりも議員になる前から、私は大衆消費者社会の行く末がどうなるのかという危惧を持っていました。

大衆消費者社会。それはまさしくケインズがいうところの「豊かな社会」です。全ての人々が消費者として何かを買う。その中で、私たちはゲップが出てくるくらいのモノに囲まれ、もはや欲しいモノは何もない状況にまで到達しました。

欲しいモノはない。でも何かが足りない。

しかし、この大衆消費者社会は、あまりにもマクロ・巨視的な話で、正直なところこれをどうやって変えようかなどという話は皆目見当もつきませんでした。なぜなら、大衆消費社会からの脱却とは、人々の価値観を180度転換することを意味するからです。そのようなことができるはずがない・・・





さて、一方で山岸市長の進めるエコミュージアム。

これは元々、(社)勝山青年会議所が提言したこともあって、私にとっては実になじみ深いものです。しかし、私はこれまでエコミュージアムをまちづくりの手法として捉えてきました。この勝山のまちづくりをどうするのか、人づくりをどうするのかという視点です。

そして、山岸市長は第5期総合計画の方針として
 
スローライフ
を提唱されました。要するに、これまでの都市型の生活スタイルではなく、勝山独自のスタイルを模索しようということです。

今年の3月議会で、このスローライフを聞いたときには「市長、何か訳のわからないことを言い始めたな」と、正直思いました。
(ごめんなさい、市長coldsweats01

そのときは、そう思ったのです。
しかし、じっくりと考えてみると、これこそケインズが言っていた「ローカルなもの、美しいもの、正しいもの」そのものではないかと思い至ったのです。

私自身が、エコミュージアムに対して知らず知らず枠をかけて制限してしまったのですね。その枠を超えて一歩下がって見てみれば、エコミュージアムにはまだまだ可能性があったのでした。



ああ、そうか。そういうことか。山岸市長は、人々の意識を180度転換させようとしているのか、脱消費者社会を目指すのか・・・・これは、またトンでもないレベルでの話になってきた・・・・。




果たして、市長はそこまで狙ってスローライフと言っているのか。狙っているんです。

「閉塞感-大衆消費者社会-ローカルなもの-エコミュージアム-スローライフ」という一連の流れが出来たときに、私は全てが腑に落ちた気がしました。ストンと腹の中に収まった気分です。そこで、山岸市長がどのような意図でスローライフを持ち出したのかを尋ねてみたところ、やはりそういう意図だったんですね。
(さすがにケインズは出てきませんでしたが、別にそこは本筋とは関係ありません)


正直な感想を述べるなら、シャッポを脱ぐとはこのことです。脱帽です。



と、同時にこのスローライフが重大な問題点を抱えることにも気づきました。


それについては、次回に譲りましょう。


今回の話も長くなりました、お付き合いいただいた方には、感謝申し上げます。confident

2009年6月28日 (日)

東国原知事の動向

水防訓練から戻って、何気なくテレビを見ていると東国原知事の動向が取り上げられていました。

最近ニュースを見ていなかったモノで初耳だったのですが、coldsweats01 なにやら知事は国政に並々ならぬ関心がおありとのこと。

しかもTV局のインタビューに答えて、「宮崎県での改革路線は道筋をつけた。国政に関心がないわけではない」などと回答していました。

どうやら彼にとって、宮崎県知事というポストは「政治家東国原がのし上がっていくためのステップのひとつ」でしかないようです。改革は改革路線に道をつけた・つけないという次元で語られるものではありません。県民の目にも「改革は完了した」というところまでやり抜くことが最も難しいのです。
逆説的に言うならば、「改革路線に道をつけた。だからもうだいじょうぶ」と東国原知事が言うのであるならば、もはや東国原知事でなくともいいわけです。別な人を知事に据えれば良い。


これまでもマスコミへの露出が多い人ですが、それもこれも「宮崎県の知名度を上げたいがため」ということで納得できました。しかし、今回の騒動で何となく底が見えたような気がします。

この知事の同行を、当の宮崎県民はどのような想いで眺めているのでしょうか?

2009年6月26日 (金)

手詰まり感の打開 その3 シュンペーター

前回に引き続き、この「手詰まり感」「閉塞感」の打開について想うことを。


前回まで、資本主義には限界があることを経済学者たちが予言していたことについて述べました。ところが、リカードやマルクスは、このままでは資本主義は行き詰まるであろうと予測していたにもかかわらず、革新的な技術革新によって資本主義は生き延びます。


さて、ここでもうひとりの経済学者に登場願いましょう。




Photo_4
ヨーゼフ・アーロイス・シュンペーター(1883-1950)



オーストリアの経済学者で、彼の説は「イノベーション理論」と言われます。

これは、企業家(アントレプレナー)たちの行うイノベーション(革新)こそが資本主義を発展させるというものです。



さて、このシュンペーターは資本主義の未来をどのように捉えていたのでしょうか。




1936年1月。アメリカ農業大学院において、シュンペーターは「資本主義は生き延びうるか(Can capitalism survive?)」とのタイトルで講演を行います。

この講演は、次のような文言から始まります。
Ladies and Gentlemen. Can capitalism survive? No. I do not think it can
(紳士淑女の皆さん。資本主義は生き延びられるのでしょうか。いいえ、生き延びられません)

やはりシュンペーターも資本主義の未来を悲観的にとらえていました。しかし、その悲観論は実にユニークなものです。

さて、それを語る前に、ここでシュンペーターの言う「企業家」とはどのような人を指すのかについて少々。なぜなら、この「企業家」を誤解するとシュンペーターの資本主義論が全く訳のわからぬものになるからです。ちなみに、私も当初は誤解していました。bearing

企業家とは、一般的な感覚では「社長さん」です。しかし、慣行的な事務遂行をしている社長さんたちと企業家とをシュンペーターは明確に区別しました。

シュンペーターは、こういっています。
「起業者であることは職業ではなく、通常一般には永続する状態ではない」
つまり、社長を社長業としてやっているような人は企業家ではないと言うのです。
 金銭的な欲求からイノベーションをするような連中も企業家ではないとシュンペーターは言います。確かに彼らは豪奢な生活をしているが、金持ちになるためにやっているのでもないと。

ならば、シュンペーターにとって企業家とはどのようなタイプの人なのでしょうか。
 
①「私的帝国」ないしは「自己の王朝を建設しようとする夢想と意志」
 ②「勝利への意志」あるいは「成功を獲得しようとする意欲」
 ③創造の喜び

この3つが企業家を動かす動機だと彼は言うのです。


なるほど、もはや動物的な衝動ともいえる動機に突き動かされて、企業家たちは資本主義を発展させます。しかし・・・だからこそ、資本主義は衰退せざるをえないのだとシュンペーターは結論づけるのです。

理由は実に簡単です。経済成長を遂げた「豊かな社会」では、もはやリスクを覚悟して新たなイノベーションに挑もうとする「企業家精神」は薄れてくるからです。


余談ですが、各地の青年会議所(JC)でこのアントレプレナー(企業家)を育成しようという事業が行われています。しかし、JCがいうアントレプレナーとシュンペーターがいうアントレプレナーでは、ニュアンスが異なるように思います。シュンペーターならば、「そんなものは教育して出てくるようなものではない」と言うでしょう。本多宗一郎は教育によって出現したものではありません。JCのいうそれは、むしろ「起業家」といった側面が強いです。



・・・しかし、「自己の王朝を建設しようとする夢想と意志」とか「勝利への意志」とか、およそ経済学の枠を超えてしまった説明ですね。シュンペーターの業績が経済学でなく経営学の方に引き継がれているのもわかります。だって、これはもはや経済学の範疇に納まりません。

もっとも、シュンペーターの思想が狭義の経済学の枠内におさまらないのも無理はありません。なぜなら、彼にとって資本主義とは単なる経済制度のひとつという側面を超えて、文化そのものだったからです。
 文化とは私たちの行動を規定するものです。慣習と言っても言い変えることもできるでしょう。「私たちの行動を規定する」という意味ならば、資本主義はまさしく文化そのものです。
 例えば、資本主義の特徴のひとつである合理主義。この合理主義は、われわれの生活を規定しています。

資本主義は文化である。そして、その資本主義は資本主義であるがゆえに衰退する。文明論的に言えば、シュンペーターの思想はこのようになるのでしょう。



さて、ここまで来ると、われわれの持つ「停滞感」が見えてきたようにも思われます。


資本主義的な文化そのものが行き詰まってきているのです。

豊かな生活を目指してわれわれはここまでやってきました。しかし、溢れかえらんばかりのモノに囲まれたわれわれは行き先を喪失してしまったのです。

確かに、どんどん新しいモノは市場に出ています。液晶テレビ、地デジテレビ、新機能を備えた携帯電話・パソコン、環境に配慮した車などなど。
そこで、私は前回と同じ質問をしたいのです。
あなたは本当にそれが欲しいのですか」と。

本当に欲しいモノ、それがなければやっていけないモノなんて、もはやないのです。ならば、なぜそれを買うのでしょう。ひょっとしたら、一種の空虚感を紛らわせるためではないのでしょうか。新しいモノ、新奇なモノ、ただそれだけの理由でわれわれはモノを買っているのではないでしょうか。しかし、「新奇性」などというものは慣れてしまえば、別に目新しさを感じません。すると「もっと新しいモノを、もっと珍しいモノを」というある種の麻痺状態に陥ってしまわないでしょうか。





豊かな社会では、その豊かさゆえに人々は「退屈する」だろう
これがケインズの予想図です。

まさにわれわれはそこにまで達してしまったのです。


そうなると、資本主義に変わる別の文化をわれわれは見いださねばなりません。
そこで、例のケインズ論文の文句が再び顔を出してきます。

代わりがあるのかを考えると、われわれは極度に困惑してしまう

そうなのです。今のシステムはもう行き詰まっているのではないか。われわれは別の何かを模索しなければならないのではないか。
薄々、感づいていながらも「それじゃ、何をすればいいの?」というところで、われわれは手詰まりに陥っているのです。

この手詰まり感に対して、ケインズはもうひとつの可能性をわれわれに示しています。

それについては、次稿に譲ることにしましょう。



今回も長くなりました。お付き合いいただいた方には感謝申し上げます。confident



2009年6月25日 (木)

手詰まり感の打開 その2 資本主義の未来とケインズに想うこと

6月22日に「手詰まり感の打開」を書きました。そこでは、現在の閉塞感について記したのですが、前々からこの閉塞感の正体は何なのだろうかと考えています。



福井県立大学の図書館は、私にとってのパラダイスのようなところでして、文献が手に入らないときなどは、ここへ来て探すと面白いモノが見つかることが多いので、非常に重宝します。夜9時まで開いてますし。happy01









さて、ちょっとした縁で、目下のところ、ケインズの論文を読んでいます。県立大学図書館から借りてきました。



ジョン・メイナード・ケインズ(1883-1946)

イギリスの経済学者です。最近の世界的経済不況で、再び脚光を浴びている「ケインズ経済学」の産みの親ですね。


200pxjohn_maynard_keynes_7 難しいことは抜きにして、この人の理論が「公共投資による需要拡大」を下支えしています。


おそらく、「古今東西で、最も影響力のあった経済学者を5人選べ」と言われたら、確実にケインズは入るでしょう。それくらいのインパクトをもたらしました。

(「3人選べ」と言われても入りそうな気がします。アダム・スミス、マルクス、ケインズで)



つまり、ケインズという人は現代資本主義の立役者みたいなところがあるのですが、この人は資本主義の未来について重要な示唆を残しています。



1933年7月に発表された論文「国家的自給(National Self-sufficiency)」において、ケインズはいわゆるグローバル化していく経済について、次のような感想を述べています。

The decadant international  but individualistic capitalism, in the hands of which we found ourselves after the War, is not a success.  It is not intelligent, it is not beautiful, it is not just, it is not virtuous- and it doesn't deliver the goods. In short, we dislike it and we are beginning to despise it. But when we wonder what to put in its place, we are extremely perplexed.

(第1次世界大戦後に手に入れた国際的ではあるものの個人主義的で退廃した資本主義は成功したとはいえない。それは知的でもなければ美しくもない。正しくもなければ道徳的でもない。つまり、そういった資本主義は価値をもたらさないのだ。端的に言うなら、われわれはそれを嫌悪していおり、軽蔑し始めている。しかし、代わりがあるのかを考えるとき、われわれは極度に困惑してしまう)

※訳は適当ですので、そこは突っ込まないでくださいcoldsweats01



思うに、われわれが抱いている「閉塞感」の最も根元にあるのは、このケインズの「代わりがあるのかを考えると、われわれは極度に困惑してしまう」という一節ではないでしょうか。

この困惑は、次の問いに集約されます。
「あなたは、これ以上何かを欲しいと思いますか?」

車を買ってみた、携帯電話も持った、冷蔵庫もテレビもクーラーも持った。これ以上欲しいモノはないという状況にまでわれわれは追い込まれています。

もちろん、買い換えの需要や新規製品に対する欲求はあるでしょう。しかし、昭和30年代の「テレビが欲しい」「冷蔵庫が欲しい」「電気洗濯機が欲しい」といったような強烈な衝動をわれわれは持ち得ないのです。

つまり、「何かが欲しいから私たちは頑張って働く」という展望を、もはやわれわれは描けなくなっているのです。戦後、人々の活動の理念であった「豊かな社会」とは、生活を彩るモノを揃えていくことでした。個人のレベルで考えるならば、それは車であり、衣服であり、携帯電話でありパソコンを身の回りに備えておくことでした。家庭では、電気洗濯機を買うことであり、冷蔵庫を買うことであり、クーラーを買うことでした。国家レベルでいうならば、道を整備することであり、体育館を設置することであり、新幹線を引くことでした。そういったモノを増やしていけば、われわれの生活は豊かになると考えられたのです。

しかし、われわれはゲップが出るくらいにモノに囲まれて、もはや「これ以上、本当に欲しいモノはありません」という状態に追い込まれています。


これはケインズに言わせれば当然のこととなるでしょう。ケインズは、社会が豊かになり人々の耐久消費財に対する物質的欲望が満たされてしまえば、もはや新規投資を行っても投資に見合う十分な収益が見込めない状況に陥るのではないかと考えていました。つまり、その状態にまで資本主義が進めば、投資そのものが意味を成さなくなります。それはすなわち、「資本主義の死」に他なりません。



こういった資本主義に対する見方は、何もケインズに始まったことではありません。


(注:ここからリカードの説明が続きますが、興味のない方は次の「注」まで飛んでもらっても結構です)




ディビット・リカード(1772-1823)


古典派経済学を代表するイギリスの経済学者ですが、この人は経済学者にしては珍しく経済実務で成功した人です。つまり、株の仲買人として証券取引の世界で大儲けし、42歳で引退した後は政界に打って出て華々しい活躍をしました。


Photo_3 さて、このリカード先生が熱心に取り組んだのは歴史に名高い「穀物法」です。高校生のときに世界史を習われた方ならば覚えていらっしゃることでしょう。あの穀物法。


当時のイギリスは世界最初の産業革命を成し遂げたこともあり「世界の工場」としての地位を確立しましたが、人工の拡大により穀物の輸入国になっていました。そこで、競争力の弱い農業部門、つまり旧来の地主層を保護するために輸入穀物に関税をかけたわけです。
(つまり、今の日本のコメと全く同じ状況)

これに対して、リカード先生は真っ向から反対します。その理由は2つ。
1つは、関税をかけて輸入価格を引き上げれば確かに地主層は保護されるだろう。しかし、安い穀物を国内に流通させれば、地主層以外の社会階級一般の人々に利益をもたらすではないか・・・というもの。

そして、もうひとつの理由が極めて重要な問題を引き起こします。

資本間の競争によって利潤率の低下傾向を説くアダム・スミスには賛成できないから

これはどういうことかと申しますと・・・経済学の祖であるアダム・スミスは「資本家と資本家が競争すれば、利潤率は下がる」と主張しました。これは、今のわれわれにもよく理解できます。Aという企業とBという企業が同一の事業で競争するならば、値引きや安売りなどで利益はどんどん少なくなっていくという構図です。

これに対して、リカード先生は「いや、産業全般の利益率が下がるのだ」と主張しました。なぜ、社会が発展し、資本が蓄積されると産業全般の利益率が下がるのか。これは説明すると、ちょっと長くなりそうなので、そういう風にリカード先生は主張したのだと納得してください。coldsweats01
重要なことは、リカード先生がそこを踏まえて描く資本主義の未来なのです。


①社会が発展し、資本が蓄積されると産業全般の利益率が下がる。
②しかし、利潤が存在する限り、資本は成長していく。(新規に投資がされるから)
③もっとも、新規資本が蓄積されても利益率低下は止まることはない。
④この過程は、利潤がゼロになるまで続く。
⑤利潤がゼロになったとき、資本蓄積は止まる。
⑥このとき、利潤はゼロであり、賃金は相変わらず生存水準であるにも関わらず、地代は最大になっている。
⑦この状態を定常状態と呼ぶ。

リカード先生は、一国の経済がこのような破滅的な未来を描くことを説き、その解決策を国際貿易に求めました。

先生が描いた未来像は、資本主義には限界があることを示したのです。



(注:ここまでがリカードの説明でした)



リカードが描く暗い未来像は、実はマルクスも共有していました。しかし、実際の世界はリカードやマルクスの予測をあっさりと裏切ったのです。

その原動力となったのは、大胆な技術革新でした。

20世紀とは、まさしく技術革新の時代です。フォードによる車の大量生産や、飛行機の発明、通信分野での劇的な革新技術(電話・インターネット)などが、新たな需要を喚起し、産業を引っ張ってきました。

しかし、果たしてこれら技術革新(イノベーション)は、資本主義を「限界のないもの」にしたのでしょうか。

そこについては、また次の稿に譲るとしましょう。

長々とした説明におつきあいいただき、ありがとうございました。

2009年6月22日 (月)

手詰まり感の打開

自民党に対する逆風は未だ弱まることを知らず、政権交代はもはや自明のことのようにマスコミは報道しています。

しかし、なにやらマスコミも集団ヒステリーのように政権交代を煽っているようにしか見えません。政権交代さえあれば世の中うまく行くかのような論調すら見え隠れします。

一歩下がってその馬鹿騒ぎを見るにつれ、我が国には真の意味での政権交代がなかったことのツケがまわってきたのかなと考えたりもします。

55年の大合併により自由党と民主党が自民党になって以来、日本では本格的な政権交代はただの一度としてありませんでした。確かに、細川護煕を首班とする日本新党が政権を獲ったことはあります。自社さきがけによる連立政権が誕生したこともありました。しかし、これらの政界再編劇のテーマは、いずれも「非自民」でしかありません。
 「新しい政権になれば、何か変わったことが起きるかも知れない」
ただ、それだけなのです。

本来、政権の交代とは「政策の変更」を意味する事態です。これまでの政策では日本はダメになる。だから、新しい政策を行うべきなのだと。

ならば、民主党は日本をどのような方向へともっていきたいのでしょうか。そこが今ひとつ見えてこないのです。もちろん、「だから自民党が良い」という議論にはなりません。私自身は自民党員ではありますが、だから手放しで自民党を応援するのだというスタンスには到底立ちえません。

「自民党は頑張っているのだろうけれど、でも自民党まかせにしておいて良いのか。さりとて民主党に変えたからといって劇的によくなるわけでもあるまい。単に自民を倒せば日本が変わるという幻想は抱いていない」
という感覚が、大方の国民の反応ではないかと感じます。しかし、この感覚を一言で表すならば「手詰まり」に他なりません。

この「手詰まり感」をどのように打開していけばいいのでしょうか。

数回に渡って、この問題について考えていきたいと思います。

2009年6月20日 (土)

総合体育館建設

  木曜日に開催された総務文教構成員会において、「総合体育館のあり方検討委員会」が議題にのぼってきました。


平成30年に開催予定の福井国体に向けて、勝山市でもバドミントンなどの競技誘致をしたいのですが、そのためには既存の体育施設では不十分であることは言うまでもありません。そこで、新たに総合体育館の建設も視野に入れて、まずはこの検討委員会にて基礎的な話し合いをすることになっています。

総合体育館の建設。これは、勝山市民のスポーツ愛好者にとっては悲願ともいえるものです。
私だって、欲しいです。総合体育館。

しかし、その前によく考えてもらいたいのは、これはおそらく勝山市にとって最後の、そして最大級のハコモノだということです。おそらく、バドミントンの国体が開ける総合体育館ともなれば、30億円は見込まなければならないでしょう。そこに国の補助が3分の1ですから、勝山市が負担しなければならない財政的負担は20億円ということになります。

20億・・・これを20年間で償還していくとしても、年間1億2千万円程度は払い続けなければなりません。そして、施設維持費用として年間数千万はかかるはずですから、体育館について毎年1億5000万~7000万程度の支出は覚悟しなくてはならないのです。




Photo_3
しかも、20年間と簡単に言いましたが、20年後の勝山市の人口は、毎年1億5000万円以上を負担する財政能力がありません。

平成30年。すなわち、2018年から償還をスタートして20年間払うということは、2038年に払い終えるということを意味します。

そのくらいになれば、勝山市の人口は1万5000人にまで落ち込んでいるのです。





繰り返しますが、総合体育館の建設そのものは素晴らしいことです。私だって、欲しい。

しかし、これだけの建物をエイヤァで建ててしまっては、将来に重大な禍根を残すことになりかねません。

まずは、冷静になって色々な視点から考えてみましょう。

私たちは総合体育館を建てて何をしたいのでしょうか。
 「全国大会を開きたい」
 「勝山の各種競技を強化したい」
 「市民スポーツを活性化させたい」・・・etc
そして、果たしてそれらは総合体育館なしには実現しえないことなのでしょうか。


私は、議会人として自分のなした決議には責任を持つことを心に決めています。はたや記念館「ゆめおーれ勝山」についても、私は必要と考え、決議においては賛成にまわりました。賛成にまわった以上は、ゆめおーれの活性化に向けて努力しなければなりませんし、現に努力しているところです。

この総合体育館建設については、今の段階では賛成とも反対とも言いかねます。他市の状況なども調査していかねばなりません。例えば、大野市のエクサイトなどはどうでしょうか。建設費用の償還は?毎年の維持費用は?

これら調査結果は、その都度ブログやHPにて皆様にも報告していきます。

2008年4月25日 (金)

乳幼児医療費助成制度の拡充

最近は、もっぱら「乳幼児の医療費助成制度の拡充」について検討していました。

現在は、6歳にまで子供の医療費が無料になっているのですが、この助成制度を
(1)小学校3年生まで
(2)小学校6年生まで
(3)中学校3年生まで
拡充した際に、勝山市の財政負担がどれくらい増えるのかを試算していました。

何が苦労したかと申しますと、計算自体は何ら難しいものではなかったのですが、基礎となるデーターが全くといってよいくらい存在しなかったこと。国保連にあたっても、県にあたっても基礎データーがないんですね。

その試算結果については、以下をどうぞ。


http://kore.mitene.or.jp/~harukado/tyousa-kentou/iryouhi-muryou/iryouhi-muryou.pdf


ただ、私がひとつ懸念しているのは、仮に医療費助成が拡充されたとして、老人医療費と同様の結果をもたらすのではないかということ。

高齢者の医療費を無料にしたことによって、病院はサロンと化しました。ちょっとした病気で病院に通う・・・・もとより、病気になったら病院に行くのは構わないのです。ただ、「ちょっと、程度を考えてもらえないだろうか」といった声を、当のお医者さんから聞くと、考えてしまうのですね。「果たしてこれでよかったのか」と。

(後期高齢医療制度が導入されたことにより、4月から有料にはなったものの、「これが唯一の正解だったのか?」と、再び考えるのですが・・・)


この高齢者医療費無料と同様のことが、少なからず、乳幼児医療でも起きています。何でもないことでも、「とにかく医者!無料なのだから、行かなきゃ損!」と、駆け込む親たちがいる。

果たして、乳幼児医療費助成には、ある程度のフィルターをかけるべきなのか否か・・・・悩ましいところです。


  
■松村治門ホームページもご覧ください■





2008年3月15日 (土)

ある種のブラックジョーク

前回のブログでブラックジョークを紹介しましたが、現実世界の方がよほどブラックです。

北海道新聞より


約十万人が犠牲になったとされる1945年3月10日の東京大空襲の被災者や遺族ら20人が10日、国に総額2億2千万円の損害賠償と謝罪を求める集団訴訟を東京地裁に起こす。
道内2人を含む112人が昨年提訴したのに続く第二次訴訟。

原告は東京、大阪など七都府県に住む69歳から79歳までの男女。

訴状などによると、原告に加わる大阪府高槻市の無職竹中順三さん(71)は、長野県に疎開していた8歳の時、空襲で両親を亡くした。遺体も発見されず、近所の人たちも逃げ惑っていたため、死亡時の状況も分からないという。「官民一体で戦争に臨めと指導されていたのに、終戦後の補償が軍人とその遺族だけというのはおかしい」と疑問を抱き続けてきた。
「提訴を通して平和の大切さを広く伝えたい」と願う。他の原告の中には、空襲で右足が不自由になり、今も生活に不安を抱える女性もいる。

昨年3月9日に提訴した第一次訴訟では、口頭弁論は4回開かれている。原告側が国に謝罪と一人当たり1100万円(総額12億3200万円)の損害賠償を求めているのに対し、国は事実関係の認否をせず、「戦争被害は国民が等しく受忍しなければならない」として証拠調べも不要と主張している。




「東京大空襲が、国際法違反の無差別じゅうたん爆撃であることを裁判所に認めさせ、戦争を開始した政府の責任を問う」という理屈がよくわからないのですが、なぜ、日本政府を訴えるのか?という素朴なツッコミはさておき、東京大空襲について。







東京大空襲は長崎・広島の原子爆弾投下に匹敵する無差別大量虐殺行為ですが、その記憶も薄れ対米追従のマスコミによって報道される機会も少なくなりました。

その証拠に、東京大空襲の3日後に行われた大阪大空襲のことを知っている人たちがどれだけいるでしょうか。大阪大空襲も東京大空襲も忘れ去られようとしています。



その東京大空襲を指揮したのはカーチス・ルメイ少将。東京大空襲時は38歳でした。

実は、このルメイ少将の前任者であったハンセル少将の時から東京は爆撃されていました。しかし、ハンセル少将は更迭。その理由は、ハンセル少将が高高度からの軍事施設ピンポイント爆撃にこだわったためでした。

東京大空襲に当たって、アメリカが徹底的に実験を行ったことはよく知られています。日本家屋がどのように燃えるのか、屋内まで精巧に作られた実験用家屋によって確かめていました。この精巧さに費やした労力は並々ならぬもので、日系の多いハワイから畳を取り寄せて作ったほどです。この実験によって作られたのがクラスター焼夷弾です。




さて、3月10日がやってきました。

東京に落とされたクラスター焼夷弾は、実に38万発。重量でいうと1780トンにのぼります。




250pxtokyo_kushu_19452
あまりにも有名な母子の写真です。子供を抱えて炎の中を逃げたために、母親の背中が焼けていません。

この写真を撮影した人物は、警視庁の石川光陽。警視総監の命を受けて、空襲直後の惨状をカメラに収めました。




後に、石川はGHQから写真の徴用命令を受けます。彼は、この命令に対して拠出を拒否。写真を庭に埋めました。彼のこの行為により、写真は後世まで残ることになります。







200pxlemay4 「皆殺しのルメイ」と呼ばれたルメイ少将は、その後トントン拍子に出世を重ねて空軍中将、空軍大将、戦略空軍司令官、空軍参謀長を歴任します。ベトナム戦争時には北爆を強く推進するなど、最後まで戦略爆撃にこだわった人物でした。



戦後に、「仮にアメリカが戦争に敗れたならば、私は戦争犯罪人として処罰されただろう」とルメイは語っています。

東京大空襲の非人道性を彼自身も理解していたのです。














この「鬼畜ルメイ」、「皆殺しルメイ」と蔑まれた人物は、勲一等旭日賞を得ています。



勲一等旭日賞とは、第1回受賞者は全て親王。他には、岩倉具視、三条実美、伊藤博文、山県有朋、勝海舟といった維新の元勲から始まり、様々な著名人(森鴎外や越前藩松平のお殿様)なども受賞している栄典です。この列にルメイも並んでいます。






Minoru_genda
このルメイ勲一等に大きく働きかけたのが、この人。源田実空軍大佐。


この人は、戦後に参議院議員となり「航空自衛隊の成立・発展はひとえにルメイ氏の尽力なり」と、ルメイ叙勲へ旗を振ったのでした。

源田実は、中佐時代に、真珠湾攻撃を山本五十六連合艦隊司令長官の航空参謀として指揮したこともある人物。



これは変節と呼ぶべきなのでしょうか。私はそう思うのですが。

事実、この叙勲は「源田への戦争責任追及をかわすためのものではないか」との声もあったそうです。



勲一等旭日賞は、天皇親授が大原則です。天皇親授とは、天皇が直接勲章を下賜されることですが、昭和天皇はルメイと面会することを避けられました。







さらに言わせてもらえるならば、東京大空襲に触れたならば、名古屋空襲の際の米兵捕虜
処刑に関して、戦後B級戦争犯罪人として処刑された岡田資中将にも言及したいところです。

現在、上映されている『ながい旅』の主人公ですね。大岡昇平の原作小説を映画化したものです。

それはまた後日。

2008年3月11日 (火)

ブラックジョーク

我が国では、案外とジョークが通じません。特に、ブラックユーモアというものに対する許容度は低いように思われます。


さて、そのブラックなジョークをかましたのは小池百合子議員。



小池百合子元防衛相は10日、名古屋市で講演し、中国製ギョーザ中毒事件に関連し、台湾で聞いたジョークと前置きした上で「自殺願望の人が農薬を口にしたが偽装農薬で死ねず、良かったといってお祝いでギョーザを食べたら死んでしまった。すごくブラックなジョーク」と発言した。

 小池氏は「ギョーザの話は食の安全から極めて重要」と強調したが、ジョークと断った上で「北朝鮮が食糧援助を求めているが『チャイナフリー(中国製原材料が含まれないとの意)にしてね』と言っているという話があったりする」と紹介した。


はてさて、これは冗句なのかそれとも実話なのか・・・・今の中国ならありそうな気もします。




こういったジョークは時代を反映します。

日本がバブル期の頃。アメリカの土地やらビルやらを買い捲っている日本を横目にこんなジョークがアメリカで流行りました。

「ドル札が緑色になってる理由を知ってるかい?赤く熟す前に日本人が刈り取っていくからさ」

・・・今では懐かしいジョークです。







ちなみに、最近見た中で、個人的に好きなジョークをひとつ。



「インド人を黙らせて日本人を喋らせれば、その会議は成功である」と言われるくらいに日本人はおとなしい。

そのおとなしい日本人を怒らせることができるかという競争が行われた。

中国人が言った。
「あいつらを本気で怒らそうと思ったんだが、案外と難しい。潜水艦で領海に入ってみたんだが、それでも怒らない」

韓国人が言った。
「その程度であいつらが怒るはずがない。俺たちは独島を占領したんだぞ?それでもあいつらは怒らなかったんだ」

ロシア人が言った。
「お前は島ひとつだろ?俺たちは北方領土を占領したのにあいつらは怒らないんだ。その程度じゃ足りんよ」

北朝鮮人が言った。
「そうか。俺たちはミサイルを飛ばしてみたことだし、今度はミサイルに核でも着けて打ち込んでやるか?」

アメリカ人が言った。
「やめておけ。それは俺たちがすでにやっている」




中国人が言った。
「どうしたものか・・・・犯罪者でも送り込めば腹が立つかと思ったんだが、逆にビザ免除なんて言い始める」

韓国人が言った。
「だよな。あれにはちょっと驚いた」

ロシア人が言った。
「でも、アメリカが牛肉に脊柱入れたら怒ったぞ」

アメリカ人が言った。
「ああ、あれは確かに怒ったな」

韓国人が言った。
「餃子に生ゴミ入れたときも怒ったな」

中国人が言った。
「お前らはその程度だろ。俺たちは農薬入れてみたんだぜ?」

アメリカ人が言った。
「お前は日本だけじゃなくて、俺たちにまで毒を盛ってるだろう?黙ってろ」

ロシア人が言った。
「・・・ひょっとして、日本人は食い物以外には怒らないんじゃないのか」

この会話をにこやかに聞いていたK総理が言った。
「万博で会場内弁当持ち込み禁止にしたら国民全員激怒した」

「やはり!」

さすが木村太郎!

