2007年1月 2日 (火)

あけましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。

いよいよ平成19年がスタートしました。


本年が皆様にとって実り多き年でありますように。





そういえば、先ほど「一市民」を名乗る方よりお電話をいただきました。職業柄、我が家にはそういう電話がちょくちょくかかってきます(大抵は善意のお電話ですが・・・・)。

電話口の声から察するにお婆さんなのでしょう。30分程度しゃべっていたのですが、その中で良いことを教えていただきました。
  
努力する者は 夢を語り
  望みなき者は 愚痴をしゃべる


年頭に良いお言葉をいただきました。

2006年10月31日 (火)

いじめの捉え方

子供たちの自殺が相次いでいます。昨日は、子供のみならず高等学校の校長先生まで自殺したとのこと。


また、子供の自殺の原因としていじめがあったのかどうかを学校側が正確に把握していない、把握していても発表しない、更にはその発表も二転三転するという有様です。





いじめは悪いことです。これは間違いありません。

ただし、学校側・教育委員会側が「いじめは起きてはならないものだ」と考えるのであれば、私はそれは断固として間違っていると言いたいですね。

いじめは起きうるのです。それは子供の社会であれ、大人の社会であれ変わりはありません。

起きうるものに対して、「決して起きてはならぬものだ」と身構えてしまうと、組織は隠蔽へと走ります。現に組織の中にいる人、組織人の経験がある人ならば容易に想像できるでしょう。そして、その組織の中でひとり声を発することが如何に難しいかも。



「いじめが起きないような運営をしよう」という指向性と、「いじめは決して起きてはならない」という指向性とは、似て非なるものです。
  そして、報道等で伝えられる教育委員会の指向性は、「いじめは決して起きてはならない」式のように見受けられます。もしも、「いじめは起きてはならない」方式で進むのならば、今後も同様の事例が増え続けることでしょう。