さすがは木村太郎!やってくれます。



FNNヘッドラインより。


日本の調査捕鯨船への妨害活動を続けているアメリカの環境保護団体「シーシェパード」。海賊まがいの行為を繰り返している船長に、スーパーニュースの木村太郎キャスターが電話で直撃した。

過激な抗議活動で知られるアメリカの環境保護団体「シーシェパード」のポール・ワトソン船長。
ワトソン船長は、オーストラリアのテレビ番組に出演した際、「われわれは自分たちのことを、『強欲な海賊』を追いかける、『思いやりの深い海賊』だと思っています」と話していた。
シーシェパードは、反捕鯨国のオーストラリアで英雄扱いを受ける一方、IWC(国際捕鯨委員会)では名指しで非難されている。
このワトソン船長を木村キャスターが直撃した。

木村キャスター「(国連は)いかなる暴力的な海賊行為も禁止していますが、あなたは海賊ですよね?」
ワトソン船長「何とでも呼んでくれればいいよ。われわれは設立して30年になるが、人を傷つけたことはありません」
木村キャスター「いや、日本人の乗組員をけがさせましたよ」
ワトソン船長「してないですよ」
木村キャスター「いいや、させましたよ」
ワトソン船長「証拠があるんですか。証拠がないじゃないですか。われわれが投げたものは自然な無害なものだ。においはきついけど、オレンジジュースほど目がしびれることはないよ

3月3日、シーシェパードは、悪臭を放つ酪酸の入ったビンなど100個以上を日本の捕鯨調査船に投げ込み、日本人乗組員3人が負傷した
一方、自民党の中川昭一元政調会長は、9日のフジテレビの「報道2001」で、シーシェパードについて、「これは海賊行為ですね。はっきり言って」、「正当防衛として、向こうに対してきちっとした武力行為をやる必要があると思う。威嚇なり。(撃沈?)そういうこともあるでしょう」と述べた。
これについて、ワトソン船長は「かかってきなさい。1981年にシベリアでソ連軍と対峙(たいじ)しているし、いろいろな軍と何回も対峙し、何回も撃たれたんだから、かかってこいよ。対決をしようじゃないか。日本の行為こそが暴力的だ。われわれは暴力的ではない。われわれは誰にも危害を加えていない」と述べ、あくまでも自分たちの危険な行為を正当化した。

シーシェパードについては、2008年1月、乗組員が「第2勇新丸」に不法侵入し拘束された。
しかし、日本の調査捕鯨船にいる間の映像を見ると、不法侵入者は談笑するなど、非常にリラックスしていた様子が見て取れる。
日本鯨類研究所は、「彼らは着替えを持つなど、はじめから居座るつもりでいた」としている。
不法侵入者が「第2勇新丸」にいる間、シーシェパード側はワトソン船長らが、「彼らは拘束されている」と繰り返し主張していた。
さらに、食事を提供されると、「天ぷらが食べたい」という要望も出していた。
彼らは居座ることによって、拘束されていることをアピールしていた。




ちなみに、シーシェパードが日本船に投げつけた酪酸とはいかなるものなのでしょうか。

これはバターから得られたので「酪」酸という名前がついた、無色の油状液体です。ものすごく臭いそうです。どれくらい臭いのかというと、人の嗅覚ならば10ppm程度で識別できるくらい・・・・つまり、ほんの微量でも我慢できないくらいに臭いものです。

ちなみに、この海賊船長は酪酸を「自然で無害なものだ」と主張していますが、酪酸が生物に付着すると皮膚や粘膜に対して腐食をはたらきます。皮膚・粘膜に対して腐食をはたらくということは、水生生物に対しては有害であることは当然です。国際化学物質安全カード(ICSC)では、「漏洩物処理」項目において、環境中への放出を禁じているほどです。



こういうモノを投げつけておいて、「かかってこい!」とは・・・・しかも、対外的アピールのために他船に居座って「拘束されている」と虚偽を広めるとは言語道断です。

天ぷらだと言い張って鯨の立田揚げを食わせてやればよかったのに。本当に腹の立つ連中です。




2008年3月 6日 (木)

新会派結成

新聞報道でご存知のことと思いますが、このたび勝山市議会に新会派が結成されました。


会派構成議員は次のとおりです。

 倉田源右衛門議員
 山内征夫議員
 乾 章俊議員
 松山信裕議員
 松村治門

勝山市議会の中では一番年齢が低いのですが、二期生なのだから・・・ということもあり、私が会派の会長に就任いたしました。


私は、一期四年間の間、どの会派にも属さずに独りでやってきました。これには様々な理由があったのですが、一番大きな理由は、会派というものに対する矛盾・憤りがあったためです。

この矛盾を解消するために私に何ができるのだろうか?と考えたときに、「やはり会派の矛盾は、会派によって解消するより他にない」と決心し、会派結成に向けて動いた次第です。


私は急激な改革というものを好みません。なぜなら、5歳児が翌年に10歳になることはありえないからです。5歳児は1年後には6歳児にしかならず、それでも1年の間に大きな成長を遂げます。緩やかに、しかし確実に成長を遂げるような改革を私は望みます。仮に5歳児が1年間で10歳になるならば、それは「改革」ではなく「革命」です。そのような急激な変化は、徒に周囲を混乱させるのではないでしょうか。

2008年3月 4日 (火)

消防職員の検挙について

本日付の新聞報道でご覧になられたでしょうが、勝山市消防職員が酒気帯び運転で検挙されました。

他市で公務員による飲酒運転が問題になっている最中に、勝山市でもこういったことが起きるのは大変遺憾に思います。




そして、もうひとつ遺憾に思うのは、この新聞報道に一部誤りがあったことです。

件の消防職員は「停職12ヶ月」の処分に付するとの記事が出ましたが、正確には「停職6ヶ月」でした。そもそも勝山市条例において停職12ヶ月の懲戒処分は存在しません。

「停職12ヶ月」と「停職6ヶ月」では、事実無根であるばかりでなく与える印象がまるで異なります。第一、人事を扱う秘書課が市条例にも乗っていない懲戒処分をマスコミ発表するなどとは言語道断と言うより他ありません。


最近、こういった連絡の不備・ミスが勝山市では目だっているように感じています。「たかが連絡の不備・ミス」と軽視してはなりません。民間会社でこんなことは許されるはずもありませんし、ハインリッヒの法則(1つの重大事故の影には29の軽微な事故がある)の例えもあります。

この辺りは、しっかりとしていただかねばなりません。




市民各位におかれましては、明日の新聞で訂正記事が出るとは思いますが事実(停職6ヶ月)を正確に把握していただき流言に惑わされぬようお願いいたします。





2008年1月18日 (金)

勝山を覆う暗い影

目下のところ、今年から始まる後期高齢医療制度について 研究しているところですが、その検討のためにどうしても必要になるため、勝山市の将来人口予想をしてみました。


人口予想はよく耳にするところですが、自分でやってみるとかなり難しいものです。なにしろ予想阻害要因が多すぎますから。

しかし、勝山市規模の自治体においては誤差10%程度の予想ならば可能ではないかと、とあるソフトとコーホート要因法を用いて実行しました。

コーホート要因法については、ネット上で参考になる研究論文が多々落ちていますので興味のある方は当たってみてください。


初期設定値として重要なものは出生率なのですが、2050年の出生率を1.21程度に設定してみました。2000年の勝山の出生率は1.5程度なのですが、これが減衰していくと仮定しています。



さて、その計算の結果ですが・・・・正直、暗鬱な気分になりました。







2050年には、勝山市の人口は1万2000人を割り込みます。

問題は人口減ではありません。その世代別構成比率です。



1995年の国勢調査では、
 0歳~14歳割合・・・16.6%
 15歳~64歳割合・・・61.8%
 65歳以上割合・・・21.6%
であったものが、

2050年予測として
 0歳~14歳割合・・・9%
 15歳~64歳割合・・・46%
 65歳以上割合・・・45%
となります。


この数字だけはピンと来ないでしょうから、人口ピラミッド図をつけてみます。



2050


これが2050年の勝山市の人口予測におけるピラミッドです。









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ちなみに、左は2005年の勝山市の人口ピラミッドです。








もはや、2050年に至っては「若者が高齢者を支える」などというのは幻想であることがお分かりでしょう。

なぜなら、勝山における1年間の新生児数は70名程度になっているはずですから。






いきなり2005年から2050年までジャンプしたのでは、わかりにくいかと思われますので、ちょっと10年スパンで眺めてみましょう。


2010

これが2010年の人口予想のピラミッドです。







2020

2020年の人口予想ピラミッドはこのようになります。






2030

そして、20年後の2030年。この辺りに来ると、はっきりと若年層の減りを実感することができます。





2040

そして、2040年。この曲線の形は、2050年のものとほぼ同じです。逆に言えば、この段階でもう完成されたと見てよいでしょう。









ちなみに、「出生率を低く見積もりすぎではないの?」と思われる方もいらっしゃることでしょう。

そこで、出生率が2000年と同じレベルで2050年まで維持できたと仮定して、2050年の人口計算をしてみると、こんなピラミッドができあがります。


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・・・・同じ曲線を描くのです・・・・










出生率を高めることにより何とか対応できないものかと、私もこの計算をし始めたときに考えました。

しかし・・・・何度かシュミレーションしてみた結果、これが非現実的であることがよく理解できました。

65歳以上の年齢層の割合を、2050年において2000年レベルにまで落とそうとした場合、合計特殊出生率をどの程度上げなければならないのか。


・・・・・5.4です・・・・・


つまり、夫婦一組に対して6から7人の子供を産み育てていかない限り、2000年レベルの高齢化率まで復帰することはできないのです。








「40年も先の話なんてどうだっていいじゃない?」とお考えならば、あなたのお子さん、あなたのお孫さんのことを考えてください。

皆さんの将来のため、そしてお子さん・お孫さんたちの未来のために、私たちは真剣に考えねばならない時期に差し掛かっています。

2007年12月24日 (月)

12月定例会 終了

世の中、クリスマス一色ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。


この季節になると、まるで地域通貨のようにお菓子パッケージが各家庭を飛び交います。

もうしばらくすると、お正月。今度は本物の通貨が飛び交うのでしょう。行政では虚礼廃止が当たり前になっている昨今、この慣例も廃止してもらいたいのですが(落涙)・・・・






勝山市議会12月定例会も終わりました。

12月議会というのは、よほどのことがない限り難しい議案は上がってきません。事業系の補正予算はこの議会では上がってこないからです(通常、事業系の補正予算は9月定例会で上程されることが多い)。


ただ、一点。議会最終日で議員から上程された100条委員会設置議案だけは、説明が必要でしょう。

100条委員会とは地方自治法100条に定められた特別委員会のことで、議会独自の調査権を持つ強力な委員会です。数年前に農業委員会の不正問題に関して福井市議会で設置されたことがあります。

今回100条委員会を設置しようとする案件とは、6月に表面化した勝山市前建設部長の贈収賄事件です。これに関する調査をするべく、共産党議員団から100条委員会の設置の議案が最終日に提出されました。

私は、100条委員会を設置すること自体は別に賛成でも反対でもありません。むしろ、それを設置して果たして妥当な結論を導き出せるか否かを問題視していました。これは、司法警察が担当者を逮捕・拘留し、起訴され、裁判において結審したものをもう一度議会で調査して新しい結論を導き出せるか否かということです。共産党議員団の口ぶりを聞いていると、どうやら新しいニュースソースもないようでしたので、この議案に関しては反対の立場を取らせてもらいました。

議会にとって100条委員会とは、首長に対する不信任案決議と並んで最大の武器です。最大であるがゆえに、最後の武器とも言えるでしょう。抜いた後に「何も新しいことはありませんでした」では、議会の沽券に係わるのです。市長に対する当て付けや、市民に対するパフォーマンスで軽々しく設置するようなものではないと考えています。

恐らく、共産党議員団の皆さんは市政報告で声高に100条委員会の否決決議を問題視することでしょうから、言わせてもらいました。







数日前のことですが、高規格救急車の入魂式に出席しました。


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今回、2000万円以上の予算をつけて高規格救急車を勝山市が購入しました。左の写真のものがそれです。

笹が写っていますが、これは入魂式のためです。




これで、勝山市は高規格救急車2台、通常の救急車が1台という3台体制で臨むことになります。


Photo_3
ちなみに、左の写真の中央にあるのが今回購入した高規格救急車です。

一番右にあるのが、10年前に購入した高規格救急車です。
この救急車で既に10万キロは走っているそうです。

救急車で10万キロというのは、かなり走りこんだ方でしょう。職員の皆さんが手入れをされているとは申せ、よく走ったものだと思います。

そして、一番左にあるのが20年前に購入した救急車。まだまだ現役で走りますとのこと。


職員の皆さんの話を聞くと、本当に手入れをきっちりとされて物持ちを良くしようとされているのがわかります。


2007年12月19日 (水)

勝山市議会をyou tubeに!

こんな記事がありました。

自民党は18日、インターネットの投稿型サイト「ユーチューブ日本版」に公式動画サイト「LDP チャンネル(Channel)」を開設した。政治離れが進む若年層や無党派層へのアピールを狙った与野党初の試みで、福田康夫首相(総裁)、伊吹文明幹事長らのメッセージをはじめ、「ヒゲの隊長」で知られる佐藤正久参院議員による新テロ特措法案解説などが目玉。
URLは、
http://jp.youtube.com/LDPchannel 



勝山市議会の議会改革特別委員会においても、夜間議会や休日開催議会などが検討されてきましたが、あっさりと本会議そのものをyou tubeにアップすればいいと思うんですね。

一般質問だけでもアップすれば、市民が好きな時間に見ることができますし。

UFOの存在について国会答弁

議会という場は、議論の場です。ですので、原則として何を議論しても良いと言えば良いのですが・・・・果てさて、これは議論の対象として良いものなのでしょうか?


サンケイニュースより

先日民主党の参院議員から未確認飛行物体(UFO)に関する質問主意書が出され、本日、政府としては存在の確認していないなどとする内容の答弁書が出されたが、この質問の内容や答弁書の内容について長官の考えは
「うーん、まあ、あのー、政府のそれは公式答弁としてはですね、UFOの存在は確認していない。だから、対策なども特段検討していないという極めて紋切り型の答弁しかないだろうと思いますけれども、あのー、私は個人的には、こういうものは絶対いると思っておりまして。個人的な、個人的な意見でありまして、政府答弁は政府答弁であります。そうじゃないと、いろんなところにあるね、ナスカ(の地上絵)のああいう、説明できないでしょ。と、思っているんですけれどもね。ま、ちょっと、これ以上広げないようにします。どうも。毎回、こういうご質問をお願いいたします」




さて、やたらと町村官房長官の発言が注目されていますが、注意深く観察していけば民主党から出てきた質問主意書がそもそものスタートラインです。

この質問主意書を出したのは民主党の山根隆治議員。12月10日に質問主意書を提出し、18日に答弁書を受理しています。
(しかし、官僚の方々もこの答弁書を書くのには苦労したことでしょうw)







まあ、冗談みたいな質問ですので、町村官房長官も軽く答えたのでしょう。




それはロイターの記事からも明らかです。

TOKYO (Reuters) - Yes, UFOs do exist, Japan's top government spokesman said on Tuesday.

The comment by chief cabinet secretary Nobutaka Machimura drew laughter from reporters at his regular briefing on government policy.

Earlier the cabinet, responding to an opposition lawmaker's question, issued a statement saying it could not confirm any cases of unidentified flying objects.

"This is an issue that the nation is interested in -- it is a defence issue and a confirmation operation needs to take place," Ryuji Yamane, a lawmaker from the main opposition Democratic Party who submitted the question to the cabinet, told Reuters.

"But the government does not even try to collect information necessary for the confirmation."

Machimura, asked about the government's view on UFOs at a regular press conference, told reporters that the government can only offer a stereotyped response.

"Personally, I definitely believe they exist," he said, apparently tongue in cheek.

But the prime minister stuck to the official view.

"I have yet to confirm (that UFOs exist)," Prime Minister Yasuo Fukuda told reporters later in the day.

(Reporting by Yoko Kubota and George Nishiyama, Editing by Michael Watson)

適当に訳してみました。

東京(ロイター)

日本政府のスポークスマンは火曜日、UFOが存在すると語った。

定例記者会見での町村信孝官房長官のコメントは、記者からの笑いを誘った。政府は、野党議員の質問に対して未確認飛行物体の存在を確認することができないと述べた。

「これは国家として興味のある課題です。それは防衛問題であり確認する必要はある」と政府に質問書を提出した山根隆治民主党議員はロイターに語った。「ところが、政府は確認のために必要な情報すら得ようとしない」

町村官房長官は、定例記者会見でUFOに対する政府見解を求められたが、政府としては紋切り型の答弁しかできないと語った。

「個人的には、確かに存在していると信じている」と彼は言うが、明らかにからかっている

もっとも、首相は公式見解を崩そうとはしない。
「私は(UFOの存在を)確認していない」福田首相は記者団に対して語っている。





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森博嗣(ミステリィ作家にして、元国立大学工学部助教授)ならば、

「君は、自分を宇宙人だとは思わないのかい?君はどこに住んでいると思っているの?」

・・・と答えそう。そんな問答が左の書にあったようにも記憶しています。








2007年12月10日 (月)

例規集アップ

12月3日より、勝山市のHP上にて勝山市例規集がアップされています。


国が法律に則って行政事務を執行するように、勝山市は条例に則ってその事務を行います(もちろん法律にも則っています)。その条例・規則がHP上で公開されないのはなぜかと議会でも何度か質問してきましたが、予算上の制約から今までなかなかできませんでした。

今回、晴れて例規集がHPに出ました。市民の皆さんにおかれましては、利活用していただきたいと思います。

12月一般質問

妻と部屋を片付けてコタツを出しました。いよいよ、コタツのシーズンです。

寒くなってきましたが、風邪など召されぬよう。私はようやく風邪から抜け出しました。







さて、明日から12月議会は一般質問に入ります。

今回の私の一般質問は、おそらく火曜日の午後からでしょう。



内容としては、前々から気になっていた勝山市の電算システムについて質問します。

この電算システムは総予算額が1億4000万円規模です。その規模以前に、この1億4000万円のうち、6割近くが特定の企業に発注されているという点が納得いきません。

他の一般会計の中で、そんな予算執行をしているところがあったら大問題です。例えば、土木費の6割が特定の企業に発注されていたという事態が生じていたら、市民も納得がいかないでしょう。

ならば、なぜそんな事態が生じていたか。理由は2つです。

(1)市民の目に触れる機会の少ない電算システムであるから。
(2)ベンダーロックインが生じているから。

(1)は納得いただけるでしょうが、(2)は若干の説明が必要でしょう。電算システムというのは、各自治体の実情に合わせてカスタマイズしていくものです。すると、A社が市の電算システムに入った時点で、次の入札時にB社は入りにくくなってしまっているのですね。すると競争原理が全く働かない状態が生じてきます。特定のベンダー(製品等を売る企業)にがんじがらめにされているこの状況をベンダーロックインと言うのですが、勝山市はこのベンダーロックインに陥っているのではないかと常々感じていました。


それで、市役所の職員の方々に伺うと、6~7年かけてパッケージソフトを買うという形に持っていくというわけです。これはどういうことかというと、今はA社ならA社が単独で一から業務プログラムを作り上げているわけです。この業務の内容を細分化して「甲という業務分野のソフト」「乙という業務分野のソフト」をそれぞれ買っていこうという意味です。そのソフトを購入する際に競争原理が働くと。

一見すると、確かにコスト面では安くなりそうです。しかし、これは発展性に薄いように思われます。なぜなら、業務の統括・効率という点で何も進んでいませんから。

「行政の縦割り」という問題点はしばしば指摘されるのですが、電算システムにおいてもこの縦割りは厳然としてあるのです。つまり、縦割りシステムの効率化をいくら図ったところで、市民のサービスが向上するわけではありません。

事実、総務省はEA(エンタープライズ・アーキテクチャー)の概念を前面に押し出して、電算システムの最適効率化を図る方向性に乗っています。

そのような中で、勝山市の電算システムをどのように持っていくべきなのか・・・・というのが、今回の私の一般質問です。


2007年12月 7日 (金)

パックス・シナの到来?

2週間ほど前のことです。産経新聞を読んでいたら、トルコの政治家(官僚?)のインタビュー記事が掲載されていました(すみません。名前は失念しました)。

彼が「冷戦終了後は、再び帝国主義の時代に入った」と述べていました。

曰く、冷戦という枠組みの中でトルコという国家は、地政学上の価値が高かった。そのせいで非ヨーロッパ諸国でありながらNATOに加盟もできた。しかし、この冷戦構造が終了した後で空気は一変した。それぞれの国家がそれぞれの国益を求めて活動し始めるようになり、トルコの地位は極めて微妙なところに置かれている・・・

私が面白いと感じたのは、帝国主義下で国家がどのようにこの波に抗うかという点を彼が強調していた点です。






この点にたどり着くまでには少々、説明を要します





アメリカの覇権主義はグローバライゼーション(もしくはグローバリゼーション)という名の下に行われました。

これ、単純に言えばWindowsがやってることと同じなんですね。マイクロソフト社のウィンドウズは皆さんご存知のように、世界標準のOSとして君臨してきました。

アメリカのやり方は、このマイクロソフト社のやり口と同じと考えてもらえれば結構でしょう。世界の「標準」という枠組みを自分自身で作ってしまい、その枠組みの中に皆を囲い込んでしまう。囲い込むまでは色々と甘い言葉やら利益供与やらをするわけです。ところが、一旦囲い込みに成功した後は、もうやりたい放題ですね。なぜなら、その中でのルールそのものを支配しているのですから。





さて、このアメリカのグローバライゼーションに対して、思想的に対抗しようとしたのが、ネグリ&ハートという人たちでした。彼らが書いた『帝国』という書は、かなり売れました。



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この内容を「マルティチュード」やら「エクリチュール」などという訳の分からない言葉を使わずに、敢えて乱暴にまとめるならば、こういうことになるのでしょう。

曰く、アメリカのグローバライゼーションに立ち向かうためには、全世界をひとつとする市民の連帯が求められる。グローバライゼーションによって、「国境」はなくなった。つまり国家という枠組みそのものが無意味になっている。ならば、アメリカに虐げられている人たちよ、今こそグローバルな市民連帯を目指そうではないか・・・・


・・・・ということになるんでしょうね、やはり。なにしろ、この本。『帝国』というタイトルのくせに、帝国の「権力性」の分析すらしていない。超国家的権力構造の分析という割には、IMFや国連のことはおざなり。すると、やっぱり言いたいのは「市民の連帯!」としか思えません。



さて、この本。売れました。
なにしろマルクス主義が冷戦終了によって壊滅的打撃を受けてから、マルキストたちは苦難の道を歩いてきたわけです。ようやく現代の『共産党宣言』が出てきたとばかりに、諸手を挙げて迎えられました。







その状況を見ていたラディカル・デモクラシスト(これは民主主義の原理を徹底的に突き詰めて適用しようという思想です)のシャンタル・ムフなどはバッサリと切り捨てます。

彼女が言っていることをまとめると、こんな感じでしょうか。

曰く、そんな世界単位の市民連帯なんてできるわけないじゃない。第一、政治的にものすごく鈍感ですよ。アメリカがグローバライゼーションをひくといっても、それはひとつの国家が暴力から何までを独占する状態でしょう?そんなところに市民が立ち向かっていって何ができるというの?常識的に考えて、アメリカに立ち向かおうというのなら国家という枠組みなくしては無理でしょ?




私もムフの意見に賛成です。そう思うからこそ、冒頭で述べたトルコの人の言葉が興味深かったのです。

所詮は、グローバライゼーションと言っても、国家という枠組みを前提として造られているシステムです。問題は、そのルールをアメリカが独占しているという点にあるわけで、『帝国』はそもそも論点がずれているのです。


さて、そこでこの「ルールの独占」について、興味深い話をひとつ。



中国がアメリカのグローバライゼーションの枠組みに乗ろうと考えているようです。


例えば、国際標準化機構という組織があります。この名前でなじみがなければ「ISO」という表記ならば耳にされたことがあるでしょう。

さて、この国際標準がなぜ重要になってくるのかと申しますと、TBT協定というものがあるからです。この協定は「貿易の技術的障害に関する協定」という名前なのですが、この中でWTOに加盟している国家は、自国の独自の規格よりも国際標準規格を優先しなければならないと定められています。

最近でいうと、DVDの規格やMPEGの規格などがこれに当たります。昔で言えばベーターとVHSの争いみたいなもので、国際標準の地位を占めた会社が勝ちになるわけです。

さて、この国際標準に関して、中国は2006年の2月に国家中期科学技術発展規画綱要を出して、国家戦略として国際標準を勝ち取っていくという方向性を明らかにしています。

そして、その戦略に則って、国際標準化機構の小委員会の議長をバンバン取っているわけです。


すると何が起きるのか。

「中国仕様」が国際標準になってくるわけです。


一例を。

EVDという言葉を聴いたことがあるでしょうか。こういうと身も蓋もないのですが、日本でこんな言葉を聞くことはないでしょう。なぜなら、中国でしか通じない技術用語ですから。

これ、日本ではDVDのことです。中国が独自に開発したと主張するDVDをEVDと呼んでいます。張宝全という人が中心になって開発したそうですが、中国国内ではこれが主となっておりDVD自体は2008年で生産中止にするそうです。

さて、先ほど「中国が独自に開発したと主張する」と言いましたが、これには訳があります。中国開発者たちはこのEVDには7つの特許が入っていると主張しているそうですが、日本の技術者に言わせるとほとんどは日本の技術の盗用だそうです。

ただ、このEVDが国際標準になってしまえば、日本はEVDの仕様に変更せざるを得ないのです。これが国際標準の怖さです。そして、その小委員会に中国はどんどん人を送り込んでいる。



つまり、アメリカのグローバライゼーションを今度は中国が真似し始めたということです。







このグローバライゼーションに対して、ハート&ネグリのように「人民の連帯」で対抗できるわけがありません。やはり国家として戦略的に立ち向かっていって欲しいですね。



でも・・・・福田首相にそれができるかというと心もとないです。正直。


なぜなら、戦略以前のところで不安があるから。




そういえば、こんなことがあったそうです。

李登輝氏が来日したのは今年の5月30日のことですが、その直後に開かれたドイツサミットにおいて、中国側は李登輝来日に対して異議を唱えて胡錦濤主席との首脳会談に応じないと言ってきました。

この言いがかりに対して、安倍前総理は「サミットにおいて中国はオブザーバーではないか。そのオブザーバーが正式メンバーであるわが国に対して、この機会をとらえての首脳会談で文句をつけるとはなにごとか」と黙殺したそうです。すると中国が折れて首脳会談に応じ、あまつさえ会談内容で李登輝問題には一切触れなかったと。

結局、外交とは「対等な国家」という建前をどこまで貫き通せるのかにかかっています。対等な国家通しなのだから「理」がない主張には断固として反対する。安倍前総理は、その「理」を突き通したわけです。

こういった戦略以前のところで、福田首相には不安が残ります。

頑張って欲しいんですけど、本当に。

2007年11月23日 (金)

消費税10%について

消費税に関する増税論議があがってきていますが・・・・・


読売新聞より

自民党の財政改革研究会(会長=与謝野馨・前官房長官)は21日、財政の健全化に向けた中間報告をまとめた。

消費税を、国民に社会保障サービスを提供するための財源とはっきり位置づけ、「社会保障税(仮称)」に改称することを提言した。団塊の世代が年金受給者になってくるなど増え続ける社会保障費を賄うため、消費税率は2010年代半ばに、少なくとも10%程度まで引き上げる必要があると指摘した。

09年度には基礎年金に占める国の負担割合が引き上げられ、消費税率で1%に当たる2・5兆円も国の出費増になることに加え、11年度に基礎的財政収支を黒字化する政府目標を達成するため、「早期に税制上の措置を講じる」と明記した。09年度と10年代半ばの2段階で消費税率を引き上げるべきだとの考え方を強くにじませた。

国の財政全体のあり方については、社会保障とそれ以外の分野に大きく二分し、社会保障は基本的に消費税(社会保障税)だけで賄う仕組みにするよう求めた。社会保障サービスが消費税に支えられていることを分かりやすくすることで、消費税率引き上げに国民の理解を求める狙いがある。



財政のあり方をわかりやすくするのは良いことです。その意味で、財政全体のあり方を「社会保障とそれ以外の分野に大きく二分」することについては、賛成です。

ですが、「社会保障とそれ以外の分野に大きく二分」して、その一方の社会保障に消費税をぶち当てるというのは賛成しかねます。なぜなら、社会保障の分野に消費税を充当するという大義名分を立ててしまったならば、社会保障費が増大するに比例して消費税も上がっていかねばならないからです。これから更なるスピードで少子高齢化が進んでいくことは火を見るより明らかです。この自民党案では、その少子高齢化に引きずられて消費税が際限なく上昇しないような歯止め案が見えてきません。




ちなみに、これはあまり表に出てこないのが不思議なのですが、財務省の諮問機関である財政制度等審議会が10月26日に、実質的な日本の破産宣告をしています。

財政制度等審議会(財務相の諮問機関)は26日、日本の国家財政が歳出削減や増税などの再建努力を怠って悪化の一途をたどった場合、2050年度時点で、国と地方を合わせた借金の残高が今の5倍以上にあたる約4000兆円にまで膨れ上がり、国内総生産(GDP)の4倍にも達して完全な破綻(はたん)を招くとの試算をまとめた。

財政審が国の借金の超長期の見通しを示すのは初めて。福田政権の重要課題に浮上した消費税率引き上げ論の本格化をにらみ、財政再建の必要性を強調する狙いとみられる。西室泰三会長も「建議(意見書)に反映させたい」との考えを示した。

試算は、財政赤字の縮小を掲げる欧州連合(EU)各国が採用する債務残高の長期推計に基づき、社会保障の給付と負担に関する厚生労働省の長期見通しを加味して作成した。前提となる名目GDP成長率を07~11年度は2・5~3・2%、その後は少子高齢化の進展に伴う労働人口の減少などで1・0~1・6%とした。EU各国は条約で債務残高の対GDP比を原則60%内に抑えるよう定めているが、日本は07年度で142%に達する見通し。50年度時点でEU条約と同じ60%まで引き下げるには、現時点で消費税11%分にあたる28兆円超もの収支改善努力が必要としている。


ここで誤解を招くといけないので補足しますが、財政制度等審議会は消費税を11%に上げよと主張しているのではありません。消費税11%にあたる金額の収支を改善しなければ破綻する恐れがありますと主張しているのです。

これは財政制度等審議会がまとめた「
平成20年度予算の編成等に関する建議」でも明らかです。支出部門をなんとか抑制しないとこのままでは・・・・という思いがひしひしと伝わってきます。






しかし、支出を抑えるというのは生半可なことではありません。今まで出していたものを切るわけですから相当の抵抗が起きることが想像できます。

私がかねてより主張していたのは250兆とも300兆とも言われる日本国の特別会計予算を透明化することです。

具体的には、独立行政法人の会計を徹底的に透明化することですね。私は独立行政法人の全てが間違っているとは考えていません。元々、独立行政法人とは国のやるべき仕事を肩代わりしてやってもらっている団体です。ただ、それが慣習化していくと、妙な弊害が生じることもまた事実です。

例えば・・・・

日経新聞より

 
政府の事業を分離・独立して運営する独立行政法人(独法)で、15法人の繰越欠損金を処理するために、5兆円強に上る政府出資金が使われていたことが分かった。会計検査院が9日提出した2006年度の決算検査報告書で明らかにした。政府出資金は国の毎年の一般会計からも支出する
 税金。欠損金処理後も再び赤字が積み上がっているケースもあり、検査院は経営改善の努力を強く求めている。

 検査院は独立行政法人のうち国の出資が2分の1以上で、設立時に作った中期経営目標の期間が今年度末で終わる25法人を対象に調査した。

 報告書によると、03年10月から04年3月にかけて15の法人が独法に移行する際、巨額の繰越欠損金を抱えていた。欠損金を解消するため、いずれも政府からの出資金の蓄えで会計上、相殺。相殺額は計5兆4679億円に上ると指摘している。

2007年11月 2日 (金)

鳩山大臣、再び!

もう、何が何だか分かりません・・・・鳩山大臣。



 鳩山邦夫法相が31日の衆院法務委員会で、田中角栄元首相の私設秘書時代、米国防総省(ペンタゴン)から、毎月のように接待を受けていたことを明らかにした。事実上、米国の情報収集の協力者(スパイ)だったことを認めたもので、先日の「友人の友人はアル・カイーダ」発言と合わせて、大臣としての資質が問われそうだ。

 衝撃発言は、民主党の河村たかし議員の質問中に飛び出した。河村氏が日本の情報収集について質問していたところ、鳩山氏は指名もされていないのに突然、「委員長!」と手を挙げて立ち上がり、河村氏が「大臣、何ですか?」と驚いている間に、こう語り始めたのだ。

 「思い出を話させてほしい。私が田中角栄先生の私設秘書になったとき、毎月のように、ペンタゴンがやってきて食事をごちそうしてくれた。当時、私は金がありませんから『ウナギが良い』とか『天ぷらだ』などと言ってた。私は1円も払っていない」

鳩山氏は発言後、「ペンタゴンは情報収集にお金をかけている。日本の外交や防衛も情報収集には(お金を)潤沢に回した方がいい」と真意を語ったが、国防総省のヒューミント(人間による情報収集)で、自分が協力者(スパイ)だったことを事実上認めたもので、お金うんぬんといったレベルの話ではない。



何というか・・・・こういう事を平気で言ってしまう政治感覚が私には理解できません。もう、何でもありなんでしょうか。



そのうち、法務委員会で「委員長!」と手を挙げて立ち上がり、委員長が「大臣、何ですか?」と驚いている間に、こう語り始めるかもしれません。
「思い出を話させて欲しい。実は、私はサンジェルマン伯爵・・・・」

2007年10月30日 (火)

ε= (´∞` ) ハァー

これは失言というレベルの話ではありません。




TBSニュースより

鳩山法務大臣が29日午後行われた外国特派員協会主催の講演会で、「私の友人の友人はアルカイダだ」などと発言しました。

「私の友人の友人がアルカイダなんですね。2、3年前は何度も日本に来ていたようです。『バリ島の中心部は爆破するから近づかないように』というアドバイスは受けていました」(鳩山邦夫 法相)

鳩山大臣はこのように述べ、「友人の友人がアルカイダで、バリ島の爆破事件を予告された」などと発言しました。

しかし、この発言が物議をかもしたため、大臣は夕方になって急きょ会見を開き、「海外にいる趣味のチョウの愛好者仲間から伝え聞いた話だった」と釈明しました。

「舌足らずで、ミスリーディングな部分がありましたので、明確に訂正したい。我々愛好者グループの人間にそういう事前予告があったことは事実でございます、伝聞としては事実でございます。“We”という部分が“I”になっていたことについては、反省いたしております」(鳩山邦夫法相、午後5時15分ごろ)

鳩山大臣は、「予告電話があったこと自体は間違いないが、自分が話を聞いたのは、事件の3、4ヶ月後で、発生前に計画を知っていたことはない」としています。



な、なんと・・・「私の友人の友人がアルカイダ」とは。しかも、バリ島の爆破事件を予告されていたと自らが暴露してしまうお粗末さ。

いくら訂正したところで意味はありません。


世界中にこの発言は報道されてしまいましたから。







ちなみに、ロイターはこのように扱っています。


TOKYO (Reuters) - Japan's justice minister said on Monday that a friend of a friend was a member of al Qaeda and had entered the country on various fake passports -- justifying a new system for fingerprinting foreigners on entry to the country.

Kunio Hatoyama said the man had been involved in a bomb attack on Bali and that he personally had received a warning to stay away from the island for safety reasons.

It was not clear which bombing he was referring to. An attack in 2002 killed 202 people, most of them foreign tourists, while another series of bombings in 2005 killed 20 people.

"My friend's friend is a member of al Qaeda," Hatoyama told a news conference on Monday. "I have never met him, but I heard that two or three years ago he came to Japan several times," he added.

Hatoyama said the man had entered the country on various passports, an example that he said showed the need for a new system for fingerprinting foreigners at immigration set to start on November 20.

"Each time he used different passports and was able to disguise himself with different beards so that he could not be recognised among all the foreigners," Hatoyama said of the al Qaeda member.

Almost all non-Japanese will be required to give fingerprint scans and have digital photographs taken on arrival at Japan's international airports and ports from next month.

The plan has sparked anger among the country's more than two million foreign residents and Amnesty International says it is likely to encourage discrimination. 

【和訳してみました】

東京(ロイター)-日本の法務大臣が月曜日に語ったところによれば、彼の友人の友人がアルカイダのメンバーであり様々な偽造パスポートによって入国していたとして、入国時の指紋採集システムを正当化した。

この男はバリ島で起きた爆弾事件に関与しており、鳩山邦男自身も安全の面から個人的に島を退去するように警告を受けていたと述べている。

鳩山がどの爆破事件について言及したのかは不明だが、2002年に多くの外国観光客を巻き込んで202名の死亡数を出した爆弾事件か、2005年に死者20名を出した爆破事件を指しているものと思われる。


「私の友人の友人は、アルカイダのメンバーです」と鳩山は月曜日の記者会見で述べた。「私は彼に会ったことはない。しかし2,3年前に日本へ数回来ていると聞き及んでいる」と彼は付け加えた。

この男は様々なパスポートを使って入国しているとして、11月20日に始まる外国人入国管理における指紋採集の新システムの必要性の一例に挙げた。

「その都度、彼は異なるパスポートを使うし、毎回違うひげをつけて変装することができる。その結果、彼は違う外国人として認識されてしまうのだ」と鳩山はアルカイダのメンバーについて言及した。

来月から、ほとんどの外国人が日本の国際空港に到着した際に指紋をスキャンしてデジタル写真を撮ることになる。

この計画は、200万人以上の外国人居住者の怒りを煽り、アムネスティ・インターナショナルは差別を助長するものとしている。


要するに、新しい入国管理システムを正当化したかったのでしょうね。鳩山大臣。

ただ、その例えが「日本には不法入国する外国人がいる。その中にはアルカイダのような危険人物もいる。そのひとりが私の友人の友人だ」というのはまずかったですね。


少なくとも、記事をじっくりと読めば鳩山大臣の言いたかったことはわからなくもありませんが、このロイターはそういう趣旨で記事を書いてはいません。


だって、上記の記事のタイトルは
“Japan justice minister claims al Qaeda connection”
ですから。

「日本の法務大臣。アルカイダとの関係を公言」・・・・




もはや失言というレベルの話ではありません。一国の大臣がテロ組織とつながっていると自ら告白しているのです。鳩山大臣がどのように思っていようとも、海外ではそのようにしか受け取られません。

2007年10月 7日 (日)

ふるさと納税?

いよいよ、あの「ふるさと納税」が現実味を帯びてきました。




アサヒ.コムより。

住んでいる自治体に納める個人住民税の一部を他の自治体に回せるようにする「ふるさと納税」の仕組みが固まった。総務相の諮問機関「ふるさと納税研究会」が5日、最終報告書をまとめた。他の自治体に寄付をすると、そのぶん住民税の納税額を控除する方式をとる。ただし、5000円は事実上の手数料として控除の対象から除くほか、納税額の1割を控除の上限とする。本籍地や出生地といった「ふるさと」以外への寄付にもこの制度を適用する。

 総務省は08年度税制改正にこの制度を盛り込み、来年の通常国会への改正法案提出を目指す。

 自治体への寄付に関する控除としては、国税である所得税の寄付金控除制度がすでにある。二つの制度を活用すれば、
(1)寄付金から5000円を差し引く
(2)寄付金控除制度による所得税の軽減分をさらに差し引く
(3)差し引いた後の金額が住民税額から控除される――という仕組みだ。

 給与収入が年収700万円の夫婦と子ども2人の標準的世帯の場合、住民税額は29万6000円で、3万7888円までの寄付なら手数料5000円分を差し引いた分が全額控除される。

 「ふるさと納税」は、都市と地方の税収の格差是正などを目的に、菅義偉・前総務相が提唱した。ただ、住んでいる自治体からサービスを受ける見返りに住民税を払うのが原則のため、「ふるさと」への直接の納税ではなく寄付とする形に落ち着き、1割という上限も設けた。このため、都市と地方の格差是正の効果は薄いとみられている。


・・・・?・・・・

これは一体全体何なのでしょうか。5000円も手数料を取るというのは、ちょっと常識はずれのような気がします。




この「ふるさと納税」はその趣旨においてわからなくもないのですが、制度としてはいかがなものかと私は考えています。

そもそもこの「ふるさと納税」が「一極集中する税収を地方に分配する」という趣旨であるならば、その機能を果たしてきたのは地方交付税であるはずです。その地方交付税が機能不全に陥ったから、それじゃ「ふるさと納税」を実施するというのは本末転倒。




類似の制度に、私も勝山市議会の一般質問で導入を呼びかけた「1%税」があります。これは、住民税の1%に当たる額をそれぞれの納税者が任意の市民団体、まちづくり団体に寄付するというものです。例えば4万円の住民税を納める市民が「このまちづくり団体はいいことしてる。私はここに住民税の1%を寄付しよう」ということになれば、4万円の1%に当たる400円を当該団体に寄付し、市は残る39600円を住民税としていただくことになるわけです。市税における住民税総額の1%が概ねエコミュージアム助成金と同等の額であることに鑑みて、私はこの提案をしました。

この施策のメリットは、各市民団体は自己の活動について積極的にPRをしなければならなくなること。及び、市民からの寄付行為により成り立つという責任感も生じさせること。また、寄付者が増えることにより市民活動に対する意識の向上などが挙げられます。

ただ、この「1%税」は市内でやるから良いのです。仮にこれを全国で繰り広げたらどうなるでしょうか。過剰なPR合戦や、下手をすれば「旨いものプレゼント」のようなお土産つきで「税金誘致合戦」が繰り広げられるかもしれません。「ふるさと納税」の行き着く先は何となくそんなところかもしれません。




ちなみに、あれだけ「ふるさと納税」に反対し続けてきた石原都知事がこのシステムならばと納得したそうです。それを聞いただけでもこの新税制の効果が薄いことが容易に想像できようというもの。

本当に地方のことを考えているならば、まずは地方消費税を1%から3%程度に増額してもらえないでしょうか。現行制度では、消費税5%は内訳として4%が国へ、1%が地方へという配分になっています。これを2%が国、3%が地方としてくれた方がよほどありがたいですね。



さらに言わせてもらうならば、地方から大都市部へと移転した本社登記をもう一度地方へ呼び戻すようにしてくれた方がありがたいというもの。

2007年10月 6日 (土)

子育てを困難にさせる民主党法案

選挙対策の冗談かと思っていたのですが、本気だったんですね。民主党さん。



朝日新聞より


民主党の参院選マニフェスト(政権公約)の目玉の一つで、今国会への提出をめざす「子ども手当法案(仮称)」の概要が3日わかった。中学校修了までの子ども一人につき、国が月2万6000円を支給することが柱で、親の所得制限や国籍要件は設けない。財源として5兆8000億円が必要と試算した。

 3日の同党「次の内閣」で大筋で了承され、今月中旬までに法案化する。法案は「子どもの成長および発達」を目的としている。支給額は、子どもに食費や教育費などで月約2万5000円かかるという各種調査の試算をもとに設定した。

 現行の児童手当は、国と地方、事業主らが負担する。3歳未満は月1万円、小学校修了までは第2子までが月5000円、第3子から月1万円で、会社員世帯(親子4人)であれば年収860万円未満など所得制限もある。



所得制限なしというのはともかくとして、国籍要件は設けないというのはいかがなものかと思います。いずれにせよ、ものすごいバラマキ政策であることは確かです。


さて、この政策を聞いて「それはすばらしい!」と考えるのであれば、次の記事をご覧ください。

日経ネットより



民主党が今国会で参院に提出する「子ども手当法案」の骨格が3日、明らかになった。所得制限を設けず、中学卒業までの子ども1人あたり月額2万6000円を支給するのが柱。財源は約5兆8000億円を見込み、将来的には全額国庫負担とする。安定財源を確保するため、付則に所得税の扶養控除などの廃止を明記する。

 子ども手当は民主党が先の参院選マニフェスト(政権公約)に「三つの約束」として盛り込み、小沢一郎代表が今国会での法案提出を指示していた。


以前、このブログでも「そのような公約は財源を確保してから言って欲しい」と述べましたが、財源の確保についてはウルトラCが用意されていたわけです。「扶養控除廃止」・・・さすがにこれは思いつきませんでした。

あら、扶養控除を廃止するのですか・・・どう考えても、助成をもらうより控除をなくす方が痛手なんですが。つまり、こういうことですね。中学校卒業までは国からの助成があたります。しかし、義務教育を終えた後には、助成は打ち切り、扶養控除もありません・・・と。

子供を育てる親たちにとって、最も金銭的な負担がかかる高校~大学時をケアしないという素晴らしいこの法案。果たしてどうなるのでしょうか。




2007年9月22日 (土)

総務文教委員会

昨日は、9月定例会総務文教委員会の開催日でした。



そもそも、委員会とは何をするところなのかと申しますと・・・9月定例会で審議しなければならない議案が例えば30件あったとします。この30件を全議員でやっていたのでは、時間がかかって仕方がありません。そこで、各委員会に「この案件を審議して欲しい」と付託するわけです。

総務文教委員会は、総務部・消防署・教育部の行政部を担当する委員会ですので、このジャンルの議案を委員会にて審議することになります。


さて、9月定例会の総務文教委員会に付託された事件は、議案3件・請願1件の計4件でした。珍しい・・・と言うべきか、えらく議案数が少なかったため、前々から気になっている事件を委員長権限により議題とすることにしました。

鹿谷小学校体育館の問題です。


鹿谷小学校の体育館は市内に現存する学校体育館としては最も古いもので、その耐震強度が直近の検査により非常に問題ありと出ています。学校体育館は、教育活動のみならず、地域の社会教育活動や非常防災時の施設としても重要な役割を果たす建物です。このまま、放置しておくわけにはいきません。そこで、教育部の理事者に対して
 (1)どのような計画を持っているのか。
 (2)計画の進捗に応じて、児童の教育活動並びに社会教育活動はどのように行う考えか。
 (3)PTA等各種関連団体への説明はどのように行っているのか。
につき、詳細な説明を求め議論しました。


教育委員会・教育部が地元PTA等の団体への報告に慎重を期して進めていることもあり、本当はこのブログでその内容等をお伝えしたいところですが差し控えることに致します。ただ、教育委員会・教育部としては鹿谷小学校の体育館について計画をすでに立てていること、その計画はすでに動き始めていることだけはご報告しておきます。





2007年9月13日 (木)

安倍総理辞任!!

昨日は勝山市議会9月定例会の初日でした。いつものように、山岸市長の所信演説を聴き、議案の提案理由を理事者より受けて、午後から全員協議会にて様々な問題の議論を詰めていき、3時の休憩の時にふと着信メールを確認したら「安倍首相が辞任したそうだよ」との知人からのメールが。


慌てて別の会派室のTVを見ると、確かに特番が組まれて安倍総理辞任の件ですったもんだしていました。

「なぜ?このタイミングで辞任しなければならないの?」というのが正直な感想でした。




おそらく後世の歴史家たちは安倍総理を2つの点で記憶するでしょう。

ひとつは、教育基本法を改正したことに加え、国民投票法や公務員改革法などの重要法を成立させた総理として。

それだけでなく、朝鮮総連への不正を明らかにし、防衛省への昇格や、少年法改正、教員免許制度の改正、犯罪収益移転防止法の制定、天下り制限など短期間にこれだけのことが成されたのです。

その意味で安倍内閣は4~5つくらいの内閣がやる仕事を1年のうちに成し遂げたと見てもおかしくはありません。実績という面で客観的に眺めれば、安倍内閣は出色だったのです。



もうひとつは、その引き際の「みっともなさ」で。








安倍内閣が掲げた「戦後レジームからの脱却」は、非常に魅力あるテーゼでした。

「戦後レジーム」とは詰まるところ何か。それは「アメリカからの脱却」です。7月17日のブログで書いたように、未だに日本は精神的に独立した国家とは言えない状況にあります。佐伯啓思氏(京都大学教授)は「右だ左だ、保守だ革新だとやかましいが、結局は同じコップの中で騒いでいるだけにすぎない」と論じています。佐伯氏の言う「同じコップ」とは、詰まるところ「アメリカ」に他ならないわけですね。

この場合のアメリカとは、国家としてのアメリカを指すものではありません。強いて言うなれば「アメリカニズム」というべきでしょう。それくらいアメリカニズムは強力で、しかも我々の生活・思想に入り込みすぎて気づきにくくなっています。そのアメリカニズムの側面をとりあげて、やれ保守だ、革新だと騒ぎ立てているのが今の言論状況なのだと佐伯氏は主張するわけです。

そして、無念なことに前任の小泉純一郎氏がアメリカニズムとの距離を一挙に縮めてしまいまったことは、アメリカからの『年次要求書』を唯々諾々と受け入れ続けた点だけを見ても明らかでした。
(この件については、私のブログでも述べさせていただきました。もしも、関心がおありの方は、『新・月下独酌』をご覧ください)

その意味で、安倍内閣の掲げた「戦後レジームからの脱却」を是非とも完成させて欲しかった。否、ひとつの内閣で完成できるものではないとわかってはいても、それに夢を見た人間のひとりとして残念でなりません。

2007年9月12日 (水)

9月定例会開催

本日9月12日より、9月定例会が開催されます。

19日・20日が一般質問の実施日となります。是非、市民の皆さんには傍聴にお越しください。議会まで来ることができないという方には、お近くの公民館でもご覧になることができます。


ちなみに、私の一般質問は19日の午前11時からです。

質問事項は、今のところ
(1)観光業活性化へ向けての「勝山ブランド」の育成について

(2)投票率向上へ向けての取り組みについて
の2点を考えています。
(もう1点増えることがあるかもしれません)

2007年9月10日 (月)

自治体とお金

自治体運営にとって、最も重要なものはなんでしょうか。


これは言うまでもなく、「お金」です。一般の家計と同様に、自治体もお金がなければ何もできません。

もちろん、行政サービスの全てがお金でまかなわれるものでもありません。例えば、市民課の窓口へ行って際に、にこやかな対応がある・・・・これなどは、お金のまったくかからない行政サービスです。ただ、にこやかな対応も必要ですが、やはり金のかかる行政サービスもあるわけです。


そのお金ですが、皆さんの税金によってまかなわれていることは言わずもがな。



さて、その税金ですが大雑把に分けるならば「地方税」と「国税」ということになります。この比率は、4対6というところでしょう。ところが、実際にサービスという点眺めるならば支出割合は地方対国が6対4ということになります。つまり、税金を納める比率と支出する割合が逆転しているわけです。このギャップを埋めるために、国は徴収した税金を地方交付税として地方に配分します。


さて、そういった構造ができあがってしまうと自治体としては交付税や補助金、助成金を国から分捕ってくるために東奔西走することになります。
何しろ、冒頭でも述べたとおりお金がなければ自治体はにっちもさっちも身動き取れません。ということは、優秀な人材を「お金を分捕るため」に用いることになります。

本当に優秀ならばまちづくりや政策立案部署に配置したいところです。しかし、優先順位が「市民サービス」ではなく「お金を分捕る」ことに置かれている以上、そういう配置にならざるをえないのでしょう。


勝山市は役所そのものの規模が大きくないため目に見えることはありませんが、県庁のシステムを見ていると「ああ、もったいないなぁ・・・」と思うことはあります。否、勝山市役所の職員の方々が「金を分捕る」ために費やす労力を見ていても同様のことを感じます。勝山市役所を含めた全自治体でのこういった労力を積算していけば、ものすごいマンパワーの無駄遣いになるのでしょう。

無論、このレベルの話になると地方の一市議会議員が云々するものではないのですが、こういった膨大なマンパワーが徒に消費されているのかと思うと残念でなりません。

2007年9月 3日 (月)

組織議会

本日、9月議会に先立って組織議会が開かれ議長に笠松捷多朗議員、副議長に村田与右衛門氏が選任されました。






また、常任委員会並びに議会運営委員会、広域議会・衛生組合議会の委員も選任されました(敬称略、順不同)

【総務文教委員会】
委員長;松村治門
副委員長:松山信裕
 委員:山内征夫
 委員:加藤一二
 委員:安居久繁


【建設企業委員会】
委員長:清水清蔵
副委員長:帰山寿憲
 委員:門 善孝
 委員:笠松捷多朗
 委員:北山謙治


【産業福祉委員会】
委員長:北川晶子
副委員長:乾 章俊
 委員:倉田源右衛門
 委員:村田与右衛門
 委員:山田安信
 委員:広田与三次郎


【議会運営委員会】
委員長:北山謙治
副委員長:山田安信
 委員:門 善孝
 委員:松村治門
 委員:清水清蔵



【大野・勝山地区広域行政事務組合議会議員】
 倉田源右衛門
 松村治門
 北川晶子
 北山謙治
 広田与三次郎



【勝山・上志比衛生管理組合議会議員】
 松山信裕
 帰山寿憲
 乾 章俊
 山内征夫
 山田安信
 





ちなみに、本日現在での会派構成は以下のとおりです(議席番号順、敬称略)


1.松山信裕 (無会派)

2.帰山寿憲 (無会派)

3.門 善孝 (無会派)

4.乾 章俊 (無会派)

5.山内征夫 (無会派)

6.倉田源右衛門 (無会派)

7.松村治門 (無会派)

8.北川晶子 (無会派)

9.加藤一二 (共産党)

10.清水清蔵 (無会派)

11.笠松捷多朗 (無会派)

12.村田与右衛門 (無会派)

13.山田安信 (共産党)

14.安居久繁 (無会派)

15.北山謙治 (無会派)

16.広田与三次郎 (無会派)


前回の組織議会のときには、私ひとりが無会派議員でした。それを思うと・・・・16人中14人が無会派という、これはどう説明してよいのか私にはわかりません(微苦笑)。

2007年8月17日 (金)

組織議会への抱負

14日の火曜日は、『かちやまワッショイ』に参加しました。

昨年も踊り子として参加しましたが、さすがに今年は選挙期間にぶち当たってしまい、踊りの練習に参加できませんでした。そこで、旗振り役として出場。
日曜日に選挙が終了し、月曜日に練習をし、火曜日に本番という無茶なスケジュールで臨みましたが、大過なく終了(苦笑)。






さて、いよいよ9月から新体制による勝山市議会がスタートします。

ところで、「市議会議員は選挙になったら辞職するの?」という質問をよく受けます。結論から申し上げるとそうではありません。勝山市議会議員の任期は4年間です。つまり、9月1日から任期がスタートするので4年後の8月31日までが市議会議員の任期ということになります。つまり、今月の31日で現在の市議会議員のメンバーが任期を全うされ、9月1日から今回の選挙で選ばれた議員による任期がスタートするわけです。






9月議会の前に、1日だけの『組織議会』が開催されます。

この組織議会とは人事を決める議会です。議長以下、委員長や委員会配属などを決定して9月議会に臨むために開かれます。

この組織議会を睨んで、会派結成への動きがまたぞろ始まっているようです。





私がどの会派に属すことになるのか・・・・それはもう1~2週間もすれば明らかになることでしょう。

しかし、これだけは申し上げておきたいことですが、今回執行された勝山市議会選挙は世代交代の選挙という意味合いを持ちます。議会を長らく牽引されてきた長老議員やベテラン議員が引退され、力のある新人議員が多数当選されました。おそらく、これをご覧になっている市民の皆さんも「今回は世代交代の選挙である」との認識を持たれていることと思われます。

つまり、今回の選挙を経て勝山市議会が変わらないのであれば、次の世代交代まで今後10年は何も変わらないということを意味します。

万が一、そのような事態になったならば、これは市民の期待を裏切る行為です。







私は、1期4年の間、どの会派にも属さずに踏みとどまってきました。4年前に「うちの会派に入らないか」というお誘いはいただきました。それ自体はありがたいことです。最大会派に属せばローカルな仕事もやりやすくなります。事実、地元後援会からも「なぜ会派に属さないのか、会派に属さなければ何の力も持たないだろう」とのお声も多数いただきました。
 
しかし、そのお誘いを蹴りながら「ひとり会派」という、敢えて厳しい環境下に身を置いたのも、4年後に来るであろう今回の世代交代の選挙を睨んでのことでした。その意味で、今回の選挙を最も待ちわびていたのは私だったのです。


議会人のひとりとして、勝山市議会を変えるのは今後4年間が勝負だと思っています。その第一歩が今回の組織議会に向けての会派構成ということになります。



2007年8月14日 (火)

勝山市議会選挙

ようやく勝山市議会議員選挙も終了し、皆様のおかげをもちまして無事当選することができました。本当にありがとうございました。




概して2期目の選挙は厳しいものです。その厳しい選挙を支えてくださった皆様に心より感謝申し上げます。





・・・しかし、色々な意味で暑い選挙でした。


2007年8月 4日 (土)

いざ!

明日は勝山市議会議員選挙の告示日です。いよいよです。


公職選挙法に則って、明日から投票日まではブログを更新することができません。
次の更新は選挙の結果が出た後になります。どのような結果が出るのか、それは誰にもわかりませんが、勝利を目指して奮闘します。








ところで、私は今こんなことを考えています。




ひとつは、勝山市の産業活性化のこと。
120万人と言われる観光客をどのように活用するのか。これが産業活性化のキーワードのひとつになると私は思うのですね。勝山は長らく製造業のまちとして栄えてきました。これからの勝山経済圏の発展の原動力は製造業に加えて観光業を興すより他にありません。例えば、勝山の観光地と呼ばれる場所に「勝山で作ったお土産物」がどれだけ並んでいるのでしょうか。お土産物ばかりではありません。様々なジャンルで、観光客をもてなしてお金を落としていただこうという複合的な取り組みが必要となってきます。現在も、環境業でがんばっていらっしゃる方はいます。しかし、その取り組みがより広く、より深くなるためには行政のバックアップがある段階まで求められているのです。




まだあります。





福祉予算のこと。

福祉大国の福井県。そして、勝山に住んでいらっしゃる方には気づきにくいことでしょうが、勝山市はその福井県の中でも福祉が充実している市です。

しかし、充実するに比例して福祉予算は市の財政を圧迫し続けています。国民健康保険・老人保健・介護保険、これらの予算は1年間で70億円にものぼるのです。土木費が10億円であることと比較すると、その大きさがおわかりでしょう。

もっとも、私は福祉給付のレベルを下げよと主張しているわけではありません。必要なものは必要なのです。これを下げることは断じて許されるものではありません。

そこで、私は産・官・学の複合体による健康増進プログラムを、県内で勝山市が率先して策定・実行すべきと考えます。この健康増進プログラムには、先進事例があるのです。興味のある方は、大洋村もしくは見附市でググってみてください。




加えて。



国が財政難から支出を渋る時勢です。中部縦貫道の見直しすら議論に上がっているように、土木費に対する国支出はこれ以上見込めないでしょう。ところが、そのようなご時勢の中で、国が予算を出し惜しみしないジャンルが2つあります。ひとつは男女共同参画。もうひとつが環境政策です。

この環境政策のひとつとしてPET構想というものを考えました。PETとはパーフェクトエコタウンの略で、完全なエネルギー循環地域を指します。

この完全なエネルギー循環地域については、追々説明することにしましょう。

とにかく、勝山市が生き延びようと思うならばアイディアで勝負することです。他所に先駆けて自分たちでアイディアを出してそれを実現する。「突拍子もない!」と思われることを実現させてこそ、勝山が他の自治体に抜きん出るのではないでしょうか。






もうひとつ。


1期4年の議員生活の中で、つくづく感じたのは「市民と議会との距離が離れすぎている」ことです。これをご覧の皆さんは、市議会議員が何を考えてどのような政策観を持っているかをご存知でしょうか。

議会は行政のチェック機能を果たすと言われます。それは確かにその通りです・・・・が、チェックすべき議員さんたちがどのような政策観を持っているのかを市民が知らないというのは、重大な問題ではないでしょうか。

「議会は議論する場」です。ならば、何のために議論をするのでしょう。論点を明確にするためです。Aという政策を採用するとしても、何が問題点なのか、これを実施することによりどのようなメリット・デメリットが出るのか等々を議論により炙り出していくことが重要なのです。単に「賛成か?反対か?」というのは議論ではありません。

ならば、その議論の主体となる議員たちがどのように考えているのか。それを市民は知る権利があります。

そこで、私は「市民一般質問条例」の制定を目指しています。

この条例の発想は、実にシンプルなところから来ています。「なぜ、議員は市長に一般質問できるのに、議員は誰からも質問されないの?」

ドイツのとある地方議会(だったと記憶してます)を参考に、市民が議員に対して市政の重要課題を質問できる条例案がこの市民一般質問条例です。

すでに、この雛形は作り上げました。


学者・官僚・役所の人たちの誰に聞いても「未だかつて前例がないので何とも言えない」と忌避されたこの条例案がどのようになるのか。ある意味、この条例案は明治に議会制度が導入されてから130年近く続いた地方議会制度そのものに対する挑戦とも言えるのでしょう。








こんなことを考えながら、いよいよ明日から選挙戦に突入します。

頑張ります!






2007年7月31日 (火)

参議院選挙終了

怒涛の参議院選挙が終わりました。


いや~、松村龍二議員の開票結果をTVで見ながらヤキモキしていました。つかず離れずで推移して、当確が打たれたのは深夜。正直なところ、「やった!」という気持ちは薄かったです。どちらかと言えば「よかった・・・」との安堵感でいっぱいでした。

しかし、3000票差とは・・・・本当にぎりぎりの闘いでしたね。

19万票ラインで3000票差というのは、勝山の市会議員選挙のレベルで申すなら、2~3票差で当選というくらいの「ぎりぎり感」です。





しかし、自民党は選挙区では負けっぱなしの選挙でした。特に1人区での選挙は無惨と言うより他にありません。ここで勝てたのは、わずかに群馬・和歌山・山口・大分・鹿児島、そして福井の6つしかありませんでした。しかも、勝っても薄氷を踏むような勝利で、敗れたところは大敗という有様。

しかし、見方を変えれば、それだけ今回の松村龍二議員の勝利は特筆すべきものと言えるのでしょう。







さて、今回の選挙で私が指摘したいのはマスコミの態度です。

皆さんは、民主党の比例代表の第1位は誰だかご存知でしたか?自治労出身の方です。この方だけでなく、民主党はずら~りと12人も自治労出身者を並べてきました。最初に見たときは冗談かと思いました(苦笑)。だって、そうでしょう?年金問題に焦点を絞ってそこだけを繰り返し繰り返し追求してきた民主党が、よりにもよって自治労出身者を担ぎ出してくるとは。

まあ、これは民主党の性格ですから致し方ないのでしょう。問題は、マスコミがその点を一切追及しなかったところです。自民を叩けば面白い、自民さえ潰せば視聴率は取れる・・・・自民党がした政策の是非を問うこと、これは当然のことです。それが選挙なのですから。しかし、それも行き過ぎれば単なる「いじめムード」を作り出すだけなのです。

案外とマスコミの人たちは、勝ち誇っているかもしれません。「今回の選挙で民意をリードしたのは我々だ。その結果として自民は大敗した。国家権力に対してマスコミは影響力を持ち続けるのだ」と。マスコミが自分たちの持っている力を見たいがために今回のような自民叩き(=政権叩き)をしたのであれば、子供じみた発想としか言いようがありません。







自民なんか嫌だ・・・・という今回の風潮を見ていると、昔の青島都知事選挙を思い出します。あの時に、青島氏は「政党なんかダメだろ?政党なんてもうイヤだろ?」と言い続けて当選しました。今回の選挙は、まさしくそれと似ています。自民なんてイヤだろ?だったら民主に入れるより他にないじゃないか・・・・・。

なぜ、こういう風潮に走ってしまうのでしょう。

これは、選挙が政策本位に出来上がっていないせいだと思います。「アレがイヤならコッチへ」という風潮・・・・これは、「何がイヤなんです?どこを変えれば良いと思います?何が国政最重要課題なんです?」といった論点とは次元を異にします。前者は「好きか嫌いか」という感情論なのですね。そして、この感情論で我々は国政選挙をやっているような気がしてなりません。その証拠に、選挙が終わった後も何が論点・争点だったのかがよく思い返せない。そんな選挙ばかりを我々は繰り返しているではありませんか。





80年代、英国では「鉄の女」と畏怖されたサッチャーが首相の座に就いていました。英国病から立ち直ったのは、紛れもなくこの人の功績なのですが、意外なことにサッチャーは嫌われ者だったそうです。

彼女が貴族階級の敵であることは言を待ちません。なにしろ、英国伝統の貴族社会をぐちゃぐちゃに掻き回した人間として蛇蝎のように見られていましたから。最終的にその功績を称えてサッチャーはサーの称号をもらったはずですが、その際には貴族たちが憤慨したといいます。
貴族階級に人気がないのは当たり前としても、労働者階級にも人気が低かったとは意外です。やはり、あの強引なキャラクターが反発をくったのかもしれません。

ならば、そのサッチャーがなぜ政権を維持できたのか。「サッチャーは嫌いだ。だが、彼女の政策は正しい。だから私はサッチャーに投票する」という人たちが多かったからです。

政策重視とはこういうことなのでしょう。





2007年7月25日 (水)

参議院選挙

参議院選挙もいよいよ大詰めに差し掛かってきました。


一昨日は、川西の方へ応援に行ってきました。見れば、勝山の皆さんが緑のTシャツを着て頑張っていらっしゃいました。毎日毎日、松村龍二候補のために県内各地を飛び回っておられます。本当に頭が下がります。

勝山市内でも、辻々に緑のTシャツを着た方々が手を振っていらっしゃいます。候補の福井本部では勝山の人が電話番のために詰めていらっしゃいます。


皆の想いはひとつです。

「勝山のために、この人を落としてはならない」

選挙戦も後半、いよいよです。

2007年7月21日 (土)

参議院選挙の選挙公報

今朝方、参議院選挙の選挙公報が我が家にも届きました。



共産党の『国保税のひとり1万円引き下げ』などは、まあ、財源をどうするのかはともかく、まだ理屈が通ったプランと言っても良いでしょう。

勝山市の国保財源は、幸いにして今のところ順調ですが他市の国保会計はボロボロの状態です。共産党は「国が1兆円プランを策定すれば大丈夫」と主張していますが、まあ、国も新たに1兆円プランを組み立てるのは大変でしょうね。もっとも、共産党さんの主張どおりに軍備撤廃すれば1兆円くらいは悠々と生み出せるのでしょう。その意味で「理屈が通ったプラン」と言えますが・・・






わからないのは、民主党の若泉候補が掲げる『最低賃金を全国平均で時給1000円に引き上げる』というもの。これを見たときには、さすがに唖然としました。ちょっと前に共産党さんがぶち上げて引っ込めた主張を、この場で出してくるとは・・・・

平成18年のデーターでいくと、都道府県別最低賃金の最も低い県は青森・岩手・秋田・沖縄の時給610円です。ちなみに福井県は時給649円でした。そして、最も高い東京都で時給719円だったのです。この最低賃金を一挙に1000円まで上げてしまうと公約しているわけです。

一見すると、ものすごくありがたい申し出のように思えます。時給650円で働いている人にとっては、時給が300円から400円あがるという申し出は耳に心地よいものでしょう。
 ただし、よく考えてください。「あなたの時給だけ1000円に引き上げます」と彼は主張しているのではありません。「あなたも含めて皆さんの時給を1000円に引き上げます」と言っているのです。

最低賃金が一挙に300円から400円近く上がると何が起きるのでしょうか。簡単な話です。モノの値段が一挙に跳ね上がります。それはそうでしょう。人件費が跳ね上がるわけですから、物価が上がらないはずがありません。

物価が一挙に跳ね上がると何が起きるのでしょうか。インフレが発生します。つまり、資産価値が下がるわけです。皆さんの貯金が100万円あったとしましょう。インフレが発生したところで、預金通帳の100万円が130万円に換わるはずはありませんね。通帳の数字は100万円のままです。ところが、モノの値段は跳ね上がっていきます。すると、100万円で買えるものがすくなくなってきます。インフレ前ならば100万円で買えたはずの乗用車が130万円に値上がりしたために買えなくなってしまう・・・・つまり、資産価値が一挙に減少することになります。

この政策は、預貯金で食べている老人層を直撃することになります。

逆に、人件費が跳ね上がる中でモノの値段を抑制しようと思うならば、雇用者側は働いている人々の首を切りにかかります。そうやって人件費を抑えないかぎり会社が潰れてしまいますから。

どちらにせよ、時給を一挙に1000円にまで引き上げるというのは、こういうことなのです。





さらに、見ていくと若泉候補の公約にはこのようなものがありました。

「月額2万6000円の『子ども手当て』を支給します」

これもありがたい申し出です。我が家にも子供が二人おりますが、毎月2人分で5万2000円ももらえるならば、家計は本当に助かります。

・・・ちなみに、15歳未満の子供の数は全国でどれくらいいるかご存知ですか。1700万人です。この子供の一人ひとりに月額2万6000円×12ヶ月で、31万2000円を1年に支払っていくと、国全体で15歳未満の子供たちに年間でいくら支払わなければならないのでしょう。

5兆2700億円です。

日本国の一般会計予算がおおむね80兆円であることと比較してください。

さすがにこれだけの膨大な予算になると、どこから捻出するのかを明確にしていただきたいものです。「無理・無駄をなくせばそれくらいの予算は出てくる」という通り一辺倒な説明でお茶を濁しているようですが、それなら何だって言えます。



参議院選挙

目下のところ、参議院選挙が行われています。

県内一円で、松村龍二候補は毎日個人演説会を行っています。地元勝山市議会議員の有志もその応援のために県内を飛び回っています。

勝山の市議会議員も自分たちの選挙を控えて手いっぱいですが、勝山にとって松村龍二候補は絶対に落としてはならない人物です。


というわけで、私も昨日は三国の会場へ行ってきました。

   

Photo_4


会場入り口には、勝山から応援に駆けつけてくれた女性の方々がいらっしゃいました。頭が下がる思いです。

中に入ると写真のとおりで、立ち見ができるほどの盛況ぶり。正直なところ、坂井市は弱いのではないか?と思っていただけにほっとしました。







応援弁士として、地元国会議員の山本拓先生や山崎正昭参議院議員に加えて自民党本部から中川政調会長もいらっしゃいました。



最後に恒例のガンバローをしたわけですが・・・・その後に地元市議会議員として挨拶をせよという指示をいただきましたので、こんな挨拶をしてきました。

松村龍二候補の地元、勝山からやってきました。勝山市議会議員の松村治門でございます。

さて、古い話になりますが、勝山にはかつて参議院議員がおりました。名前を山内一郎と申します。おそらくご年配の方は、よくご存知のことでしょう。

この山内一郎は、非常に力のある議員でした。勝山といえば、福井県の山奥です。その山奥に、金沢から、富山から、新潟から山内一郎に陳情に来る。それくらいの力がありました。私たちはこの人がいる限り福井は安泰であると胡坐をかいていました。

ところが、当時、自民党最大の逆風と言われた逆風が吹き荒れました。そうです。消費税の逆風です。これで、山内一郎は当選できませんでした。

選挙が済んだ後に、私たちは気づきました。いかにひとりの政治家を育てることが難しいか、そして、その政治家を失うことがいかに大きな損失であるかを。

皆さん、またしても時代は同じような局面を迎えています。



皆さん、ここに御参集の皆さんの持っていらっしゃる一票は、松村に入れるとか若泉に入れるとかいうような一票ではないんです。皆さんの一票は、皆さんの未来に投じる一票なんです。

皆さんの未来とは何ですか。皆さんの子供たちの未来であり、皆さんのお孫さんたちの将来でしょう。そこに投じる一票を、一時的な感情で決めてしまって良いのですか。

松村龍二候補は、いよいよ三期目を迎えようとしています。花で言えば、大輪の花を咲かせようという時期にまで来ました。皆さんの手で育てていただいた花です。二期12年の長きをかけて水をやり手をかけ育て上げた花です。

まだ、選挙戦は一週間あります。皆さんのお力添えで、松村龍二候補を国政に上げていただきたく、お願い申し上げて挨拶に代えさせていただきます。

本日は、本当にありがとうございました。

2007年7月17日 (火)

パール判事について

毎年、8月の終戦記念日(個人的には『敗戦記念日』にすべきと思う)になると、必ず出てくる議論があります。8月になって書けば良いのですが、あいにく8月前半はブログが書けませんので(理由は昨日のブログを)、今のうちに書いておきます。






皆さんは、パールという人をご存知でしょうか。


正式には、ラダ・ビノート・パールと言います。おそらく「パール判事」と呼んだほうが通りが良いでしょう。


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ちなみに、この方はインドの法学者です。


このパール氏の名前を一躍有名にしたのは、東京裁判でした。この極東軍事裁判には、連合国の11カ国から判事が参加しましたが、そのひとりがパール判事だったのです。







さて、このパール判事は『日本無罪論』を唱えたとされていますが、これは正確ではありません。パール判事は、極東軍事裁判のあり方そのものを否定したのです。法学者として、また実務家としてこのような裁判は裁判の名に値しない。ならば、このような裁判で日本を裁くことはできない・・・・と主張したのです。


もっとも、「ハル・ノートのようなものを突きつけられたならば、モナコやルクセンブルグでさえ戦争に訴えたであろう」というパール判事の言葉は、我々にとって忘れてはならないものでしょう。





ここで、パール判事を引用したのは日本無罪論を問うためではありません。



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日本無罪論・・・というよりも、パール判事が極東軍事裁判で何を主張したかについて関心のある方は、こちらをどうぞ。









パール判事は、昭和27年に再来日しました。

時あたかも、サンフランシスコ講和条約が発効し、日本が独立を果たした頃です。
この日本の独立について記者団に問われたパール判事はこう答えました。

「日本は独立したと言っているが、これは独立でも何でもありません」

「強いて言うなら、『半独立』と言ったらよい」

「独立国家と呼ぶためには、次の条件が備わっていなければなりません。
 ①国家の基本法である憲法は、自らの手で書く。
 ②自分たちの領土は自分たちが守る。
 ③国家の祭祀・信仰は何人からも干渉を受けない。
 ④自分たちの子供への教育も同様に、他国からの干渉を排除して
  自らの意志に基づくものでなければならない。」




・・・・・パール判事の言葉に従うならば、日本は未だに独立国家ではありません。判事の示した4つの条件をひとつも満たしてはいないではありませんか。



再来日したパール判事は、日本のあり様を見てこう言いました。

「東京裁判の影響は、原子爆弾の被害よりも甚大だ」



また今年も8月15日になれば、メディアを中心として例の番組・記事・論説等が出回るのでしょう。我々が独立する日は近いのでしょうか、遠いのでしょうか。




公職選挙法

久しぶりのブログです。


ここ3週間ばかり更新していませんでした。理由は・・・・勝山市民の皆様ならおわかりのことと思われます(微苦笑)。




日本の公職選挙法というものは、世界的に見ても稀な存在です。いかに稀であるかは、日本の選挙を撮ったドキュメンタリー映画が海外で注目されていることからもわかります。もちろん、この「注目」ということは良い意味ではありません。奇異の目で見られているということです。選挙における法律のしばりの厳しさは、あたかも河川における法律のしばりにも似ています。あれもダメ、これもダメ・・・・河川行政が従前の「治水」から「親水」へと視点を変えて、法律のしばりをゆるやかにしようという方向へシフトしていくのに対して、選挙のしばりはますます厳しさを強めています。


私が、全く納得いかないのは「戸別訪問が禁止されていること」です。これはなぜでしょう。有権者のひとりひとりに、勝山の現状を説明したい。自己の政策をとことんまで説明したい・・・という想いはあっても、戸別訪問が禁止されている以上は説明の仕様がありません。おかしな話です。

もうしばらくしたら、このブログも1週間ばかり完全にストップすることになります。選挙中はブログを書くことはできません。これもおかしな話です。国をあげてIT、ITと叫んでいる割には、肝心の選挙でブログひとつ書くことが許されていない。








毎日、毎日歩いています。

歩いていると、普段気がつかないことに気づかされます。如何に、まちなかに空き家が増えているか、独居老人が増えているか・・・・その一方で、「あれ?こんなところに新しい家が」「おや、ここに店があったっけ」と新しい発見もあります。『まちは生きている』という想いを改めて噛み締めています。


2007年6月22日 (金)

市議会議員選挙

参議院選挙の投票日が予定を1週間延ばして、7月29日となることに決まったそうです。

これを受けて、勝山市議会議員選挙の投票日も1週間ずれることになります。




「国政にせよ、市議会議員にせよ、同じ選挙なんだから重なったって構わないでしょ?」
・・・と思われる方は少なからずいらっしゃることでしょう。
実際に、市議会議員選挙が1週間延びることによって様々なところに支障が出ていますし。





実は、公職選挙法の第165条の2という規定がそれを許さないのです。


[第165条の2]
何人も、2以上の選挙が行われる場合において、一の選挙の選挙運動の期間が他の選挙の選挙の期日にかかる場合においては、その当日当該投票所を閉じる時刻までの間は、その投票所を設けた場所の入り口から300メートル以内の区域において、選挙運動のためにする演説会(演説を含む)を開催することができない。選挙運動のために街頭演説すること及び第140条の2第1項ただし書の規定により自動車又は船舶の上において選挙運動のための連呼行為をすることもまた同様とする。



私も、このような規定があることはついぞ知りませんでした。投票日に選挙活動をしてはいけないことくらいは、常識として知ってはいます。しかし、2つの選挙がかぶる場合においてもそれが禁止されていたとは・・・・

投票所としては、公民館や学校の体育館などに設置されるのが通例です。その各投票所の半径300メートルで円を書き続けていくと、勝山市内はほぼ塗りつぶされてしまいます。



・・・・理屈としては、重々わかります。しかし、市議会議員選挙の投票日が1週間ずれることにより、様々なところで無用の混乱が生じているのは、心苦しいことです。

2007年6月 5日 (火)

水芭蕉の成分調査結果

久しくブログの更新を怠っておりました。いえ、特に理由はないのですが、その間に、世の中は目まぐるしく動きました。農林水産大臣はじめ、年金問題など政治の場では大きな問題が出てきました。

出た・・・・と言えば、温泉センター水芭蕉の成分検査の結果も出ました。


水芭蕉については、加水問題で市民の皆様には多大なるご懸念をお持ちのことと思われます。市もその対応策を講じていますが、前提として成分調査を実施しました。




さて、その成分表ですが・・・・・

リチウムイオン・・・・・2mg
ナトリウムイオン・・・・1816mg
カリウムイオン・・・・・42.5mg
   ・
   ・
   ・
という数値が延々と並ぶものでして、その数値結果全てをここで列記しても、ご覧になられる方が途方に暮れることでしょう(私は途方に暮れましたw)。






そこで、溶存成分総計値を見てみましょう。これは、水芭蕉の源泉の中にどれだけの成分が総量として含まれているかを示すものです。

この値が、今回の調査では1リットル中に5961mgと出ました。これは、多いのか少ないのかと言えば、多いです。多いという

水芭蕉オープン前の調査では、1リットル中に1118mgであったことを考えると、実に5倍の濃度になっています。なるほど、水芭蕉のお湯につかるとヌルヌルっとするのも、成分がきついためだったのですね。



ただ、気になるのは源泉の湧出量が
 昭和62年・・・・・73リットル/毎分
 平成19年・・・・・25.3リットル/毎分
となっている点です。つまり、湯が細ってきている恐れがあるわけですね。



さて、この水芭蕉の問題については、調査費用予算が6月議会において上程されました。どのような汲み上げ方が最も効率的であるのかを調査しながら、今年の冬をめがけて対応策を練っていくことになるのでしょう。



この点については、随時このブログでもお伝えしていきたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。


2007年5月21日 (月)

勝山市の妊婦交通費支援制度

この度、勝山市では妊婦に対する交通費を支援する制度を発足します。

助成の内容は次のとおりです。
(1)妊婦検診・出産に行くための交通費を助成します。
  
(2)えちぜん鉄道・バスを利用した場合は、その実費を全額助成します。

(3)自家用車を使用した場合は、燃料費相当分を助成します。

(4)タクシーを利用した場合は、片道1万円までを限度として往復分の実費を助成します。
  (ただしタクシー助成は1回限り)



気をつけていただきたいのは、助成の対象です。

(1)妊娠23週までの妊婦検診を社会保険庁病院で受けていること。

(2)福井大学付属病院で出産をすること。


この2点を満たす妊婦さんが助成対象となります。


助成内容の中のタクシーですが、1回と区切ってあるのは、出産時を想定してのことです。通常、妊婦検診は自家用車で行かれる方がほとんどであろうと思われます。もちろん、検診時にタクシーを利用しても構いませんが、1回しか使えないのでご注意ください。

平泉寺方面から、福井大学付属病院までタクシーで行くと、おおよそ9000円から1万円近くかかります。これを睨んで、1万円限度と区切っています。


助成対象については、様々な議論がありました。

この助成が出てきた背景には、医師不足により社会保険庁病院で出産ができなくなったことにあります。そのため、替わりの病院として福井大学付属病院と連携することになったのです。妊娠23週までは社会保険庁病院で検診を受けてもらい、出産に関しては福井大学付属病院でしていただくという形に助成対象を限定したのはこのためです。

2007年5月18日 (金)

秋にも大型連休出現?

公明党が主導する形で、秋にもゴールデンウィーク(大型連休)が出現しそうです。これは、どういうことかと申しますと、11月に大型連休を作るために11月3日の文化の日の前後に、10月の体育の日と11月23日の勤労感謝の日を移動して3連休を作ろうというもの。


何と申しましょうか・・・・祝日を移動してしまえという発想が私には理解できません。

やはり、祝日の名前に問題があるのではないでしょうか。
「成人の日」「敬老の日」「文化の日」「勤労感謝の日」などと言われても、何の由来だか何を祝うのだかさっぱりわかりませんから。

東京オリンピック世代ならば言わずもがなの「体育の日」ですら、世代が下ってしまえば「それって何のいわれがあるの?」となることでしょう。ちなみに、私も高校生に聞いてみましたが知りませんでした。ましてや10月10日に固定しない現在のやり方では益々この傾向に拍車はかかることでしょう。

元旦の祝日も11月に持ってきたらどうです?1月1日は「年の初めだから休まなくちゃ」と国民も思うでしょうから、祝日にしなくとも大丈夫でしょう。
「いや、元日というのは1月1日なんだから、その日でなくてはダメだろう」と思ってはいけません。祝日を動かすというのは、元来そういうことなのですから。


先進国の中で最多の祝日を誇る日本では、15の祝日があります。祝日をホイホイと移動するのであれば、いっそのこと全てまとめて15連休にしてはどうでしょう。うまくいけば日曜日が3つつくことになりますから、18連休も可能です。「元旦」から始まって、「天皇誕生日」で終わる18連休がどこかの月にある・・・・・「超」大型連休ですが、もはや祝日でも何でもありませんね。

そんなに休みたいのであれば、新たに祝日を2つ3つ作れば良いでしょう。もっとも、何の名目で作るのかは、さっぱり見当もつきませんが。


2007年5月14日 (月)

八木秀次氏の講演会

先週の話ですが、木曜日に講演会に行ってきました。

講師は、八木秀次氏(高崎経済大学教授)。「『教育再生』―福井発 日本の未来のために」と題して、教育基本法改正の意義や教育荒廃の原因等について意義深いお話が聞けました。

ただ1点。ちょっと疑問に思った点があります。

変更的な思想を持つ教育公務員が学級王国を作り自身の政治信条を子供たちに教え込んだことが、教育現場の荒廃をもたらした原因のひとつであることは、私もそう思います。わが福井では、幸いにして県がそういった教員を押さえ込んできた経緯があるため、理解できない方も多いとは思いますが、同和教育・平和教育・人権教育の美名の下になされている偏向教育は全国的に枚挙に遑がありません。

その対応策として、八木氏は「自治体の教育委員会に国の関与を認めよ」と仰られました。文部科学省の方針が各自治体教育委員会に届かなければ意味がない・・・ということなのですが、この点は納得いきませんでした。

というのも、文部科学省が誤った場合に誰がそれを是正するのかという問題があるからです。教科書的な理屈を言うならば、文部科学省のトップは文部科学大臣であり、誰がその地位につ就くのかに関しては内閣総理大臣の専権事項である、そして内閣総理大臣は国民の負託を受けた国会議員の中から選ばれる、したがって文部科学省がすることについては国民の目が光っていることになる・・・となるのでしょう。
 しかし、政と官の争い(政治と官僚の争い)において、政は官の後塵を拝してきた歴史を見るならば、そのような教科書的理屈を信じるわけにもいきません。

その点はどういうふうに八木氏がお考えなのか。質疑の時間があれば是非聞きたかったです。

2007年5月10日 (木)

八田興一のこと

一昨日は、八田興一(よいち)氏の65回目の命日に当たります。これを記念して、八田興一氏の生涯がアニメ映画化されることが決まりました。


さて、その八田興一氏ですが、氏の功績を知っている方が多くないのは残念なことです。




台湾といえば、今でこそハイテク産業その他の先進産業の進んだ国家(「国家」というとお隣の国が怒るのでしょうが・・・)のイメージですが、たかだか150年ほど前まではトンでもないところでした。

なにせ、清朝の役人たちに「あそこは化外の地だ」と呼ばれたほどです。中華の教化を受けない蛮族の住む地だと蔑まれていたわけです。

八田興一は、1910年、24歳の時にこの台湾に台湾総督府内務局土木課の技手
として赴任しました。

彼が注目したのは嘉南平野でした。ここは、雨季になれば降雨量が2500ミリを超えます。東京の降雨量が1050ミリであることと比較すれば、その多さがおわかりでしょう。当然、民家は水浸しという状態でした。逆に、乾季になると一滴の雨さえ降らず季節風に乗って砂埃が舞い上がります。人々は飲み水の確保に狂奔する有様でした。

その様を見た八田興一は、この15万ヘクタールの田畑とそこに住む人々のために、国家公務員の地位を捨て、組合付技師としてダム建設と灌漑用水の敷設を決意します。

実に、10年の歳月を経て烏山頭ダムは完成しました。また、嘉南平野には1万6000キロに及ぶ水路が張り巡らされ、「トウモロコシすら育たない」と言われた平野を台湾の穀倉地帯に変えたのです。


ちなみに、この際に八田興一が採用したセミ・ハイドロリック工法は、コンクリートをほとんど使用しないものであり土砂溜まりに強いため、今でも稼動しているそうです。




ダムの完成を見た八田興一は家族で台北へと去りました。八田はその後戦争に徴用され、フィリピンへ向かう途中で米潜水艦の攻撃を受け戦死します。

敗戦を迎え、台湾から日本人が出て行かなければならなくなったとき、烏山頭へ疎開していた妻・外
代樹(とよき)は、息子たちの無事を確かめた後に、夫が人生を賭けて作り上げたダムの放水口に身を投げました。享年46歳でした。






氏の人柄・功績を偲び、現地の農民たちの手により八田夫妻の墓を立てます。その墓の文字は赤く刻まれています。あちらでは生きている人の名前は赤く記すそうです。氏は未だ死せず、われわれの心の中に生きている・・・ということなのでしょう。今でも墓前には花が添えられているそうです。

八田興一を記念して作られた銅像は、戦争中に軍の供出命令を受けます。なにせ、お寺の鐘ですら戦争に供出されていた時代です。八田興一の銅像も同じ運命を辿るのか・・・・と皆が諦めていたとき、忽然として銅像は姿を消しました。

その後、蒋介石による白色テロなどを経て、1981年。突然に八田興一の銅像は姿を現します。37年間の長きに渡って農民たちが銅像を守りぬいたのでした。






今では、台湾の中学校教科書に載り、当地では広く知られている八田興一も日本ではあまり知られてはいません。

こういった先達がいたことをわれわれは忘れてはならないでしょう。


















2007年5月 3日 (木)

温泉センター水芭蕉の加水問題

勝山市温泉センター水芭蕉の加水問題は、新聞報道等で皆様もご存知のことと思われます。



この加水問題については、現在市として原因の究明ならびに対策を講じているところです。それが決まり次第、皆様にもお伝えしたいと考えておりますので、しばしお待ちください。



2007年4月23日 (月)

福井市議会選挙・・・・

福井市議会選挙の結果が出ました。

残念ながら、私が応援した大竹口候補は落選。


本人からお電話があり、「すみません。こんな結果になってしまいました。500票程度しかとれませんでした」と仰っていましたが、謝ることなんてありません。

私も曲がりなりにも政治家ですから、1票を取るということがいかに大変なことかは骨身に染みて理解しています。500人の人から支持を得るということは、本当に立派なことだと思います。

何か行動を起こさなければ何も変わらないんだ!と頑張られた心意気は伝わったことでしょう。

本当にお疲れ様でした。

2007年4月21日 (土)

福井市議会選挙

福井市議会議員選挙に立候補されている大竹口さんの応援演説に行ってきました。




大竹口さんは、35歳。お好み焼き屋の店主をされています。「まずは行動!」「自分が変わらなきゃ世の中が変わるはずがない」という信念のもとに立候補されました。

35歳といえば、私が勝山市議会議員に立候補した年と奇しくも同じです。


金もない、地盤もない、看板もない・・・・・でも、否、だからこそできることはあるはずだ・・・・と、頑張った彼の心意気には胸打たれます。



明日はいよいよ投票日。結果を心待ちにしています。



2007年4月18日 (水)

日本外交のNo1

中国の温家宝首相が来日したことについて、中川昭一政調会長がクレームをつけました。日本のNo1である安倍首相が訪中したお返しが、No3の温家宝首相来日ではバランスが取れない、極めて非常識だという内容なのですが・・・・

その中川政調会長に対して、鳩山由紀夫幹事長が「日中間の氷を溶かそうとしている時に冷凍庫に入れるような発言だ」と批判しています。

うまいこと言いますね。鳩山さんも。


これは中川政調会長がおかしいでしょう。諸外国の立場に身を置けば、日本の外交上No1は天皇であることは明らかです。首相と陛下とでは重みが違いますね。

2007年4月17日 (火)

最近の民主党

ものすごい論理です。


時事通信より

★国民投票法案が参院審議入り=野党、慎重審議求める

 憲法改正手続きを定める国民投票法案は16日午前の参院本会議で、趣旨説明と質疑が行われ審議入りした。民主党は衆院で与党が採決を強行したことに反発を強めており、参院でも慎重審議を要求。5月3日の憲法記念日までの成立を目指す与党との駆け引きが本格化しそうだ。
 本会議では、提出者の自民党の保岡興治衆院議員が国民投票の対象を憲法改正に限定したことなどを説明。最初に質問に立った同党の岡田直樹氏は「(国民投票法制の不備による)国民主権、参政権の侵害とも言うべき事態が60年も続いていることは許されない」と早期成立を求めた。

 一方、民主党の簗瀬進氏は「性急な国民不在の審議強行は憲法改正権者としての国民への背信行為」と与党に謝罪を要求。さらに「『憲法改正を参院選の争点とする』とした安倍晋三首相の妄言は三権分立の基本を侵すもので、憲法違反の暴挙だ」と批判した。これに対し、保岡氏は「謝罪すべきは法案を党利党略で阻止しようとしている者だ」と反論した。


「憲法改正を参議院選挙の争点とする」ことが三権分立の基本を侵すものって・・・・・すごいレトリックです。仮にも国会議員の言う台詞とは思えません。


憲法に規定してある憲法改正手続きを、『民主主義的』に実施するのであれば次のような手順を踏むことでしょう。
 (1)憲法改正の内容を国民に知らせる。
 (2)改正の是非を国民に問う。
 (3)国民が支持するのであれば国会にて決議をする。

さて、この(2)はいかなる手続きによるべきでしょうか?通常の感覚ならば、選挙でしょうね。憲法改正は是か非かを論点として選挙を行えば、改正賛成政党の議席数がそのまま世論として反映されるわけです。

それのどこが三権分立に抵触するのでしょうか。ひょっとして、行政府の長である首相が参議院の選挙争点を決めることが三権分立を侵すものだと言っているのでしょうか。であるならば、この簗瀬氏は議院内閣制すら分かっていないということになります。








話は変わるのですが、安倍政権になってから法案がサクサクと通るようになってしまいました。これは民主党に問題があります。


確か吉田茂だったと記憶しているのですが、彼がこんなことを言っています。

曰く、日本の政治家は幼稚だからすぐに正邪の問題を言いたがる。単にどちらが正しいかと、そればかりを問題にする。それを真正面からやるものだから、もう政治ではなくなって殺し合いにいかざるを得ない・・・・

結局、政治というのは妥協点を見出す作業です。そのために議論もする、駆け引きも行う。営々と積み重ねて何とか妥協点を探し出すのですね。

ところが、民主党は最近どうもおかしい。党首が変われば、今までの合意は反古にする。提案を丸呑みしておきながら採決になれば反対に回る等々。これでは妥協点も調整点もあったものではありません。

まがりなりにも、ちょっと前までは与党と民主党とは妥協点を探りながらやってきたはずなのに、それすらできなくなってきているように見受けられます。これは非常にまずい状態であるということを民主党はいい加減気づいてほしいものです。

2007年4月14日 (土)

コロリと騙される人々

アメリカ大統領J・F・ケネディの父親であるジョセフ・P・ケネディは1938年から駐英大使を務めました。



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彼は、毎日のように英国議会を傍聴に行き、素晴らしい討論に感動します。


流暢な文体、明晰な論理の応酬。

これこそが民主主義だ。民主主義下における議会とはかくあるべきなのだ。これに比べるとアメリカの議会などは騒々しくてまるでセリ市のように下品だ・・・・・




それを聞いていたのがウォルター・リップマンでした。


400342221x09_scmzzzzzzz_aa140_ リップマンは、ジャーナリストにして政治学者です。

その代表的な著書である『世論』では、ステレオタイプという概念を用いて、如何に大衆民主主義が迎合的に動くかを喝破しています。

このリップマンは、ジャーナリストですから英国をよく知っているわけです

そこで先のケネディの言を聞いて注意するわけですね。


イギリス議会だけを見てその華麗さに惑わされてはいけない。あんなところは舞台のようなもので、立派な舞台装置に訓練された舞台俳優がパフォーマンスしているだけなのだ。


日本の加藤高明なども英国議会を見てコロリといってしまった人です。グラッドストーン・ディズレーリ時代の英国議会を見て、英国風の議会、政府風土、帝国をわが国にも創り上げなければならないと言っています。








彼らを笑うものは、今の日本の政治家を見るべきでしょう。

温家宝首相の「氷をとかす」演説に、ころりといってしまい「対日重視の決意がひしひしと伝わる歴史的な演説」などと持ち上げている中川秀直幹事長。「ああいうことが一歩一歩氷をとかすのではないか」と手放しで誉めそやすばかりの二階俊博国対委員長。


自らの国に誇りをもてない国の国会議員などこの程度なのでしょうか。
皆さんの周囲を見渡してください。自分に自信がないばかりに他人のちょっとした誉め言葉にホイホイとついていくうかつ者がひとりやふたりはいるでしょう。

情けない話です。

2007年4月12日 (木)

温家宝首相 来日

日本でシャーロック・ホームズが翻訳されたのは、1899年。

1887年に英国でホームズシリーズが始まったことを考えると、当時としては素早い翻訳と言えるでしょう。いかに英国での人気が高かったかの証左でもあります。

もっとも、ホームズの名前ではなく主人公は和田という日本名になっています。そして、ここがわからないのですが場所がロンドンではなく、ベルリンになっていること。明治期の時代を考えるならば、独逸よりも英国を舞台にしたほうが心情に合っているようにも思えます。


訳本を読んだことはないのですが、タイトルがなかなかにユニーク。

現在は『緋色の研究』と訳されているものは『神通力』。なるほど、ホームズの推理力が神通力にしか思えないということですね。

『ボスコム谷の謎』は『坊主ガ谷の疑獄』。なんとなく、頭に鉢巻を巻いてそこにろうそくを挟み込んだ人が追いかけてきそうです。

そして、何といっても珍役なのは『まだらの紐』と『赤毛連盟』。前者のタイトルは『毒蛇の秘密』、後者は『銀行盗賊』と訳されたのですが、タイトルでネタがばれてしまっています(笑)。

読む前からトリックをばらされてしまっては、推理小説としては・・・・・







話は変わりますが、来日中の中国の温家宝首相が歴史認識問題に触れ「うまく処理できれば、日中関係の良い政治的基礎になる。できなければ障害になる」と指摘しました。

これもネタがばれてしまった推理小説のようなもので、「鴻毛の軽きの如し」ですね。

2007年4月 4日 (水)

平泉寺児童館落成式

先月の30日に平泉寺児童館の落成式があり、産業福祉委員会委員長として参加させていただきました。


木材が多用された建築様式で、心地よさが抜群です。これで、市内の公立小学校の校区にはすべて児童館が建設されました。地域の核として活用していただきたいと思います。


さて、本年度から成器南小学校において放課後待機児童のための児童センターが開始します。

児童センターは福祉施設ですので厚生労働省管轄になります。これに対して学校は教育施設ですから文部科学省の管轄です。この2つが手を組んで放課後待機児童の安全を確保しようとするもので、成器南小学校がモデル校に選ばれました。

今年からの実績等を踏まえて、市内の各小学校区に導入が検討されることになるでしょう。

2007年3月23日 (金)

学校のあり方検討委員会最終報告

平成16年から3か年に渡って開かれた『勝山市の小中学校の望ましいあり方検討委員会』から最終報告書が議会にあがってきました。

もちろん、この最終報告書は市民に広く公開される予定です。今回は、最終報告書の中のそのものズバリの『最終報告』のところだけ書き写します。


(1)地域に開かれた特色ある学校を作るために、総合的な学習の時間や学校行事等で地域人材を積極的に活用し、地域と学校の関係をより深め、地域に開かれた特色ある学校づくりを進める。




(2)検討委員会では、過去3年間にわたり、以下の検討を行ってきた。
①校区内の子どもの数が大きく減少している現実を説明し、広く意見を聞くために、各地区、市PTA連合会、小・中学校の保護者、幼稚園・保育園の保護者との対話集会を開き、各対話集会で出されたことについて検討してきた。

②小学校の統廃合のモデル3案を作り、それぞれの学校規模によるメリット・デメリットについて比較検討した。統廃合のモデル3案を基に、市内全幼稚園、保育園、小学校、中学校の保護者を対象に「小・中学校の統廃合に関するアンケート」を実施し、参考資料として検討を行った。

③県外の特認校制度の視察調査や他自治体の学校統廃合の事前調査を行い、勝山市の統廃合を考えるための参考とした。

④勝山市民に、「小・中学校の望ましいあり方」について理解を得るために、積極的に集会やホームページで情報を公開し、広く意見を聞いてきた。



(3)勝山市の望ましい将来的な形として、小学校においては、1学年2学級以上になる学校として、市内の小学校を3校とすることが望ましい。
 また、中学校においては、1学年に4学級以上ある学校に統廃合することが望ましい。



(4)小学校は、全校児童数が30人を続けて切る時、又は30人以上であっても統廃合を望む意見がある時は、その該当校区で検討委員会を設置する。
 中学校においては、1学年2学級を続けて切る時、又は1学年2学級以上であっても統廃合を望む意見がある時は、当該校区で検討委員会を設置する。
 そして当該校区で意見を集約した段階で、審議会を設置するかどうかを検討する。ただし、統廃合を実施する場合には、地域の同意と長期的な展望が必要である。



(5)小・中学校の統廃合を行うにあたっては、単に数あわせの統廃合をするだけではなく、勝山市の新しい小・中学校をつくるという考えから行っていくものとする。



(6)小・中学校の統廃合を進めるにあたっては、児童・生徒の通学方法等、各集会で出された要望や課題も考慮し慎重に検討する。




かなり突っ込んだ内容の最終報告書になりました。

私が気になったのは、(4)の「続けて」というところです。「続けて」とは具体的にどの程度の年数を指すのかという私の質問に対して、山教育長は「2~3年を目処として考えたい」と答えられました。



いずれにせよ、最終報告書は提出されました。まずは、市民の皆さんもご覧になってください。ここには記しませんでしたが、保護者のアンケートは無視できないものがあります。




2007年3月20日 (火)

リコールされた市長の2400日

辻かよえもん前鯖江市長が本を上梓されました。




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帯に
『リコールされた市長の2400日』
『大衆主義の狡猾な装置としての市長解職の真実がここに史実となっている』
との煽り文句があるので、これは所謂暴露本なのかと思う方もいらっしゃることでしょう。

ですが、この本は改革を目指して様々な施策を行った市長の奮闘記です。恨みつらみが書かれているものではありません。




4年前のことです。告示の3週間前に急遽出馬することになった私は、出陣式に誰を呼べばよいのか誰が来てくれるのかすらわからない中、右往左往しながら靴の底を減らしていました。

そんな私の出陣式に快く来ていただいたのが辻氏でした。選挙戦も終わり、鯖江市役所へとお礼に行った際に間近でお話を伺いましたが、その圧倒的な情熱と施策の大胆さには驚いた記憶があります。一緒に伺った妻の言葉を借りるならば「オーラが違う」


その辻氏が書かれたのがこの本です。上の画像を見て勘の鋭い方は想像がつくでしょうが、アマゾンでも注文できますし県内の主要な本屋さんでも購入できます。

是非ご一読ください。



















2007年3月12日 (月)

予算審議始まる

いよいよ3月議会も本日から平成19年度一般会計予算の審議に入ります。

ここからが長い長い予算審議の始まり始まり。理事者も議員も耐久マラソンの覚悟で臨んでいます。


この新年度予算を審議する全員審査特別委員会は、傍聴が可能です。どのような議論が行われているのか、是非一度お越しください。




※特に、某団体の理事会を経験されている方は必見です、いろんな意味で・・・・


2007年3月 8日 (木)

観光プロデューサー

昨日の3月定例議会は、一般質問でした。私も12番目に質問しました。


内容の概略については、本日付の福井新聞・県民福井をご覧いただければと思いますが、以下の3点につき、理事者の考えを問いました。

①事業仕分けの導入について
②市職員のインセンティブ導入について
③地域福祉バスの料金格差について




全ての一般質問が終了し昨日の本会議が終了した後、市長と会談しました。左義長まつりに修学旅行生を呼べないかどうかを話し合うためです。

関西圏の学校の修学旅行は、スキー合宿などの形態をとるところが少なくありません。ならば、左義長まつり―恐竜博物館―平泉寺―スキージャムといった形で修学旅行のツアーを組んでもらうことも可能なはず。「実際にやってみると、宿泊施設はどうなるだろう」等々の話をしていたのですが、そこから話は観光プロデューサーの話に。


勝山市は、今、外部から観光プロデューサーを招聘しようとしています。

私はこのプランには大賛成ですね。というのも、現在観光地として栄えている地域には、必ずと言ってよいくらいこういうプロデューサー的な人物がいるからです。

よく、まちづくりには
①ばか者
②よそ者
③切れ者
が必要だと言います。
(「ばか者」とは、馬車馬のようにまちづくりをする人という意味ですよ、念のため)

この②と③の役割を果たすのが観光プロデューサーです。


ただ、一点気になったのは、呼ぶのであれば中途半端なことをしてはならないということ。具体的には権限と報酬の面で破格の待遇で迎えなければならないということです。極端な話、私は観光プロデューサーの報酬は市長と同等かそれ以上でも構わないと思うのです。それくらいの待遇で迎えなければ人材は来ませんから。

山岸市長もこの点には十分気を配っておられる様子。楽しみです。



2007年3月 1日 (木)

国歌伴奏判決

mainchi.comより


公立小学校の入学式で「君が代」のピアノ伴奏を求めた職務命令を拒否し、懲戒処分を受けた東京都の女性音楽教諭(53)が「伴奏命令は憲法が保障する思想・良心の自由を侵害する」として東京都教育委員会の処分取り消しを求めた訴訟で、最高裁第3小法廷(那須弘平裁判長)は27日、原告側の上告を棄却した。国旗・国歌の「強制」を巡る初の最高裁判決で「伴奏命令は思想・良心の自由を侵害しない」として、職務命令を合憲と判断した。同種訴訟に影響を与えそうだ。


そういえば、昨日の福井新聞には1面に「精神的苦痛検証されず」として、判決内容に不満を述べていましたが・・・・・

よくよく考えてみてください。



(1)教育公務員は学習指導要領に従う義務がある。
  (実は、こんな基本的なことすら裁判で争われたことがあったと記憶しています)

(2)そして学習指導要領では、「入学式や卒業式で、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導する」と定められている。

これだけで十分ではないですか?




国歌を伴奏することが精神的な苦痛を伴う。だから私は卒業式では伴奏をしないというのであれば、「私は、戦前の日本の悪行を正視できない。だからその部分を教えることはできない」という社会科教師が出てきても許されるわけです。極端なことを言えば、「私は先端恐怖症だから、図形は教えない」という数学教師もOKでしょう。

「国歌を伴奏する必要はない。テープで流しても良かったはずだ」という論調もちらほらと見ましたが、それが許されるのなら「私の授業はこれからビデオでやります」という教師がいても構わないのでしょう。



これと同じようなことを勝山市の職員が言ったら、皆さんは許しますか?


2007年2月19日 (月)

大野市議会選挙

昨日は、大野市市議会議員選挙の投票日でした。


同じ会議所のメンバーでもある兼井大君が、一からの再スタートということで頑張って欲しいと見ていましたが、結果はぶっちぎりのトップ当選!。
キタ━━━━━━(≧∀≦)ノ━━━━━━ !!!!!


おめでとうございました!本当に良かったです。

2007年2月 7日 (水)

新春の集い

この前の日曜日に、毎年恒例の『まつむら治門 新春の集い・市政報告会』を実施しました。


当日は、120人を越える人の参加をいただきました。ありがとうございます。


しかし・・・・未だに人前でしゃべるのには抵抗があります。何やら私のことを「口八丁・手八丁」のように思っている人もいらっしゃるようですが、基本的に私は人前でしゃべるのが苦手なのです。





そんな私ですが、市政報告ということもあり、1時間を超える長演説をしました。


勝山市の財政は大丈夫なのか・・・・
なぜ旧木下機業場は残さねばならないのか・・・・・
おりものミュージアムという手法は正しいのか・・・・
4月から住民税はどのように変わるのか・・・・
勝山の産業を活性化するためには何が必要なのか・・・・・
勝山の中に現れてきた地域間格差をどのように是正するのか・・・・


そんな話をしていると1時間は、あっという間に過ぎてしまいます。


市政報告の後は、新春の集いということもありくだけた雰囲気になります。ここで、色々なお話を参加された皆さんから伺うことになります。

その場で「やはり聞かないとわからないことはあるものだ」というご意見を多数いただきました。市政の現状がいかに市民に伝わっていないのかを痛感するとともに、まだまだやらねばならないことが多くあることを実感しました。

柳沢大臣の失言?

柳沢厚生労働大臣がまたしても失言をしたそうです。

asahi comより。

柳沢厚生労働相の発言が、また波紋を広げそうだ。野党側が国会運営の正常化に向けて動き始めた矢先。「女は産む機械、装置」発言の波紋が残る中、6日の会見では若者が「結婚し、子どもは2人以上持ちたいという健全な状況にある」などと語った。識者からは改めて疑問の声が上がった。


 コラムニストの天野祐吉さんは「結婚願望とか子どもの数を、統計データを基に、多数派、少数派というならいいが、『健全』という言葉を使うのがおかしい。『産む機械』発言と奥の方でつながっている気がするし、失言というより、彼の人生観、社会観が出たんだろう」とみる。
 その上で「少子化担当のポストは無理だと思うが、柳沢さんはある意味正直に発言しただけ」。


 心理学者の小倉千加子さんも「結婚したい、子供が2人以上ほしい、というのを健全とすること自体、古い道徳観からくる発言で、年齢的な限界を感じる」と言う。「こういう発言が止まらない人が厚生労働大臣をしているから、ピントのずれた政策が続き、少子化が止まらないのだと思う。(夫の発言をメディアでしかった)奥さんはずっとまともな方のようだから、これからは外で何か発言する前に、奥さんにチェックしてもらった方がいい」と話した。



 
一方、大日向雅美・恵泉女学園大教授(ジェンダー論)は「発言は適切でないが、これを 単なる失言の上塗りと取るべきではない」と指摘。「少子化対策で必要なのは、産みたいと思う人が安心して産める環境整備。その責務は国にあることを厚労相は心にとめて施策に励んでほしい」と言う。


 また、タレントの遙洋子さんは「自民党内で『極めて理知的で温厚』と言われる柳沢大臣ですら、端々に女性を傷つける一連の発言をする価値観にとらわれているのがこの国だ、と知るいい契機になる」と話した。


 社民党の福島瑞穂党首は6日昼、国会内で記者団に「色んな生き方の選択肢があるという問題の本質を理解していない。このような大臣の下で審議はできない。辞任要求を続ける」と述べた。






・・・・・正直、分かりません。『子供を二人以上持ちたい』と思うことは健全ではないのでしょうか。まあ、個人的には子供を『つくる』とか『持つ』という表現は好きではないのですが、格別この表現がおかしいとは感じません。


というか、そもそも『子供を二人以上持ちたい』という若者のために少子化対策をしているのではありませんか?この発言に腹を立てている人たちは、いったい何を少子化対策と考えているのでしょう。






百歩譲って、子供を二人以上持ちたいという発想が『健全』ではないとしましょう。


なぜ『健全』ではないのでしょうか。結婚していない人を差別するから?結婚しても子供ができない人たちを貶めているから?


結婚しないという生き方を選択することは個人の自由です。他人がそれをとやかく言う筋合いのものではありません。それと「子供は二人以上持ちたい」という発想とは次元の異なるものです。


「勉強ができることはいいことだ」というテーゼがあります。これは「子供は二人以上持ちたい」というテーゼと同列のものです。言わば、総論なのですね。

勉強のできる子には、それを誉めてやれば良い。野党連中の言っていることは、勉強のできる子に対して「お前は、いい気になってはいけない。『勉強ができることはいいことだ』と考えるのは、勉強ができない子への差別なのだ」と言い放つようなものです。


勉強が苦手な子には「別に勉強だけが人生のすべてではないんだよ」と言えば良いじゃないですか(実際、その通りですし)。結婚しない人には、「別に結婚しなくたって、それもあなたの人生じゃないですか」と言えばいいでしょう(実際、その通りですし)。


社会に存在しなければならない「価値観」と、それに従うか否かの「自由」は全く別物です。従わない人も保護しなくてはならない。従わない人も同列に扱わねばならない。だから「価値観の存在」は認めない・・・・というのでは、社会は成り立ちません。







確かに、望んでも子供が授からない夫婦もいます。私の身内にも永らく子供が授からずに、苦労した者がいます。あれは想像を絶する苦しみなのです。

しかし、そのような夫婦が野党の言うような慰めを聞いて心が落ち着くでしょうか。否、彼らは子供を授かりたいと切望して切望しながらも叶わないのです。子供を持ちたい。できることなら2人でも3人でも・・・と願う人々にとっては、野党やジェンダー論の教授の言い草は雑巾で顔をなでられるようなものでしょう。






ちなみに、柳沢大臣の発言の前後はどうなっているのでしょう。


記者) 少子化対策は女性だけに求めるものなのか、考えはいかがか。

(厚労相) 若い人たちの雇用形態が、例えば婚姻状況などに強い相関関係を持ち、雇用が安定すれば婚姻率も高まるような状況なので、まず若者に安定した雇用の場を与えていかなければいけない。

また、女性あるいは一緒の所帯に住む世帯の家計が、子どもを持つことで厳しい条件になるので、それらを軽減する経済的支援も必要だろう。もう一つは、やはり家庭を営み、子どもを育てることには人生の喜びのようなものがあるという意識の面も若い人たちがとらえることが必要だろう。そういうことを政策として考えていかなければならない。

他方、当人の若い人たちは結婚をしたい、それから子どもを2人以上持ちたいという極め て健全な状況にいるわけだから、本当にそういう若者の健全な、なんというか希望というものに我々がフィットした政策を出していくことが非常に大事だと思っている。




前後の文脈を見てください。これが今のマスコミであり、そして今の野党である。実に情けないことです。

2007年2月 3日 (土)

3月議会

先日、議会運営委員会が開かれ3月議会の日程が決定しました。

3月議会は2月28日から会期24日間で開かれます。


さて、傍聴をご希望のためにスケジュールを申し上げますと・・・

(1)2月28日
この日は市長の施政方針表明があります。現在の勝山市の課題、そしてそれへの取り組みがここで語られます。

(2)3月6日
この日は、代表質問があります。通常の議会ならば一般質問だけなのですが、3月議会は新年度予算を扱うため、市政の方針について各会派による質問が行われます。
(ちなみに、無会派議員には代表質問の権利はありません)

もちろん、通常の一般質問も行われます。一般質問は3月6日・7日です。


(3)3月8日・12日・14日・15日・19日
全員審査特別委員会が行われます。この全員審査特別委員会は昨年より市民に対して公開することになっています。

さて、全員審査特別委員会とは何をするところかと申しますと、予算審議をする委員会です。3月議会は、補正予算と新年度予算をこの特別委員会で審議することになります。



是非、市民の皆さんも傍聴にお越しください。

2007年1月24日 (水)

安倍首相の再チャレンジとは?

yahooより

安倍晋三首相は22日夜、首相公邸で岡崎久彦元駐タイ大使、政治評論家の屋山太郎氏らと懇談した。出席者によると、宮崎県知事選で元タレントの東国原英夫氏(そのまんま東)が当選したことが話題となり、首相は与党推薦候補が敗れたことにショックを受けた様子だった。ただ、首相は「そのまんま東氏は再チャレンジに成功した。自分の再チャレンジ政策はそういうものなんだ」とも述べたという。


・・・・・これ、いくらなんでも誇張してません?仮にも一国の宰相がこんなこと言うとは思えないんですが。

もしくは、よほどショックが強かったか・・・・この記事を読んで、私もショックを受けてしまいましたが・・・・

2007年1月17日 (水)

プロパガンダ映画にご用心

本年は、南京事件70年ということで色々な政治的思惑で様々なものが作られるようです。


読売から。

旧日本軍による1937年12月の南京事件をテーマにした米国のドキュメンタリー映画「南京」が完成し、ユタ州で18日開幕するサンダンス映画祭で初公開される。
 今年70年を迎える南京事件は、国際的な関心を呼ぶことが予想され、中国や米国で関連映画の計画が相次いでいる。「南京」はその先陣を切る作品として注目されている。

 「南京」は、事件当時、現地に滞在し多数の中国人を救済した欧米人の姿を中心に描かれている。
 中でも、ドイツ人ビジネスマンのラーベ氏を、ユダヤ人をホロコースト(ユダヤ人大虐殺)から救ったドイツ人実業家になぞらえ「中国のシンドラー」と位置づけている。監督は、アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞を2度受賞したビル・グッテンターグ氏。中国人生存者の証言を集めたほか、マリエル・ヘミングウェイさんら米国の著名俳優を起用し、欧米人の日記も読み上げる。事件をめぐっては、日中間で論争があるが、映画は犠牲者を「20万人以上」とし、 欧米人らの尽力で「25万人が救われた」としている。

 プロデューサーを務めた米インターネット接続大手AOLのテッド・レオンシス副会長が2年前、中国系米国人作家アイリス・チャン氏の自殺に関する新聞記事を読み、関心をもったのが制作のきっかけという。事件を告発したチャン氏の著作「レイプ・オブ・ナンキン」は、日本では「事実誤認が多い」と指摘され論議を呼んだ。

 サンダンス映画祭は、俳優のロバート・レッドフォード氏が創設し、低予算の「インディペンデント(独立系)映画」対象としては全米で最大規模。今年のドキュメンタリー部門には856の応募作から選ばれた16本が上映される。

 今年計画されている南京事件を題材にした映画は、ほかに中国の陸川監督の「南京!南京!」や、アクション映画で定評のある香港のスタンリー・トン監督の「日記」、「レイプ・オブ・ナンキン」を下敷きにした米英中合作など、少なくとも4本ある。
 米メディアでは「日中関係を緊張させる要因になるのでは」との見方も出ている。

南京大虐殺があったとされる南京攻略戦の際に、南京にいた住民の数は20万人(一説には30万人)と言われています。

なるほど、20万人の住民がいるところで、20万人以上が殺される大虐殺が行われ、欧米人の尽力のおかげで25万人が救われた・・・・・と。

与太話にしか聞こえませんね(苦笑)。




大虐殺というのであれば、よほど東京大空襲の方が大虐殺でしょう。一般民家に対して焼夷弾を用いてひとつの都市を丸々焼き尽くすという行為をジェノサイドと言わずして何をジェノサイドと呼べばいいのでしょう。広島・長崎の原子爆弾投下もしかり。東京大虐殺、広島大虐殺、長崎大虐殺と呼称してみては?


われわれ日本人の知らないところで、日本の名誉を著しく貶めようと画策している人たちがいることを、われわれは忘れてはいけませんね。


もちろん、獅子身中の虫がいることもお忘れなく。

再資本化力を高めるために

先週末に、青年会議所の総会&新年会に出席したときのこと。

メンバーのひとりに信金さんにお勤めの方がいらっしゃるので(というとメンバーにはモロバレなのですが)、彼と地方経済の再資本力強化の問題について語り合いました。

昨年の9月議会での私の一般質問でやり、新春の市政報告でも述べましたが、地方経済の再資本力強化は喫緊の課題です。


再資本力とは、詰まるところ「勝山に落ちてきた金が勝山経済の中をぐるぐると廻る」ということです。
(何回も同じ例えを出して恐縮ですが)
勝山の経済というコップがあった場合、ここには様々な資本が流入してきます。この資本はコップの中で水のように蓄積されていかなければなりません。なぜなら、この水がコップから溢れ出したとき、その水は剰余資本となり、その剰余資本(=溢れた水)をめがけて市外から人々がやってくるからです。
 市外から人がやってくるようになると、今度はコップの大きさそのものが変わってきます。つまり、コップが大きくなるのですね。そして、その大きくなったコップの中に水がどんどんたまっていき、溢れたところで更に人が集まり、コップがもっと大きくなる・・・・・これが再資本家力強化の理想的なスパイラルです。



ところが、現実には勝山経済から水はどんどん漏れていっているのです。

平成14年に勝山商工会議所が作成した資料では、100の資本が勝山に投下されているならばその100の資本のうち、勝山経済で消費されているのは70に過ぎないとのこと。つまり、30は市外へ逃げているのです。

もっとも、この商工会議所作成の作成した資料は、様々なデーターを重ね合わせて概算で算出されたものです。実際に、民間資本のどれだけが市外へ流出しているかという細かなデーターを揃えなければ、具体的な政策の打ちようがありません。昨年の9月議会の一般質問で、「早急に行政は、そのデーターを採取すべきだ」と訴えたのもこの点にあります。


いずれにせよ、再資本化力を高めるためには、もはや行政の政策のみでは困難な時代に差し掛かっています。

金融機関をも交えて、どのようにして取り組んでいくのか。極端な話、アメリカで実際に行われている資本制限のような政策すらも視野に入れていくべきではないでしょうか。

2007年1月12日 (金)

観光地化を望む人、望まない人

昨年の10月をもって、白山文化圏の世界遺産登録暫定リスト申請を行ったわけですが、これから勝山が平泉寺をどのように前面に打ち出すのかということ。これは非常に悩ましい問題です。


平泉寺が観光地化されることを望まない方々がいらっしゃることは事実です。特に、これまで平泉寺を守ってきた人々にとってはそうでしょう。

その一方で、「平泉寺を中心にして勝山を情報発信していこう」というムーブメントが高まることも予想されます。というよりも、必然的にそうならざるを得ないでしょう。

さて、その相反する気持ちをいかにして折り合いをつけるか・・・・・本当に難しいですね。






同じようなことは、左義長まつりにも言えると思います。

果たして、左義長まつりは誰のまつりなのか。旧町内の各やぐらをお持ちの区では、われわれがこのやぐらを維持管理しているのだというプライドをお持ちのはず。それは大切なことだと思います。だって、それがなくては左義長まつりそのものが崩壊してしまいますから。

ですが、このままでは「左義長まつりは勝山の祭り」として位置づけ、日本全国に発信しようという動きと、どこかでぶつからざるを得なくなるのですね。

例えば、大きな祭り・・・・徳島の阿波踊りや郡上踊り、風の盆といったものであるならば、否が応でも「外から来る人たちのこと」を考えなければならないわけです。言葉は悪いですが外圧があったりする(笑)。

左義長まつりは、そこへ至る過程の中にあると思います。言葉を換えるなら、「左義長まつりというブランド力」を着々とつけつつあるということでしょう。

その過程の中では、さまざまな軋轢や葛藤が生じてくるのは当然といえば当然なのかもしれません。

ただ、ひとつだけ言えるのは、「左義長まつり(or平泉寺)は、これから勝山を代表する存在として打ち出していくのだ」というテーゼを掲げてバッサリと反対する人々を斬り捨てるようなことだけはしてはならないということ。それは、政治のやり方として下策中の下策であるばかりではなく、人として許されないでしょう。

はてさて・・・・どうしたものか。悩ましいですね、本当に。

2006年12月28日 (木)

勝山南保育園民営化問題

9月定例議会から何かと問題になっていた勝山南保育園の民営化問題も収束しつつあるようです。

これについては、地元の皆さん、そして何よりも南保育園の保護者の方々より民営化を求める声が強かったことが大きな推進力になりました。


さて、その民営化については募集が行われたそうですが、そこに参加したのがやまぎし保育園だけだったそうです。

これは悩ましい状況ですね。確かに山岸市長は、以前に「手を挙げるのが山岸保育園だけだった場合、痛くもない腹をさぐられるのは真っ平ですからすべて白紙にしたい」旨を仰っていましたが、募集に応募したのがやまぎし保育園のみだった・・・・これは白紙に戻すべきではないでしょう。

これから、保護者・地域住民が参加するプレゼンテーションが行われます。その際に、事業計画等に満足がいかず、選考基準に達しなかった・・・・というのであれば、この話は白紙に戻せばよいだけのこと。

第一、ここで白紙に戻してしまったら、それこそ「市長とやまぎし保育園には何らかの関係がある」ことを公に認めてしまっていることにもなりかねませんから。

やまぎし保育園には何の罪もありませんし、何をさておき考えねばならないのは子供たちのことです。子供たちにとって一番よい環境を提供してくれると保護者たちが考えるのであればそれを最優先にもってくるべきでしょう。

2006年12月 5日 (火)

本年度のクマ!

ようやくクマ騒動も一段落ついた感があります。


ここで、今年度のクマの出没状況についてまとめておきましょう。



◎熊の出没状況
(1)情報件数 240件(平成16年 320件)

   (a)目撃情報(実際に熊を目撃した場合)・・・・・・・・144件
        9月まで35件
        10月 89件
        11月 20件
        12月  0件

   (b)痕跡情報(足跡、糞、食べ跡等を確認した場合)・・・96件
        9月まで28件
        10月 59件
        11月  9件
        12月  0件




(2)捕獲頭数  48頭(成獣40頭、幼獣8頭)→すべて山中に放獣
  
      ※平成16年 37頭(成獣 29頭、幼獣8頭)

       9月 成獣6頭、幼獣2頭
      10月 成獣22頭、幼獣3頭
      11月 成獣22頭、幼獣3頭
      12月 0頭


(3)捕殺頭数  2頭(成獣2頭)   (平成16年 16頭)

(4)交通事故頭数 1頭(成獣)

(5)人身事故   1人(軽症)     (平成16年 8人)




◎最近の出没情報
11月26日以降、新たな出没情報は入っていない。


◎檻の設置状況
設置した檻は11月30日までに全て撤去。


◎民家周辺における誘引物質
柿、栗、イチョウ、米ぬか、ボカシ、漬物、生ゴミ、味噌、食用油

以上のデーターは勝山市熊対策連絡協議会からいただいたきました。
ありがとうございました。


市の対応も、一昨年のものと比較してスムーズであったと感じました。来年からは、広報や見回りの体制も大幅に変えていくとのこと。頑張っていただきたいと思います。


2006年11月28日 (火)

白山文化圏を世界遺産に?

昨日、教育長発のFAXが届きました。

見ると、「白山文化圏の世界遺産への取り組み」の内容です。



ふむふむ・・・・・・



話の経過はおおむね次のとおりです。


石川県の白山市では、白山文化圏を世界遺産にしようという動きがかねてよりありました。

元々、石川県内には
 ①兼六園を世界遺産にというグループ
 ②白山文化圏を世界遺産にというグループ
の2種が存在します。前者は、金沢経済同友会や金沢商工会議所などが中心となり前田家18代当主の前田利祐氏を旗印に活動を推し進めています。後者は、白山市が中心となって活動しています。
これら2つの運動は元々スタートラインは同じであったものが、活動が進むにしたがって明確に分岐しているように見受けられます。

さて、この「白山文化圏を世界遺産に」という活動ですが、白山市単体で動くにはチトつらいものがあるわけです。


そこで、白山を囲む加賀・越前・美濃の三禅定道で運動を展開しようという方向性にシフトしてきたのでしょう。具体的には、「白山市・郡上市そして勝山市の三市でやりましょう」という声がけがあったのです。


具体的な説明は、明日の市議会全員協議会でなされるとのこと。

どのような説明がされるのか。楽しみなところです。

2006年11月22日 (水)

勝山市営温水プール

昨日、臨時議会が開催され、現在のそうごスイミングプールを勝山市が取得することを可決しました。


ご存知のように、相互不動産が所有していたこのプールは税金の未納により抵当物件になっています。ちなみに、第1抵当権者は福井県。勝山市は第2抵当権者です。

この抵当権付物件ですが、勝山市が相互不動産から当該物件を買いうけて、その売買代金を県に支払うことにより、県は第1抵当権をはずすという形で処理することになります。



さて、その内訳を見てみましょう。

土地・建物の取得費は3186万2000円です。
 (1)土地  2007万円
 (2)建物  1179万2000円

改修工事費は2950万円です。
 (1)建築関係    1420万円
 (2)プール設備関係 220万円
 (3)内装関係     320万円
 (4)電気・空調関係  990万円




さて、気になる利用料ですが、市営プールに限らず全ての市営施設では料金上限を条例により定めなければなりません。

これまで民間経営されていたときの料金は大人800円でしたが、昨日の設置条例にて料金上限は大人600円に設定されました。







問題は、果たしてこの料金設定で指定管理者が運営できるかどうかです。



ただし・・・・・こういう言い方をすると身も蓋もないのですが・・・・こればかりは神のみぞ知るというしかありません。

温泉センター『水芭蕉』の指定管理者問題については、私が委員長を務める産業福祉委員会で検討しましたが、その際に「指定管理者選定は両手両足を縛られた状態で審議する議案だ」ということを痛切に感じました。

「民間業者に委託して経営がうまくいかなかったらどうするのだ」「果たして本当に利益をあげられるのか」等々の議論が、そのときの委員会審議でも渦巻きました。しかし、わからないのですね。こればっかりは。やってみてうまくいくかもしれないし、うまくいかないかもしれない。やってみないとわからないという側面があるのです。
 もちろん、指定管理者に手を挙げた民間業者からは事業計画書などの書類が出てきますからそれを調査・検討します。「この事業計画書のとおりにうまく行くといいですね」という期待感、そして「おいおい、本当にこのとおりにいくのかよ」という不安感。その二つの間で揺れ動くことになるのです。


そして、指定管理者選定制度自体が悩ましいものです。指定管理者選定は次のようなステップを踏んで行われます。
 ①指定管理者の公募をする。
 ②市長が指定管理者の候補を決定する。
 ③議会がこの候補を承認する。
つまり、議会が取る態度は市長が選んだ候補者を「認める」「認めない」の2つしかないのです。こういう立場に置かれると、議会としては、市長部局が様々な観点から選定したものを尊重するより他にありません。すなわち、「明らかにおかしな業者」以外は通さざるを得ない状況になってきます。

ましてや、業者から出された事業計画書を鵜呑みにするならば、反対する理由はなにもなくなるのです。

先ほど「両手両足を縛られた状態で審議する」と申したのは、この状態のことですね。
ある意味、アノミーな状態です(苦笑)。




さて、その市営温水プールの指定管理者選定議案は12月議会に出されることでしょう。
福祉部管轄の市営温水プールは、市議会では産業福祉常任委員会にかかる案件です

・・・・・・・・(;´∀`)・・・マタカ・・・

2006年11月15日 (水)

教育基本法談義

教育基本法改正案が強行採決されるか否かが耳目を集めています。

ですが、多くの法案がかつてそうであったように、強行採決云々の対象となる改正案の内容がほとんど知られていません。

というわけで、まずは改正案を。



第一条(教育の目的) 
教育は、人格の完成を目指し、心身共に健康な国民の育成を目的とする。

第二条(教育の目標)
教育は以下を目標として行われる。
▽真理の探究、豊かな情操と道徳心のかん養、健全な身体の育成

▽1人1人の能力の伸長、創造性、自主性と自律性のかん養

▽正義と責任、自他・男女の敬愛と協力、公共の精神を重視し、主体的に社会の形成に参画する態度のかん養

▽勤労を重んじる

▽生命を尊び、自然に親しみ、環境を保全し、良き習慣を身につける

▽伝統文化を尊重し、郷土と国を愛し、国際社会の平和と発展に寄与する態度のかん養。

第三条(教育の機会均等) 
国民は、能力に応じた教育を受ける機会を与えられ、人種、信条、性別等によって差別されない。

第四条(生涯学習社会への寄与)
教育は、学問の自由を尊重し、生涯学習社会の実現を期す。

第五条(家庭・学校・地域の連携協力) 
教育は、家庭、学校、地域等の連携協力のもとに行われる。


第六条(家庭教育) 
家庭は子育てに第一義的な責任を有するものであり、親は子の健全な育成に努める。国・地方公共団体は家庭教育の支援に努める。

第七条(幼児教育) 
幼児教育の重要性にかんがみ、国・地方公共団体はその振興に努める。


第八条(学校教育) 
学校は、国・地方公共団体及び法律に定める法人が設置できる。規律を守り、真摯(しんし)に学習する態度を重視する。

第九条(義務教育)
国民は子に、別に法律に定める期間、教育を受けさせる義務を負う。国公立の義務教育諸学校の授業料は無償とする。

第一〇条(大学教育)
大学は高等教育・学術研究の中心として、教養の修得、専門の学芸の教授研究、専門的職業に必要な学識と能力を培うよう努める。

第一一条(私立学校教育の振興) 
私立学校は、建学の精神に基づいて教育を行い、国・地方公共団体はその振興に努める。

第一二条(教員) 
教員は、自己の崇高な使命を自覚し、研究と修養に励む。教員の身分は尊重され、待遇の適正と養成・研修の充実が図られる。

第一三条(社会教育) 
国・地方公共団体は、学習機会の提供等により振興に努める。

第一四条(政治教育) 
政治に関する知識など良識ある公民としての教養は、教育上尊重される。学校は、党派的政治教育、政治的活動をしてはならない。

第一五条(宗教教育) 
宗教に関する寛容の態度と一般的な教養ならびに宗教の社会生活における地位は、教育上尊重される。国公立の学校は、特定の宗教のための宗教教育、宗教的活動をしてはならない。

第一六条(教育行政) 
国は、教育の機会均等と水準の維持向上のための施策の策定と、実施の責務を有する。地方公共団体は、適当な機関を組織し、区域内の教育に関する施策の策定と実施の責務を有する。

第一七条(教育振興基本計画) 
政府は、教育の振興に関する基本的計画を定める。

第一八条(補則) 
この法律に掲げる諸事項を実施するため、適当な法令が制定される。



改正案に対する反対意見は「愛国心をいたずらに煽る」というものが多いのですが・・・・この内容で、愛国心が煽られると見るのはいかがなものでしょうか。





共産党・社民党などは「なぜ、教育基本法を変えねばならないのか」という話をするわけです。

これは、もっともな話で政府-与党はここを明確にすべきなのですね。それをしないばかりに教育基本法改正の話題が強行採決するか否かという政局論に行ってしまう。もっと有体に言えば、国民の間で改正論議が盛り上がらないのです。

今の子供たちはこれでいいのか?今の教育システムはどこかおかしいのではないか?という素朴な疑問を感じたことの無い大人はいないはず。それと教育基本法改正がリンクされない理由がここにあります。






(1)今の子供たちはこれでいいのか?
        ↓
(2)学校教育は今のシステムでいいのか?
        ↓
(3)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
        ↓
(4)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
        ↓
        ↓


        ↑
        ↑
(C)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
        ↑
(B)教育基本法の何を変えるの?
        ↑
(A)教育基本法を変えるらしい。

上のチャートは、現在の教育基本法談義を示したものです。個人の素朴な疑問である(1)(2)の流れは、(A)(B)とは結びつきません。なぜなら、教育基本法の役割が明確に提示されていないからです。




教育基本法の役割とは、子供に対しては「われわれはどのようにして子供たちを教育していくのか」を示すことです。次の世代を担う子供たちの教育理念を考えましょうというのが教育基本法改正なのですから、本来、盛り上がらないわけがないのですね。






教育基本法が制定されたのは、1947年。大日本帝国憲法の下での最後の議会となった第90回帝国議会で、日本国憲法とともに制定されました。

政府としては来年の制定60周年までには改正したいという腹づもりなのでしょう。いずれにしても60年も変わらないというのもおかしな話です。

時代が変わり、生活様式が変わったにもかかわらず「教育の最高理念」だけは一向に代わりが無い・・・・・これは、人によっては素晴らしいことだと言うかもしれません。「そこには、普遍的な『自由』や『人権』、『平等』が描かれているからだ」と。

しかし、そんなお題目で教育が成り立たないことを薄々と気づいていらっしゃるのではありませんか。

2006年11月13日 (月)

外交オンチ

最近の北朝鮮に関する論調の中に
 「あまりに追い詰めると北朝鮮が暴発するのではないか」
 「だから、北朝鮮を追い詰めない方がよろしい」
という声が聞こえてくるようになりました。

北朝鮮の核実験パニックが収まった現段階で、一見するともっともらしい事を言っているようにも見えますが・・・・・信じられない外交オンチぶりですね。


追い詰められて初めて交渉というものは始まるのです。



仮に暴発したとしても、その被害がわが国に及ばなければそれで良しとすべきでしょう。
少なくとも、日本以外の各国はそういう考えで交渉に臨んでいますよ、多分。

2006年11月 9日 (木)

学校の統廃合について

品のある土建屋息子さんより学校の統廃合についてのコメントをいただきました。ありがとうございます。

そこで、学校の統廃合について思うことを若干・・・




学校の統廃合については、次の2つが課題として挙げられます。

ひとつは、学校の統廃合が全市にわたって様々な影響を及ぼすこと。

品のある土建屋息子さんが述べられた「1中学校-3小学校」という構想は、私の中でもかなり上位に位置しています(もちろん、その他にもいくつかの構想がありますが)。

そこで、その構想を実現しようとした場合、どのようなことが起きるでしょうか。

校区が広がるため、スクールバスを走らせねばならなくなるかもしれません。そうなれば、公共交通の抜本的な見直しが必要になることでしょう。また、体育大会なども大きく変わるでしょうから体育協会など教育組織の見直しも迫られるでしょう。このように、様々な場面で思わぬ組織改革が求められるのですね。





実は、学校は学校単体で存在するのではなく、その周縁に様々なモノを付随させているのです。(例えとしてはあまり良くはないのですが)それはあたかもトヨタがトヨタのみで存在しているのではなく、部品会社や販売会社など様々な会社を周縁にくっつけているのにも似ています。

かつて明治維新を訪れた外国人たちは、子供が宝物として扱われている様を見て、日本文化を「子供の楽園」と称しました。この精神が、学校の周縁に様々な組織を呼んだのでしょうね。「学校は子供が学ぶ場」なのですが、大切な子供たちを育成していくためにはあれも必要、これもした方が良いのではないか・・・という想いで頑張っていったら、アレアレ?こんなに膨れあがってきたぞ?・・・・・

そういう経過が悪いと言う意図ではありません。ただ、そうやって膨れ上がってしまった学校周縁組織を、学校統廃合ではいかに統合・整備していくかが課題となるのです。それが第一の課題。







第二の課題として、学校の統廃合が「情と理のせめぎ合い」であることです。私としては、こちらの方が克服困難な課題だと考えています。

勝山が51年前に合併したとき、1町9村の枠組みはそのまま残されました。北郷村・荒土村・鹿谷村・・・・・といった合併前の枠組みは、そのまま北郷町・荒土町・鹿谷町・・・へとスライドされたのですね。

その枠組みの象徴が実は小学校なのだと私は感じています。それに加えて、地元から小学校が無くなれば子供たちの声が聞こえなくなるのではないか?といった寂寥感。そういった「情」の部分での割り切れなさが「理」に対抗し始めます。

少子化が進む中で学校の統廃合は避けられないという「理」の部分は誰しも納得できることでしょう。しかし、どうにも「情」の部分で納得できない・・・・・ここで「情と理のせめぎあい」が生じるのです。

学校の統廃合で失敗している自治体は、おおむね「理」に走りすぎた結果、住民の「情」が噴出して大混乱になるというパターンを踏んでいます。



思うに、現行の小学校校区が、昭和の大合併前の枠組みをそのままスライドしているならば、小学校の統廃合は「勝山市内の平成の大合併」をするという覚悟でやるべきでしょう。例えば・・・あくまでも例えばの話ですが(笑)、北郷町と荒土町と鹿谷町で小学校を統合しようとするならば、その三町が合併してひとつの町をつくるくらいの勢いでやらないといけないのでは?
(もちろん、合併しろというのではありません。それくらいの腹づもりでやって欲しいということです)

2006年11月 8日 (水)

非核三原則

核武装にまつわる最近のヒステリックな論調を見ていると、「非核三原則」とは
  
・言いたくない
  ・聞きたくない
  ・考えたくもない

というものであったことがよくわかります。


私は核武装反対論者です。しかし、「核武装はすべきだ」という議論すら封じてしまおうという論調には納得がいきません。

2006年11月 7日 (火)

高校世界史未履修問題

高校世界史の未履修問題が世間を賑わせていますが、今日も高志高校で免許を持たない教員が授業を行っていたというニュースが飛び込んできました。


「情報」の授業を、情報の免許を持たない数学教師が教えていたということですが、ちょっと信じられない事です。



これはあまり感心できないことなのですが、非常の手段として、美術・音楽・書道のように教員の絶対数が少ない科目については、代替免許制度が存在します。これをお読みの皆さんの中にも、「確か中学校のときに、英語の先生が美術教えてたぞ?」といった経験をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。これが代替免許なのでして、1年度に限って特別の教員免許を授与するものです。これを持てば、英語の教師でも美術の教員免許を有することになり、授業ができるのですね。

ただ、これはあくまでも緊急かつ非常の手段であり、通常では認められません。前述のように、美術や音楽、書道といった教員数そのものが少ない科目についてのみ認められるもので、そして、今回高志高校で問題になった「情報」もこの代替免許が許される科目であったはずです。






この代替免許は県教育委員会に申請すればよほどのことが無い限り認められる類のものです。私の納得がいかないのもこの点にあります。

申請すれば良いだけの書類を申請していなかった。しかも教員免許という資格そのものに係る根幹事項であるにも関わらず。

それほど学校現場のムードがしらけているということなのでしょうか?





世界史の未履修についても、このしらけムードが漂っているような気がしてなりません。

単位認定ができるかできないか。卒業単位を満たしているかどうかなどという問題は、真っ先に考慮されねばならないものです。それを敢えて見逃した管理職に漂うムード。

それにも増して、世界史の教員から批判の声は出なかったのでしょうか。世界史が必修科目になったのはここ数年の話ではありません。「世界史は必修科目である」・・・これは世界史担当教員にとっては自明の理であったはずなのに、「ちょっと待ってください。必修科目の世界史を、そんなお茶を濁すような事業で単位認定して良いのですか?」という声が当の世界史担当教員から出てこなかったのでしょうか。

管理職に漂うムード、そして世界史担当教員の声を圧殺する雰囲気。それを醸し出した最大の原因は「受験のために」という切り口上でしょう。





そして、
「受験のために・・・・・そうか、仕方ないな。受験のためにといわれればどうしようもないな」と、自己の思いを胸に畳んだ教員たち。彼らを作り出した元凶は、県教育委員会にあると私は考えています。



西藤教育長は、受験予備校へ高等学校教員を派遣してみたり、現場に予備校教師を呼び寄せたりと、受験力向上のための施策を展開してきました。

ただでさえ受験熱は過熱しやすいのです。仮にも県教育長がそのような施策を展開するならば、高校現場に「何よりもまず受験実績を上げねば」との思いが蔓延するのは避けられないでしょう。






私が高校にいた頃の校長は、「受験は大切だ。しかし、受験バカにはなるな」との教えをわれわれ生徒に説きました。受験には全く関係の無いOEDの大著を入れてみたり、「勉強で勝っても面白くなかろう。自分の苦手な分野で他校の生徒と競争してみよ」とはっぱをかけたりと、なかなかにユニークな校長先生でした。


そういった校長の個性を伸ばすも潰すも、行政の役割だと私は思っています。

それほど教育行政の役割は大きく、かつ残す傷跡も深いのです。


2006年10月22日 (日)

行政視察、その3(紫の巻)

さて、前回に引き続いて織物参考館『紫(ゆかり)』について。


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織物の歴史について学んでいる小学生グループとは別に、染物体験をしている小学生グループもいました。


子供たちは、施設のガイドさんの説明を聞きながら頑張っていました。








私たちの委員会にも、説明のためのガイドさんが附いてくれましたが、やはり説明する人がいないと面白味は半減します。
(仮称)おりものミュージアムでも、ガイドさんの存在は必須となることでしょう。




さて、このガイドさんたちは市の職員かというとそうではありません。

なぜなら、この織物参考館『紫(ゆかり)』は、民間施設だからです。しかも、桐生市からの助成金は一切もらっていません。つまり、完全な自主運営で進められているのです。





ガイドさんに伺ったところ、この施設を訪れる人々は年間約3万人とのこと。

そして、料金体系は
 大人            700円
 大学生・専門学校生  600円
 中・高校生        500円
 小学生          400円
 団体割引(20名以上、50円割引)
となっています。

仮に、3万人全員が団体で来たとして、年齢層の平均をとったら中・高校生であるというならば、料金収入で1350万円が入ることになります。

これと物販収入を加えた総収入で、公租・公課、建物のランニング・コスト、ガイドさん等の人件費を賄えるのかと、車中で計算しましたが、何とかいけそうな気がします。

それもこれも、
 ①年間3万人の来客数があること
 ②入館料をとること
の2つがあってはじめて成立することなのですね。

う~ん・・・・・

2006年10月21日 (土)

行政視察、その2(紫の巻き)

行政視察も2日目。



まずは、桐生市に移動して、織物参考館『紫(ゆかり)』へ。


この施設は、織物参考館という名前のとおり、織物の歴史を展示・体験する施設です。
そう、まさしく勝山市が進める(仮称)おりものミュージアムと同じ性質をもった施設なのです。


Photo_35
織物参考館『紫(ゆかり)』は、かつての繊維工場跡をそのまま使用しています。

この工場は、いわゆるノコギリ屋根が特徴的ですね。

















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この施設は、桐生市の織物の歴史も展示していますが、展示は「織物の歴史」を中心にストーリー展開しています。

織物の歴史は数千年に及びますが、その構造は「縦糸に横糸を通す」という点において、今も昔も変わりはありません。

左の写真は、数千年前の原始的な織り機ですが、これもやはり縦糸に横糸を通すという形になっています。

つまり、織物の歴史とは「いかにして早く、そして正確に縦糸に横糸を通すか」という歴史に他なりません。

それは技術革新の歴史でもあるのです。




このストーリーが大切だと私も以前から考えていました。仮に、(仮称)おりものミュージアムが勝山の繊維産業の歴史に傾注するなら、訪れる人々は限定されてしまいます。

魅力あるストーリーとは、大げさながら「人類の繊維の歴史」ではないでしょうか。





Photo_37

左の写真のように、子供たちが織物の歴史を学ぶために来館していました。

この子供たちは聞くと桐生の市外から来たとのこと。つまり、桐生の織物の歴史を学びに来たのではなく、織物の歴史そのものを学びに来たのです。



説明のためについてくれたガイドさんにお話を伺うと、こういった子供たちだけでなく、アパレル関係の専門学校やデザイナーたちも来館するそうです。
 彼らが何のために来るのかといえば「われわれ服飾関係に就こうという人間ならば、繊維の歴史について学ばなければならない」という想いがあってのこと。いわば、繊維にまつわる様々な業種の人たちにとっての学びの場になっているのです。


(仮称)おりものミュージアムでは勝山の繊維産業の歴史を展示すべきではない。やはり、敢えて織物そのものの歴史を展示することによって、より多くの人々に訴えかける必要がある。わが意を得たりとの感を強くしました。





また、原初よりの技術革新の歴史を眺めていると、今から見れば取るに足らない機械であっても、当時では革新的な技術であったことがわかります。

手早く織りたい、様々な色で織りたいという先人たちの望みが、少しづつ少しづつ積み重なって現在にまで至っているのですね。


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そういった流れを見た後で、ジャカードを見ると何とも言いがたい不思議な感じにとらわれ、しばし見惚れてしまいました。

左の写真のジャカードは現在も立派に稼動しており、生産品はみやげ物売り場で買うことができます。




2006年10月20日 (金)

行政視察・その1

火曜日から昨日まで、勝山市議会産業福祉委員会として行政視察に行ってまいりました。

行き先は、栃木の栃木市および群馬県の桐生市・富岡市です。桐生市・富岡市と聞いて、勘の良い方ならば視察目的はお分かりでしょう。

そう、「おりものミュージアム」です。繊維の歴史が古い桐生市は、繊維工場をさまざまに活用していますし、富岡市は富岡製糸場を世界遺産に登録すべく活動しています。




初日は、朝早くに勝山を出発し、新幹線を乗り継いで何とか昼過ぎに栃木市に到着。

栃木市は、かつての県庁所在地ということでもわかるように、江戸時代には物資集積のまちとして栄華を誇りました。

その名残は、さまざまな蔵が残っていることからも見て取れます。



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左の写真は、八百屋さんですが、このような蔵の中で当たり前に八百屋さんが商売をされています。









八百屋さんが蔵構えでやっているくらいですから、観光案内所も当然に蔵構え。


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この写真ではわかりませんが、この観光案内所が面する大通りは、電線を地中に埋め込んであります。やはり、電線がない風景は広々としていて気持ちの良いものです。















このように多くの蔵が残る栃木市では、「蔵のあるまち」というテーマでまちづくりを展開しています。


Museum
これは『とちぎ蔵の街美術館』。

200年前に建てられた蔵を美術館として利用しています。










M_6
中は、こんな感じ。ここは廊下ですね。


今回訪れたときには、田中一村の美術展をやっていました。

私の妻は、田中一村の画集も持っているくらいの大ファンで、「いいなあ・・・・」と羨ましがられました。


・・・・・・ごめん、実は田中一村のの絵はほとんど見てないんだ。蔵ばっかり見てたせいで・・・・・




Uzuma1 このように古い景観を利用してまちなみを整える手法は、勝山のどこで使えるかな・・・・などと考えながら、視察の一日目を終えたのでした。





2006年10月 6日 (金)

遺産目当ての同居?

まずは、この記事をご覧ください。

内閣府の外郭団体、家計経済研究所が2006年10月4日に発表した「消費生活に関するパネル調査」によると、親からの相続に期待できる割合が高いほど、親との同居を選ぶ可能性が高くなる、という傾向が明らかになった。26歳~46歳の女性1,864人から回答を得た。

 同調査によると、夫の親については、「相続の期待がある」場合、そうでない場合よりも同居を選ぶ確率が31%高くなり、妻の親についても、「相続の期待がある」方が同居の確率が15.7%高くなる。

何と言うべきか・・・・・・これは一体全体、データーをどのように解釈したのでしょうか。気になったので、家計経済研究所の調査発表を読んでみると、

「夫方からの相続を期待している場合は、夫方での同居選択率が高くなる」
と断言しておきながら、その舌の根も乾かぬうちに

「ただし、単年度のデーターなので、最初から相続を期待して、同居を始めたのか、逆に同居し、親の世話をすることで相続を受ける期待が膨らんだか、その因果関係は確認できない」
と言い放つ始末。

しかも、肝心の設問内容、すなわち「どのような質問を被験者にしたのか」が全く明らかにされていません。





例えば、長男の嫁になったとしましょう。別に、相続目当てで結婚したわけではありません。好きになった人が長男であった。長男が家を継ぐであろうことは覚悟の上で嫁いできた・・・・・・その女性に対して、「長男が相続することは期待できるか?」という質問をしたならば、「それって当たり前じゃないの?」と答えるに決まっています。

私の記憶が誤っていなければ、長男が相続人になる場合、その配偶者である女性は相続人にはなりません(配偶者が養子縁組を結ぶのであれば別ですが)。配偶者である妻が相続人になるのは、夫が死んだ場合です。

(ひょっとしたら、私の知らない間に民法大改正が行われて、配偶者にも相続権が生じたのかもしれませんが;)


ですから、このアンケートにおける「相続期待可能性」は、配偶者である女性自身に相続があるか否かという期待可能性ではなく、「夫の親が亡くなった場合、あなたの夫に相続期待可能性があるか」という質問であったはずなのです。

これ自体はごくごく当たり前の質問です。

そこから、あたかも「遺産目当てで同居可能性が高くなる」と言わんばかりの結論を導き出す感性が信じられません。

まさか・・・・・・本当に「同居しているのは、親の遺産目当てですか?」といった類の質問をしたのでしょうか?仮にそうならば、もはやアンケート云々以前の問題です。










・・・・・ひょっとして、こういうネガティブキャンペーンを繰り広げて、相続税アップを狙っているのでしょうか?

2006年9月28日 (木)

ブッシュ妄言録

注文していた『ブッシュ妄言録』が届きました。



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何と言うか・・・・・・一言、すごいです(笑)







記者会見で、
「我々には、2億5000万年分の石炭の備蓄があることを知っていますか?」
などというトンチンカンな言い間違いや

2004年10月27日のペンシルバニア州リッツで行われた勝利集会でのスピーチで
「9.11は私を変えました。グラウンド・ゼロに立ったあの日を覚えています・・・・2001年9月4日でしたね。あの日のことは決して忘れません」
といった勘違い。

はたまた、国会演説で
「日本とアメリカは150年もの間、すばらしい同盟関係を結んでいます」
などと、訳のわからないことを言うのはまだ可愛らしい方です。


8歳の子供に、世界貿易センタービルに1機目の飛行機が突入した映像を最初にみたときの感想を聞かれて
「下手なパイロットがいたもんだ」
と答えてみたり、

ブラジル大統領、フェルナンド・カルドソに向かって
「ブラジルにも黒人はいるの?」
と真顔で聞いて、ライス国務長官に「大統領、ブラジルにはたぶんアメリカよりも多くの黒人がいると思います」と助け舟を出されるに至っては、正直、この人大丈夫かしらと思わずにはいられません。




ぶっ飛んだのは、ハートフォード・クーラント紙の記者とのインタビューで、「父上と政治についてお話されるかと思いますが、どんなことが話題にのぼりますか?」との質問を受けて、
「プ○シー」
と答えてます。公序良俗に反するため、○の中はご想像にお任せしますが・・・・・仮にも一国の大統領が、それかよ!・・・・・・


これに比べれば、イギリス滞在中に子供にホワイトハウスはどんなところかと質問されて、
「白いよ」
と答えたことなどモノの数ではありませんね。





さすがに、バカだバカだと言われ続けて、ブッシュ大統領も心中穏やかざるものがあったのでしょう。U.Sニュース&レポート誌のインタビューにこんなことを言っています。

「私のことを大統領として知能が足りないと言っている人たちは、その事実をまだまだ甘く見ている」


・・・・・・すみません。本当に甘く見てました・・・・・・・



2006年9月22日 (金)

変な判決

行きつけの散髪屋へ髪を切りに行きました。

この散髪屋が気に入っているところは、私が何者であるかを充分に理解した上で、政治の話を一切しないところです。

実は、こういう場所は非常にありがたいのです。




ところが、その散髪屋の親父さんがいつになく憤慨した様子で私にまくし立てるのです。

何事かと聞いてみると、例の東京地裁の判決に納得いかないとのこと。式典における国歌・国旗の強制は憲法違反であるというアレですね。




「ああ、あれですか」

地裁レベルの裁判官には、思想的に偏った人が多いことはもはや常識に属することです。だいじょうぶ。高裁でひっくり返りますよと説明しても、「おかしいよ。個人の思想や何やらで式を滅茶苦茶にして、どのつら下げて教育者だって言えるのかね」と憤懣やるかたなしといった具合。

勝山に大阪から嫁いでこられた方としゃべっていたときのこと。あまりにも勝山の入学式・卒業式がしっかりとしているので驚いたと仰っておられました。われわれにしてみれば、ごくごく常識的な式典のあり方は、どうやら大阪・京都・兵庫(わかりますね、何が強い地域かは)では異常な式典のようです。

最近も、兵庫から勝山に来られた方とお話をしている中で、神戸近辺の公立小学校がいかに異常な同和教育をしているか、そのおかげで公立小中学校の地盤沈下が進んでいるかを知りました。

われわれは福井県、その中でも特に穏健な地域で教育を受けられたことを感謝すべきなのかもしれません。





あの地裁判決に対しては特に言うことはありません。あんな異常な判決は、高裁でひっくり返るに決まってますから。



ただ、いくつか気づいた点が。

散髪屋の親父さんは、地裁判決に対して怒ると同時に「うれしそうに福井新聞は1面にデカデカと載せやがって」と、そちらにも怒りの矛先を向けていました。

なるほど、そこに怒るのか・・・・・と妙に納得(苦笑)。




もう1点。

公務員にも思想・良心の自由はあるのだ。たとえ卒業式に教育公務員の身分で出席していても自己の思想・良心の自由に従って行動すれば良いのだ・・・・・と主張する人たちは、今後首相の靖国参拝に対しては批判することはないはず。

ちょっぴりほっとしました。

仮に「あれは政教分離なのだ」という理屈であるならば、これからは伊勢神宮参拝も、全国植樹祭も憲法違反として訴訟してくださいね。楽しみに待っています。





我田引水?

とある政治系の雑誌に山岸市長がまたしても我田引水をはかっているとの記事が出ました。

通常ならば、こういった記事に対してコメントをすることはないのですが、この件に関しては、私自身が市議会産業福祉委員会の委員長として担当している案件でもあるので、若干述べさせていただきます。


記事の内容は・・・・読まれた方もいらっしゃるでしょうが・・・・勝山市立南保育園の民営化の問題についてです。当該保育園を民営化するにあたり、やまぎし保育園に便宜を図り、民営化後の委託先はやまぎし保育園を指定する・・・・・というもの。



この民営化問題について、担当委員会委員長として市長と個別に協議をした際に、そういった誘導があるのかないのかを聞いたことがあります(聞くときは直裁に聞きます)。

市長は「そういったことは一切ない」と答えられましたので、もうひとつ意地の悪い質問をしてみました。「仮に、手を挙げた保育園が、やまぎし保育園のみであった場合、どうなります?」

すると、市長は「もしもそういった状況になった場合は、選考そのものをすべて白紙に戻します」と仰りました。「痛くもない腹をさぐられるのはまっぴらですから(笑)」とのこと。




今回、南保育園の民営化問題がこじれた最大の原因は、来年の予算化に向けて市職員がスケジュールを組みすぎた点にあると私は考えています。

来年の予算化を目指すのであれば、どうしても11月から始まる来年度予算要求に向けて概略を固めなければなりません。俗に言う「ケツが押している」状態で、スケジュールを組んでしまったのです。




来年度予算に組み込まなければならない必要性そのものについては、市職員から説明を受けたので理解はしています。

しかし、産業福祉委員長ひとりが納得しても意味はありません。本当に納得しなければならない人々は、南保育園の父兄であり、地区の人々なのです。

その意味で、拙速のきらいがあったかな?と感じています







市長も、拙速であったことは十分に認めて、南保育園の父兄ならびに地区の人々との対話を十分に持つよう指示しています。

また、民営化先の選定に当たっては、公開のプレゼンテーションを実施し、その結果を踏まえて選定するとのこと。


というわけですので、市民の皆様にはつまらぬ風説に惑わされず、慎重に事の経緯を見守ってください。












2006年9月21日 (木)

安倍新政権に対する批判

安倍官房長官が自民党総裁に選ばれたことで、野党は一斉に反発を強めています。

野党、「格差」「歴史認識」で安倍総裁を追及姿勢

・安倍官房長官が自民党新総裁に選ばれたことについて、野党各党は20日、格差是正の具体策や安倍氏の歴史観について追及していく姿勢を鮮明にした。

 民主党の鳩山由紀夫幹事長は記者団に対し、格差是正が重要な政治課題だと指摘し、「官房長官だった小泉内閣を否定できない。拡大を是認する政治のまま突っ走っていくのか、今まで聞いている範囲ではあまりにあいまいだ」と述べた。

 共産党の市田忠義書記局長は国会内で記者団に「安倍氏では内政、外交の行き詰まりを打開できない。むしろ一層ひどくする。とりわけ『村山談話』での侵略戦争・植民地支配へのおわびと反省を明言していない」としたうえで、「教育基本法改正案や憲法改悪を阻止したい」などと述べた。

 社民党の福島党首は国会内で記者会見し「安倍氏は戦後最も戦争に近い自民党総裁。対決に全力を挙げるとともに、リベラル勢力の大結集を図りたい」として、国会での共闘を確認するために野党党首会談を呼びかける考えを示した。

 新党日本の田中康夫代表も東京都内の党事務所で記者会見し「言論の自由を奪いかねない共謀罪を始め、安倍氏の構築する社会は『第3次岸(安倍氏の祖父)内閣』の始まりともいえる。古い、最もあいまいな自民党政治だ」などと批判した。
 ただ、国民新党の綿貫代表は、都内で記者団に「地方を壊し、格差をつけた小泉政治を続けるのか修復するのか。後の人事も含めてお手並み拝見だ」として、具体的な論評は避けた。
  (アサヒ・コム)

なんでそこにばっかり視点が行くのかよくわからないところです。

仮に、小泉政権の継続として安倍新政権を批判したいのであれば、地域格差の問題の根っこにある問題を片付けなければならないはず。

まずは200兆円とも380兆円ともいわれる国家予算の特別会計を明らかにさせなさい。

この特別会計は、官僚たちが頑として公表しないというのであれば、会計基準を明確化するところからはじめなさい。






「格差是正について自民党を攻撃されるのは結構ですが、対案はお持ちですか?」といわれては野党も答えようがないでしょう。

地域を破壊し、格差を助長させるというのは、詰まるところ戦後を支えた「均衡ある発展」の崩壊です。

その崩壊の最大の原因は、国家予算の分配そのものが不可能になったということ。ならば、その国家予算が一般会計・特別会計を合算してどれくらいになるのか、それを正確に把握することから始めるべきではありませんか。




歴史認識で自民党が揺らぐと思ったら大間違いですよ。

もしも対外的問題でつつくのであれば、対米追従。特にアメリカの年次要望書の強圧的な物言いを批判すべきでしょう。




2006年9月20日 (水)

35年前の市民の想い

私の目の前に2冊の小冊子があります。




ひとつは、『勝山市総合アンケート』


Jc
これは勝山青年会議所が昭和46年に上梓した市民対象のアンケートで、たまたまJCルームで見つけたものです。


作成までに1年と9ヶ月を費やした労作だけあって、20877名の有権者(当時)の中から、1458の標本抽出を行い、公衆衛生、生活環境、住宅問題、都市問題、交通問題、観光問題、教育計画、消費者保護、社会福祉、労働問題、産業振興問題、政治行政の12項目に渡って60の設問を設定しています。





時代を感じさせる質問もあります。

「問5:あなたは勝山市が赤字財政再建団体であることを知っていますか」
という質問は、まさに当時の緊迫した状況下での質問でしょう。

中にはちょっと微笑ましいものもあります。

「問44:あなたの血液型は何型ですか」



こういった質問もあるとはいえ、質問全般にわたって、現在の勝山市が抱えている問題と同様の事柄について35年前の人々の思いが伝わってきます。



「問1:市政に市民の声が反映されていると思いますか」

「問7:あなたは勝山市に対して、特に望みたいものを1つ選んでください」

「問8:勝山市の産業を振興させる上に、最も必要と思われるものを下記の中から1つ選んでください」

「問13:勝山市の若い労働力が県外になるべく出て行かないようにするには、どうすればよいと思いますか」


「問19:勝山の観光事業として最も力を入れなければならないのは、次のどれだと思いますか」

等々の質問は、今の勝山市が抱える問題そのものであり、逆に言えば35年以上も前から問題であり続けたということでしょう。






これは(社)勝山青年会議所の備品であるため、いくらメンバーとはいえ私することは許されませんので、コピー・製本を印刷会社にお願いしました。複写しなおしたものを今後使って行くつもりです。




この冊子は会議所の財産であると同時に勝山市の財産でもあるので、市民・行政にも有効活用していただきたいものです。






もう一冊目の前にあるのが、『勝山市都市計画マスタープラン』の素案です。


Photo_16
書庫を整理していたところ、偶然出てきました。

これは21世紀の勝山市の都市計画を定めたものですが、『勝山市総合アンケート』を読んだ後に見ると、どうしても違和感を覚えてしまうのです。


都市計画は全方位的でなければなりません。なぜなら都市は人々が住み・憩う場所だからです。子供、青年、壮年、高齢者のすべてが住む場所として都市が位置づけられる以上、それぞれの世代の嗜好性を満たす都市づくりが求められます。

しかし、「全方位的」であるためには、コアになる概念がなければなりません。その概念を足がかりにしてそれぞれの世代に訴えかける都市づくりがなされるのです。



35年前の勝山市民が求めたものが現在も達成できていない状況を考えると、果たしてこのマスタープランのコア概念で35年後の市民は納得できるのか・・・・・・そこに何となく疑問を感じるのですね。

2006年9月16日 (土)

麻生太郎、来福!

自民党総裁選挙を控えて、麻生太郎外務大臣が来福しました。

というわけで、どのような演説をするのかを聞きにLPAへ。


Photo_14
LPAでの街頭演説の写真です。あいにくの雨でしたが、200人くらいいたでしょうか。

中央に写っているのが・・・・ものすごくわかりづらいのですが、麻生太郎です(笑)。

ちなみに、よく見ると、屋上にSPが立っているのが見えますね。


そう、周りはSPだらけでした。スーツに身を固めたSPから私服のものまで。



内容は、さすがに総裁に立候補しようという人物だけあって、平易で説得力のあるものでした。




ちなみに、妻は麻生太郎のべらんめえ調がいたくお気に入りでして、本日も満足して帰路につきました。

演説が終われば、恒例の握手。せっかくだからと、妻と並んで握手してきました。私もミーハーです。8ヶ月の坊主に至っては・・・・・「でかいね、この子」という訳のわからぬお墨付きまでいただく始末(苦笑)。





自民党選挙もいよいよ大詰めです。一般党員の投票締め切りも迫りました。さて、どうなるでしょうか。







【内輪の付記】
会場で、次年度を見かけました。奥村理事長と朝倉次年度も。何やら、奥村理事長は明日もお付き合いせねばならぬそうで・・・・・本当にお疲れ様です。



2006年9月12日 (火)

文字のサイズ

「ブログの内容が、硬い話と柔らかい話の差がありすぎる」という意見を多々いただきまして、それならば・・・・・と、柔らかい話のフォントカラーを変えてみました。




これで一目瞭然、よしよし・・・・・と、ひとり悦に入っていたところ、今度は「硬い話のフォントカラーが寂しい」というご意見をいただきました。


なるほど、確かに政治がらみの話が沈んでいるような気もします。そこで、政治の話のときにはフォントそのものを大きくしてみました。


さて、いかがなものでしょうか。
妻に言わせると「あなたのブログは長すぎる」らしいのですが、元々が掲示板の代わりにブログを設置しているので、私からみればこれでいいような気もします。

いずれにせよ、フォントサイズを大きくすることで、さらに長大なブログになってしまいますが、どうかご容赦を。

産業振興の基礎データー

日曜日に開かれた勝山青年会議所の「クリーンアップ九頭竜川 ―川、再清へ―」も無事に終わりました。胸をなでおろす暇もなく、月曜日から勝山市議会9月定例会です。



月曜日は一般質問。

私は順位6番目の質問者として、質問をしました。

一般質問のスタイルには色々ありますが、分類のひとつとして「提案型」と「追求型」に分けることができます。

前者は、市長はじめとする理事者に対して「勝山市政にこういった手法を採り入れると面白いんじゃないですか?」という提案をするタイプ。後者は、「勝山市政のここを手直しするといいんじゃないですか?」というタイプですね。

もちろん、どちらも勝山市政を良くしようとする点で変わりはありませんし、どちらが良くてどちらが悪いというものでもありません。強いて言うならば、キャラクターの違いなんでしょう。

私はどちらかといえば、前者に属するタイプだと思っています。




さて、今回の一般質問で提案したのは「産業振興の基礎データー」についてでした。

昨年末から、「勝山経済圏の地域内再投資力を高めるにはどうすればよいか」というテーマについて検討してきました。

これはどういうことかと言いますと、地域経済の振興を考える上で資本の流出をできるだけ避けようということなのですね。

かつての公共工事に代表されるケインズ流の考え方は、「市場に投入される1億円は、単に1億円の価値以上を産む」というものです。経済波及効果といえばよろしいでしょう。

ただ、ここで問題なのは、経済波及効果が勝山経済圏において乗数効果を生むのならば良いのですが、現実にはそうはなっていない点です。勝山市民の中でも福井へ買い物に行く人もいれば、大野で食事をする人もいます。そういった日常生活の中で資本は勝山経済圏から外へ逃げて行きます。

例えば、アメリカでは資本制限という形で経済圏内で強制的にフローがまわるような仕組みをとっている自治体もあるくらいです。受け口は広く、出口は狭く・・・・としておけば、否応なしに経済圏域内には資本が蓄積されて行きます。






貯金を想像してください。貯金をしたことのある人ならばわかるはずですが、ある一定のラインを超えると、妙なことが起きてくるのです。

1日100円ずつ貯金していくとします。単純に計算すれば1年間で3万6500円。10年間で36万5000円貯まる計算になります。「なんだ、10年間で36万円か」と思われるかもしれませんが、おそらく20年目を超えた辺りから、貯金額に微妙な変化が訪れることでしょう。いわゆる「金が金を産む」状態になるはずです。

もちろん、これは私の実体験ではありません(微苦笑)。ただ、貯蓄を長年された方々が口を揃えていうことは「ある一定のラインを超えると、不思議に金が金を産み始める」そうです。

ほら、『マルサの女』でも山崎努扮する権藤英樹が言ってたじゃありませんか。
「金のたまる秘訣はね。コップに酒を入れるとするだろう。あんたたちは、入れてこの辺りで飲んじゃう。これじゃ金はたまらない。我慢するんだよ。ほら、もっと入れるだろう。まだ飲んじゃいけないよ。入れて、入れて、溢れてくる。それを舐めて我慢するんだよ」
(うろ覚えなので、台詞の細かいところには突っ込まないでください;)

地域経済圏で考えるならば、この「コップから溢れてくる酒」こそが剰余資本なんでしょうね。

そして、それが産まれる段階になれば、その剰余資本をめがけて人々が殺到するはずです。

そうすると次には何が生じるのか。コップそのものが大きくなるのです。そして、コップが大きくなれば、溢れてたれてくる酒の量も大きくなる。この正の循環が確立した段階で、勝山の経済圏は完全に再生されたといえるのでしょう。




昨年末から続けてきた検討の中で、ゴールはすぐにわかりました。勝山経済を前述のあふれるコップの状態に持っていけばよいのです。

その次の検討課題は、その状態に行くためには何をどうすれば良いのかという問題でした。

ここでハタと困ったわけです。具体的な施策を考えようにも、出発点となるデーターがないのですから。つまり、現状の正確な把握が極めて困難だったのですね。

絵を描こう、施策を考えようとしても、現状把握ができないことには単なる空想話の域を出ません。
 勝山の市民の消費動向はどのようになっているのか。お年よりはどこで日常生活用品を揃えているのか、子供を抱える世代はどこで子供の服を買っているのか、どこで食事をしているのか。福井なのか、大野なのか、それとも勝山市内なのか。レジャーで遊びに行くところはどこなのか。そしてどれくらいのお金を使うのか・・・・・等々。

そういった動向調査をするのは、今をおいて他にないと私は考えています。

市町村間の競争がこれから本格的に激化して行く中で、競争が始まってから「しまった」と臍を噛んでも時は戻ってきません。

今回の一般質問が「産業振興の基礎データー」になったのはこういう理由からでした。









さて、こういったことを私は一般質問で提案したわけですが・・・・・・理事者にとっては答えづらいでしょうね(苦笑)。

おそらく私が理事者の立場だったら「御説ごもっとも。ですが『はい、すぐにでもやります!』とは、口が裂けても言えません」と思うでしょうね。確実に。

まあ、理事者の立場もわかるので、それ以上は突っ込みません。突っ込みませんが、3年間に渡って様々な提案型の一般質問をしてきて「これから研究いたします」という答弁をされ続けた立場としては、「今まで提案してきた私の一般質問に対して、理事者は『研究いたします』という答弁をしてこられた。ならば、どの程度研究が進んだのか。その報告をして欲しい」という一般質問をしてみるのも面白いかもしれません(半ば本気)。


いずれにせよ、市議会の一般質問ではこんなことをやりとりしています。マルサの女は、さすがに質問内容には出てきませんが、面白い質問も多いので是非傍聴にお越しください。

市庁舎内ならば議場外でも音声で聞くことができますし、各地区公民館でも放映しています。










2006年9月 7日 (木)

奉祝

まずもって、親王殿下のご生誕につきお喜びもうしあげます。





なにやら色々な声が聞こえてはきますが、まずは
君が代を聞きながら親王殿下の健やかなご成長を願うことにしましょう。




個人的には、加熱するマスコミの報道を見ていると、やはり皇室は京都にお隠れになられたほうがよいとの想いを益々強くしました。



2006年8月29日 (火)

金沢商業高校視察

勝山の産業活性化のグランドデザインを描いていく中で、どうしても欠かせないのが起業家の存在です。

起業家の育成に関しては、現段階では社会人を対象にして実施されていますが、私はこれを高校生レベルまで年齢を下げられないものかと考えていました。

そこで、色々と調査検討を重ねていったところ、お隣の石川県に金沢商業高等学校がユニークな取り組みをされていることを知ったのです。




そこで、早速、勝山商工会議所にお願いして橋渡しをしていただき、本日視察に行ってきました。

こういったときに、独り者は小回りがきいていいものです(笑)。







金沢商業高校は、金沢市の東部に位置し、創立106年の歴史誇る伝統商業高校です。

近辺に金沢大学医学部や小学校、盲学校があり、木立に囲まれ落ち着いた雰囲気の町並みでした。


この金沢商業高校は、3年前に実業界から民間出身校長として東森正則氏を招聘し、様々な取り組みをなされています。

(残念ながら、東森校長先生は本日所用で外出されていたためお会いできませんでした)








金沢商業高校では、『金商ライフサポート株式会社(模擬』をされています。

これは、生徒たちが作る株式会社ですが、担当の清水先生からは「必ず『模擬』という言葉を付けてください」と言われました。

つまり、あくまでも商法に定めた株式会社ではなく、模擬会社という位置づけです。そもそもが、学校教育の一環として活動しているものであり、商法法人のように利益を追求するものではないこと、逆に「模擬」法人とすることによって、商法法人が抱える規制から抜け出すことができることが理由だそうです。

「模擬」と言っても、馬鹿にしたものではありません。全生徒が株主となり、その中から取締役を選任。取締役会から社長を選出し、その社長の下、総務部・経理部・第1営業部・第2営業部・企画事業部まで組織されています。
(もちろん監査役も)

それぞれの役割を見ていきましょう。




総務部は、「商標登録、商工会議所、広報活動」等を担当します。

商標登録」とは、金商ライフサポート株式会社(模擬)が作ったオリジナル商品の商標登録を研究・実行することです。この商標登録も起業家育成の観点からは重要な項目であると清水先生は仰っておられました。

商工会議所」とは、金沢商工会議所との連絡・調整を図ることです。金商ライフサポート株式会社(模擬)は、金沢商工会議所のメンバーとして名を連ねています。実は、私が冒頭で「勝山商工会議所に橋渡しをしていただいて」と書いたのも、この関係からです。

もちろん、高校での株式会社としては全国初めての正会員です。実際に経営者から生の声を聞いたり、商工会議所主催の『学生創業塾』に参加するなど、積極的なつながりを持っておられます。






第1営業部は、「金商デパート総括運営」を行います。


金沢商業高校では、毎年10月に商品販売実習を行います。この行事は「金商デパート」と呼ばれ、昭和59年から開催されており、23回の実績を誇っています。この金商デパートで全校生徒を各店舗に割り振り、店長・副店長を中心に出展担当者と仕入れから販売価格や方法、店舗レイアウトを決めていくのが第1営業部の仕事です。






第2営業部は、「オリジナル商品販売、コミュニティビジネス、貿易」を担当します。

金商ライフサポート株式会社(模擬)はオリジナル商品として『桜華饅頭』を作成しました。

これは、地元の和菓子屋さんと共同で開発したもので、私も「ぜひ現物を見せてほしい」とお願いしたのですが、「それはできないのです」と丁重にお断りされました。

というのも、聞くとこの桜華饅頭は、金沢商業高校の入学式と卒業式にのみ販売されるものだそうです。金沢商業高校の校章が入っている饅頭です。

ただ、その人気たるやすさまじく、1日で90万円近い売り上げがあるとのこと。和菓子としては驚異的な売り上げですね。


コミュニティビジネスは、ポスター作成やワープロ教室、名刺作成、年賀状作成、飲食店メニュー作成などのビジネスを手がけるものですが、現在はどちらかというと下火になっているそうです。実際にお話をうかがうと、そこまで手を広げることは時間的にも環境的にも厳しいのだろうなと推察しました。



貿易は、最近力を入れ始めた分野だそうです。これは、中国、特に上海からネットでインポートマーケットを行うもので、貿易実務を学ぶために開始されました。昨年度から上海インターンシップを行い中国進出企業や中国の地元企業を視察したりもしていますし、本年度は中国の地元商業高校との交流も始めています。






そして、第3営業部は「オリジナル商品開発、販売企画、知的財産開発」を担当しています。

正直なところ、知的財産開発まで手がけているとは驚きました。





さて、特に興味深かったのは、「従来の商業高校は、資格を取ることを目的としていたが、それだけでは実学とは言えないのではないか」というお話でした。「資格を取るということは、専門教育を身につけるということです。しかし、そこで身についた資格を活かす方法をわれわれは教えなければなりません。それが実学というものではないでしょうか」

その背景には、やはり実業高校の再編問題があるようです。金沢商業高校といえば、石川県内きっての名門実業高校ですが、それでも再編問題が浮上しているそうで、「われわれもがんばっているところを見せないとね」と先生方は仰っておられました。



また、「こういった色々な取り組みは、生徒に『前進する意欲』を持ってもらいたいからです」というお話もいただきました。


「実際に、子供たちにとっては商品がどれほど売れても手元に利益は入りません。ですが、自分たちが企画して開発して仕入れした商品が売れたときの子供たちの顔は輝いていますよ。それが『責任を果たす』ということなんでしょうね」

「利益があがるからといって、毎年同じことをやっているのでは意味がありません。『桜華饅頭』が売れているといって、こればかりを出しているのではだめなのです。大切なことは、前進すること。それを生徒たちに身をもってわかってほしいですね」





夏休みとはいえ、2学期開始前の忙しい中、時間を割いてまで説明してくださった村井教頭先生、清水先生をはじめ先生方。本当にありがとうございました。

大変に参考になるお話をいただき、色々と想うことが出てきました。











2006年8月28日 (月)

道州制

日経新聞より


竹中平蔵総務相は27日、北海道稚内市での記者会見で、自民党総裁選に絡んで「立候補者は地方の問題を取り上げている以上、道州制、それに至る地方分権一括法は当然視野に入れていただけるのではないか」と述べ、道州制を含む分権改革を政権公約(マニフェスト)に盛り込むよう求めた。

道州制については、本年2月に地方制度調査会が答申を公表しています。

この答申の中では、「9道州案」「11道州案」「13道州案」の3つが提示されています。




ちなみに、わが福井県は3つの案の中でどのように位置づけられているのでしょう。

  9道州案⇔近畿ブロック
 11道州案⇔北陸ブロック
 13道州案⇔北陸ブロック

なんとなく中途半端な位置づけですね。福井県は。







それはさておき、道州制の議論は今に端を発するものではありません。実は、戦後にはすでにその議論は行われていたのです。

というのも、西欧がその労働力不足を移民に負っていたのに対し、わが国では地方の農民層に出稼ぎ等の方法で依存していたため、深刻な過疎問題が昭和30年代には発生したからでした。


しかし、高度経済成長が進むにつれて、その議論も下火になっていきます。特に、田中内閣の日本列島改造計画により、地方においてもインフラ等の整備が充たされていくなか、自主財源確保のための道州制論議は意味をなさなくなったのです。




そして、今に至る・・・・・というわけですね。

地方交付税が国の財源を圧迫するので、道州制を進めよう・・・・・と。







ちょっと、待ってください。

道州制は、あるひとつの議論と並行して進めなければならないはずです。

それは「首都移転」。



南アフリカ共和国のように、三権をすべて分けてしまうという手法は日本でも有効だと私は考えています。

東京は経済のまちとして。そして新首都は政治のまちとして。それが確定してから道州制議論は本格的な深みへと進むのではないでしょうか。













2006年8月24日 (木)

総理になる方法

朝日コムより


「総理大臣になるにはどうしたらいいですか」
谷垣財務相が23日、「子ども霞が関見学デー」で財務省を訪れた小中学生から、こんな質問を浴びた。

 総裁選レースで安倍官房長官に水をあけられている谷垣氏だが、ストレートな質問に「一番大事なことは、うそを言わないこと。『自分はこう思っている』と正直に訴えていくことが一番大事」などと熱弁で答えた。

だが、最後には「それでなれるかどうかは、まだわかりません」。弱気な一言を付け加えた。




私の
HPでの書評で、ノーベル受賞者に向かって「どうやったらノーベル賞をとることができるのですか?」という質問を投げかけた子供のことを書きました。

あれは、ノーベル受賞者であったゴルバチョフであったので答えることができたのです。







おそらく谷垣大臣も、「それがわかってるくらいなら、俺はとっくに総理になっている!」と胸中穏やかではなかったでしょう。

子供たちもキツい質問をするものです(苦笑)。






2006年8月22日 (火)

財政の話

日経新聞に気になる記事が載っていました。

 

財政赤字が深刻な地方自治体の再生をめざす破綻法制の整備に向けて総務省が検討する新たな枠組みの骨格案が明らかになった。

銀行貸し出しや地方債に債務免除を認めることを検討。再建計画の承認などで裁判所を活用することも探る。破綻を未然に防ぐため健全度を測る新指標を導入し、第三者機関がそれをみて自治体に厳しい歳出入改革を勧告する早期是正措置を導入する。いまの財政再建団体制度は未然防止策がなく、破綻基準も甘いと判断。民間並みの厳しい財務改革を迫る。

 総務省は月内に有識者による研究会を発足させ、方向性を9月中にまとめる。研究会は破綻法制導入を7月に提言した竹中平蔵総務相懇談会メンバーだった宮脇淳・北大教授が座長を務める。

現在の財政再建団体制度は、未然防止策がありません。というのも、この制度自体は戦後の混乱期に作られたもので、制度趣旨自体が未然防止策を含んでいないのです。





そして、新しい自治体財政再建制度を国は作り直そうとしています。

とはいうものの、国の方針がよく掴みかねるところです。現在の財務制度を一度デフォルトして、一から厳しい監視下でやり直すということなのでしょうか。





これは逆に地方自治体によっては、より厳しい状況に追い込まれかねません。

地方自治体は、銀行にとってローリスクな貸付先です。デフォルトを認めるならば、銀行や投資家たちはそれなりのリスク対価を自治体に求めることになるでしょう。

つまり、金利が上がるということです。




自治体の首を絞めることにならなければいいのですが・・・・・






 

 

 

2006年8月18日 (金)

プールの話

昨日、そうごスイミング運営委員会の皆さんが、プール存続の陳情に来られました。



状況を説明しますと、あのスイミングプールは相互不動産が所有権を有するものですが、当該会社の税金問題により福井県の抵当物件となっています。

福井県としてもいつまでも抵当物件のままで置いておくわけにはいかないということで、どういう処分をすべきか・・・・・ここで揉めているわけです。






市民の皆様にもご意見は色々とあろうかと存じますが、私としてはあのプールは存続させるべきだ考えております。






ただ、存続させるからには、「市民福祉の向上」に寄与する形で残さなければなりません。


具体的には、勝山市の健康増進プログラムに組み込むような形にすることが望ましいでしょう。



6月議会において、プール存続の陳情書が市議会に提出されました。これを扱う総務文教委員会は、継続審査事件として処理し、引き続き審査する方向性でいます。

大まかな結論が出てくるのは9月定例会でしょう。



2006年8月12日 (土)

3500万人?

昨日の投稿の中で、言い忘れていたことがあったので、付記します。



江沢民の発言の中にある「中国の死傷者数は3500万人」という内容ですが・・・


まったくのでたらめです



元々、戦争直後の中国の死傷者数は蒋介石が発表したところでは438万人でした。


これが共産党が政権を握ったあたりから、どんどん水増しされてきます。


いきなり、共産党発表で1000万人。
(しかも、このアバウトな数字;笑)



抗日勝利40周年を祝った1985年には、この1000万人が更に2100万人。




そして、現在では3500万人!

ちなみに、この3500万人という数字は江沢民ひとりが主張している数字ではなく、中国の教科書にもちゃんと載っている数字です。




おいおい、文革の犠牲者もいれてるんじゃないの?・・・・と思わずツッコミたくなる数字の膨れ上がり方です。



あっ、文革の犠牲者は「億」単位と言われてるから、3500万人なんて小さいのかも。



2006年8月11日 (金)

永遠に謝る日本

読売新聞の昨日の記事より



中国の江沢民・前国家主席(前共産党総書記)が在任中の1998年8月、在外大使ら外交当局者を一堂に集めた会議の席上、「日本に対しては歴史問題を永遠に言い続けなければならない」と指示し、事実上、歴史問題を対日外交圧力の重要カードと位置付けていたことが、中国で10日発売された「江沢民文選」の記述で明らかになった。

 中国は胡錦濤政権に移行した後も一貫して歴史問題を武器に対日圧力をかけ続けており氏の指針が現在も継承されているとすれば、歴史問題をめぐる中国の対日姿勢には今後も大きな変化が期待できないことになりそうだ。

 同文選(全3巻)は江氏の論文、演説などを集大成したもので、これまで未公開だった重要文献を多数収録。江氏は同年8月28日に招集した在外使節会議で国際情勢について演説、この中で対日関係に言及し、歴史問題の扱いをめぐる指針を示した。

 それによると、江氏は「日本の軍国主義者は極めて残忍で、(戦時中の)中国の死傷者は3500万人にも上った。戦後も日本の軍国主義はまだ徹底的に清算されていない。軍国主義思想で頭が一杯の連中はなお存在している。我々はずっと警戒しなければならない」と述べ、日本の軍国主義はなお健在との認識を表明した。

 さらに、台湾問題との関連で「日本は台湾を自らの『不沈空母』と見なしている」と批判、「日本に対しては、台湾問題をとことん言い続けるとともに、歴史問題を終始強調し、しかも永遠に言い続けなければならない」と指示した。

 江氏は同会議の3か月後の同年11月に日本を訪問。滞在期間中は歴史問題を再三とりあげ、強硬姿勢を印象付けた。



私のHPの『日々是口実』でも既述しましたが、中国が歴史認識カードを捨てることはありえないという事実がようやく明らかになりました。



さて、靖国参拝をすべきではない、いたずらに中国を刺激すべきではないと主張し続けたマスコミ・知識人・政治家たちは、この江沢民の言葉をどのように聴くのでしょうか。

まさか「中国が永久に歴史認識を追及するのであれば、私たち日本人は永久に頭を下げ続ければいいではないか」とは、口が裂けても言えますまい。



















2006年8月10日 (木)

敦賀市広報

敦賀市が市広報『つるが』で、「日本海」を「東海」に表記しているそうです。






「日本海」を「東海」と書き換えるように強く運動しているのは、いわずと知れたお隣の国、韓国です。


敦賀市は、その韓国の地方自治体である東海市と昭和56年から姉妹提携をしており、今回問題となっている記事は、東海市からの派遣職員による「東海市の紹介」記事中にありました。

東海市は、その名の通り日本海(東海)に面しているため、日本海を「東海」と表記しているわけです。




韓国が日本海という名称を認めたくないというのであれば、ご自由にどうぞと言うしかありません。

しかし、日本の地方自治体が、広報誌にわざわざ地図まで載せて「東海」と表記する必要性はないでしょう。



常識的に考えるのであれば、地図中に「日本海(東海)」と書き、「国際的には日本海という表記が認められていますが、韓国では『東海』と呼びます」といった注釈を欄外に掲載するのが筋だと考えます。

2006年8月 4日 (金)

国賓としての陛下

前の記事で、「皇帝と解釈されたため、超一級の国賓としての扱いを受ける」という内容を書きました。

ついでですので、どの程度の扱いを受けているのかについて述べましょう。








アメリカ合衆国を例にとりましょう。

アメリカ
では国賓を迎える際に4つのランクがあります。


《Aランク》
大統領が空港まで出向き、正装(いわゆる燕尾服)で迎える

《Bランク》
大統領が空港まで出向く。ただし、通常のスーツ。

《Cランク》
ホワイトハウスの玄関で出迎え。通常のスーツ姿。

《Dランク》
ホワイトハウスの執務室で出迎え。通常のスーツ姿。







さて、この対象となるのは以下のとおりです。

《Bランク》 大国の元首クラス(小泉首相もここに含まれる)

《Cランク》 小国の元首クラス

《Dランク》 外務大臣クラス






それじゃ、Aランクの人は・・・・・というと、世界に3人しかいません。

  ・ローマ法皇

  ・イギリス国王

  ・日本国天皇

まあ、そういうことです。




私は、天皇は天皇であって、西欧概念の皇帝と比較できるものではないと考えています。


史説は様々でしょうが、聖徳太子が中華柵封体制から脱却した際に、中華「皇帝」に相対するものとして「天皇」概念が出てきたと考えております。

※この辺りは、人により考え方が分かれるところですので、あまり突っ込まれぬよう。他の人の考え方を否定しているわけではありません。個人的な想いです。





もっとも、西欧人が天皇を「皇帝」と考えるのは、あちらの自由ですのでご自由にどうぞ。

イギリスでの最高位勲章であるガーター勲章を、アジアの中で唯一受けるのが日本国天皇である・・・・・・当然、日本国の国力、歴史、文化、そして皇室そのものの歴史がそれをなさしむるのでしょう。







そういう扱いを受けているということです。

別に「だから皇室をあがめよ」というつもりもありません。


単に、そういう扱いを受けているということです。


安倍晋三

416660524001_ss500_sclzzzzzzz_v62359694_ 安倍晋三の『美しい国へ』を読了。




巷では、時期総理と目される安倍氏のマニフェストと、本書を位置づけているようですが・・・・う~ん。本書は、マニフェストと言うよりも、安倍氏の考え方のフレームワークを示したものとして読んだ方が良いように思われます。


例えば、民主党の小沢一郎代表が93年に書いた『日本改造計画』では、
 ・全国を300の市にする
 ・所得税・住民税を半分にする
 ・10万人の留学生を受け入れる
等々の具体的な政策が列挙されていました。

これはマニフェスト本として読むべきものです。




これに比するに、本書は、安倍氏の生い立ちや父・安倍晋太郎の思い出に触れ、自立する国家とは何かをテーマとして国家論を語り、日米同盟のあり方・アジア外交のあり方・社会保障・少子化対策・教育問題等々に対して自身の考えを述べています。


政策というよりも、むしろ次期総理の考え方を読むための本として捉えるべきでしょうね。


1節が短い構成で作られているので、数時間もあれば読み終えることができます。


皆さんも、是非ご一読を。









さて、この書に対していくつか述べておきましょう。

敢えて、安倍氏はナショナリズムという言葉を使ったのでしょうが、安倍氏の言うところの愛国心は、「ナショナリズム」よりもも「パトリオティズム」と呼ぶべきでしょう。

この2つの語の混同は、諸外国に対して微妙な影響を与えているように常々感じていました。われわれが外国人に対して「日本人のナショナリズムが・・・・」と言った場合、聞き手は「なるほど日本では、パトリオティズムではなく、ナショナリズムが強いのか」といった前提で聞くことでしょう。

天皇をエンペラーと訳すようなものです。本来ならばプリースト・キング(祭祀の王)とでも訳すべきでしょう。
もっとも、エンペラーと解釈されている結果、諸外国では超一級の国賓として天皇は遇されるという皮肉な結果になるのですが・・・






格差社会よりも格差再生産をする社会の方が危険である・・・という安倍氏の主張はもっともだと思います。

格差再生産とは、親の社会的資源が世代を超えて子供にも影響することです。

恵まれた親の子供たちは、スタートラインからして違うところにいる。その逆も当然に考えられるでしょう。そういった社会はおかしいと安倍氏は主張します。


私も同感です。同感なのですが、それを具体的な施策にしようと思った場合、形にすることが実に難しい。

安倍氏が総理になった暁には、どのような施策に反映されるのか。楽しみに待つことにしましょう。


















2006年8月 2日 (水)

河野洋平の話

まずは、ヤフーのヘッドラインから。


 自民党総裁選への出馬を目指す意向を表明している河野太郎法務副大臣は31日、日本外国特派員協会で講演し、小泉純一郎首相の靖国神社参拝について 「中国を不愉快にさせるのはまったく意味がなく、妥協が必要だ」と批判した。


 河野氏は「国連安全保障理事会常任理事国入りをしようとしているときに、まったく不必要なことだった」と指摘、首相の靖国参拝が日本の常任理事国入りの障害になったとの認識を示した。


また「私は首相として靖国神社に参拝しない」と強調したが、立候補に必要な推薦人20人の確保については「一生懸命集めるよう努力する」と述べるにとどめた。

ふむふむ。


河野太郎と言えば、河野洋平の息子ですね。


なるほど、河野洋平の息子ですか・・・・・・











少し、河野洋平について語ります。







1995年のことです。

ASEAN外相会議がバンコクで行われるため、飛行機で向かっていた河野外相(当時)でしたが、あいにくの悪天候のため、台湾に緊急着陸することになりました。

天候回復がいつになるのやら分からないので、一旦飛行機を降りて空港内でコーヒーでも飲みながら待機しようか・・・・・と考えるのが普通なのですが、河野洋平は飛行機から一歩も外に出ようとしません。

おそらく、側にいた人たちはいぶかしんだことでしょう。「なぜ、外相は飛行機を降りないのか・・・・・」と。



河野洋平には、ちゃんとした理由があったのです。


中国は台湾を認めていません。だからです。


後に、河野洋平は中国の銭外相に「自分は台湾に緊急着陸したが、一歩も台湾の地を踏まなかった」といちいち説明したそうです。

自分がいかに日中友好に心を砕いているか・・・・を。


忠臣ですね(笑)。








その忠臣っぷりから、
紅の傭兵と揶揄される河野洋平ですが、旧日本軍が中国に残してきたとされる毒ガス弾の処理責任問題では、明らかに旧・ソ連軍のものをカウントしてみたり、旧日本軍が中国に引き渡したものまで含めてみたり(約600冊に渡る兵器引継書は資料として残っています)、でたらめな有様です。

事実、中国自身が黒竜江省の牡丹江で行った遺棄兵器発掘調査で回収された2000発にも及ぶ不発弾のうち、日本製とわかったものは89発。残りは全てっ外国製でした。もちろん、この場合の外国製とはロシア製と考えるのが通常です。

それら不発弾を高熱処理する費用も日本持ち・・・・・



賠償の名の下に繰り広げられるかくも馬鹿げた行為、その端緒を開いたのはまぎれもなく河野洋平と中国との取り決めです。










「頼むからそれだけは止めて欲しい」という拉致被害者家族の声に対して「私が全責任を取る」「相手の誠意を引き出すためには、こちらが誠意を示さねば」と、強硬にコメ支援を行い、その後あっさりと北朝鮮に袖にされたのも河野洋平でした。



心臓病の治療のために来日ビザの申請をした李登輝氏に対し、外相辞任をちらつかせてまで入国拒否を貫いたのも河野洋平でした。


いわゆる従軍慰安婦の強制連行問題についても、事実の確認をすることなしに一方的に韓国に謝罪と反省をし、その言質で未だに日本政府が苦しめられる原因を作ったのも河野洋平でした。

(ちなみにあの謝罪と反省は、韓国との政治的妥協であったことは、当時の官房副長官であった石原信雄氏によって明らかにされています)









こういった人物が、村山内閣⇒村山改造内閣⇒第2次小渕改造内閣⇒第1次森内閣⇒第2次森内閣⇒第2次森改造内閣・・・と長期にわたって外務大臣の要職にあったことをわれわれは忘れてはなりません。



また、衆議院議長になってからも、中立であるべき議長の立場をかなぐり捨てて、歴代首相経験者を集めて中国寄りの政策
(ex.靖国問題等)を推進しようなどとしています。










ちなみに、この人だけなんですね。自民党総裁になりながら、首相になれなかった人。

本当に良かった。

2006年7月31日 (月)

富田メモ

九州は福岡にて頑張っておられる方から、メールをいただきました。


最近話題になっている「富田メモ」についての画像です。

http://kore.mitene.or.jp/~harukado/haru/gazou-ire/tomita-memo-no-sinjitu.jpg






富田メモはトラップのような気がしてなりません。

昔から「天皇のお言葉」が表に出る時には、必ずと言ってよいほど政治的な背景が絡んできました。

今回も、わざわざ安倍官房長官の「美しき国へ」が出てくるのにぶつけるような形でスクープがなされた不自然さが気になるところです。






いずれにせよ、このメモ。真偽が全く定まっていません。


第一、日経新聞はこのメモの全てを公開すべきであるのに、それをせず、たった1枚のメモのみを巡って議論をしようとしています。






2006年7月29日 (土)

地方交通体系のあり方

通常、どこの自治体でも議会は年に4回開催されます。

おおむね、3月・6月・9月・12月というのが相場でして、議会と議会の間に全ての議員が参集する会議は開かれることは滅多にありません。

これでは、議会と行政の距離が離れるばかりである・・・として、勝山市議会では、議会がない月の最終金曜日に全員協議会を開催しています。




7月の全員協議会が昨日開かれました。

いくつかの重要課題が議論されましたが、その中でもバス路線の変更問題は、喫緊の課題です。





京福バスが、路線見直しを今年の秋口に行います。そこで、廃止・見直しの対象路線として「大野⇔福井医大線」が挙げられる可能性が高くなりました。

大野・勝山間は収益性から見ても存続なのですが、勝山から医大までにほとんど人が乗っていないことが調査の結果判明したためです。


公共交通網をいかに維持するか。これは今後の自治体にとって重要な課題です。行政も何とかして維持・存続に務めていますし、議会としてもその方向性で努力しています。



ただ、行政現場で「もう少し人が乗ってくれたら・・・・・」というボヤキが出ていることも、市民の皆様には知っていただきたいと思うのですね。

実は、公共交通網には国からの補助が出ています。この補助がなくなれば、市単独で行わざるを得ず、コスト的に膨大な予算を必要とします。

この補助が出るラインが
常時5人以上が乗っていること
ただこれだけなんです。細かいことを言うとキリがないのですが、常時5人以上が乗っていないような路線には補助が出せない・・・・と国が言っていると考えてください。

つまり、公共交通網を残したいと考えるのであれば、是非、バスに乗ってください。



えちぜん鉄道と同じ問題をバスも抱えています。

存続のためには、バスに乗ってください。

私もできるだけバスを使うようにします。